第6話 計算は無視。大雑把はバカ。
6話目
ワン、ツー、スリー、フォー
リズムを外さないように一つ一つの技を冷静に、だけど心から体全体に広がる高揚感を消さないように出していく。
すると、自然とダンスとして形になるのだが……疲れた私がここまで踊れるのは慎吾さんのリードが有るからだと思う。音を外さないように、動きを調整してくれて全体的に調和している。
だから思いっきり踊れているんだけど……慎吾さんに追いつかない。
どれだけ頑張って踊っても、慎吾さんの圧倒的技術に圧倒的存在感には追いつかない。それは今この瞬間踊っている私が一番感じていると思う。思わず肌がビリビリしているほどのダンスが横にいるのだから。
……その瞬間思わずすごいな。で思考を止めようとしてしまった。
駄目だ駄目だ!
せっかく慎吾さんが一緒に踊ってくれているんだ。思わず脅威を感じる様な感覚にしてやりたい!だって、いつかは慎吾さんよりもダンスが上手くなりたいんだから!
それは今その瞬間に湧きあがった感情だ。
慎吾さんよりも上手くなりたい。間近でそのダンスを感じて、その人とダンスを踊っているからこそ越えてやりたいと思った。
それだったらこんな所で、のうのうと止まっていたらいつまで立っても超えられない!
だけど、今の私では歯も立たない位にはその実力差がある事はわかる。それならどうすればいいのか。
今の私で超える事が出来ないなら、それ以上の私になればいい。今すぐ。この瞬間に!
そう思った瞬間からだろうか。私の視界は一気に広がった気がする。さっきまでは自分の事しか見えてなくて、慎吾さんの事はちらちらとしか見えていなかったはずなのに、今では常に視界の中に慎吾さんがいる。
だから、分かってしまう。
どれだけ今の自分のダンスが醜いのか。どれだけ下手なのかを。
思わず仰天してしまうくらいには分かってしまう。だけど、そんな自分を越して慎吾さんを越すんだ。
ならどうすればいいのか。今すぐ技術を上げる様な事は出来ない。そんな超常的な成長を見せてくれるのは物語の主人公だけ。私はただのダンサーだからそんなことは出来ない。でも、一瞬だけ。一瞬だけ今の私より成長することは出来る。
集中すればいいんだ。
曲を聞いてリズムをとって技を出す。その当たり前にやっている動作をいつも以上にやればいい。
……今の私と慎吾さんを比べて、まずそこが劣っているように感じた。そもそもの基礎が足りないなって。集中の度合いが違うんだなって。
そう思い気分を一変させた。
もう、考える事なんて無いんだから。後は曲を聴いてリズムをとって技を出すだけ。それを集中してやればいい。でも、今の私はダンスレッスンで殆どの体力が無くなってる。慎吾さんと踊れる!って思った時は体が凄く動けるような気がしたけど、流石にまやかしだったみたい。
だから、8カウント後にこのダンスでの一番の見せ場で慎吾さんを驚かせる位凄いダンスを踊ろうとおもう。
このまま頑張って踊っても慎吾さんを驚かすことは出来ないと思う。それなら、その少しの時間に全てを詰め込もうと思う。
☆
慎吾
その瞬間からだろう。俺の後ろから感じていた気配が大きく変わり、思わず体が震えあがった。まるでさっきまで一緒に踊っていた人とは違う様な感じだ。
猫が虎になったような、犬が狼になったような、アマチュアがプロになったような気配の変わりよう。
だからだろう、俺の体は負けないよう反射的に力が入った。
そのおかげで、ダンスの雰囲気の変わりようについて行けたと思う。丁度サビの部分だったからそれも合間って、間に合ったと言えばいいんだろう。さっきまでは普通に上手いダンスだったのに、急にプロ級のダンスに格上げしてくるんだから怖いったらありゃしない。
でも、俺は合わせる事が出来ただけで……ダンスの主導権は海さんに握られてしまったみたいだ。
だが、こちらとプロをやらせてもらっているんだ。そう簡単に諦めたりはしないさ。
そう思い気を引き締めて海さんに向いた視線を全て取り戻すべく、インパクトのあるキレを入れていく。やっぱり、何事も基礎が大事というけどそれはあくまで下地だ。
観客から見て分かりやすく、そして目に付きやすいのは派手な動き。それが一点に特化したキレだったり、色気だったり、難易度が高い技だったりしたらさらに注目されやすい。なぜなら、観客からしたら細かい違いなんて分からない事が多いんだから。
どれだけ基礎が上がろうとも。どれだけ動きが良くなろうとも。それは比べなければ分からない事が多いし、だからプロの動きを見て真似できると勘違いしてしまうアマがいる。
それならなんで海さんに主導権を握られたのか? それは基礎がしっかりしたとともに、意識も変わったからだと思う。ダンスなんて体を精密に動かすのだからその動きには感情が浮き出てくる。自分が駄目だと思ったらくよくよしたダンスになるし、一番うまいと思ったらそれ相応のダンスになる。
つまり、海さんは意識を入れ替えたんだ。
…まあ、これほど主張の強い感情を出せるのは才能が有るからなんだろうけどね。
そう思いながら海さんよりも目立つように踊る。
まだまだ越えられないぞ! って思わせたいがためにそんな風に踊ったのだ…だが、次の瞬間海さんのダンスはさらに上手くなった。
俺に主導権を譲らせないない気でいるのだろうか……それなら、その期待を裏切らなければ。
プロって言うのはそう簡単に越えられる壁になってはいけない。
それは俺にダンスを教えてくれた人から貰った言葉だ。
見えやすい壁になって、越えにくい壁である限り、ダンサーたちは成長していく。新しいダンサーたちは一昔前のダンサーよりも上手いダンスを踊って欲しい。そう思って、俺はレッスンを開いているんだ。
もちろん、いつかは俺と言う名の壁を越えて欲しい。だけど、それはいまじゃない。
「ッッ!」
息を吸い体に力を入れる。一瞬で主導権を取るためだ。
すると、俺の体からどこか奇妙と言うか、色気のあるこのダンスには合わないような雰囲気を醸し出す。だが一瞬だけだ。もし、ずっと続けてそんな事をしてしまうと、このダンスが壊れてしまう。
ならなぜそんな事をしたのか?
アクセントであったからだ。
その行動はこのダンスにとって、少しの甘さを加えて魅了してくれる砂糖のような存在。
もしその砂糖の量が多かったらダンスが台無しになってしまうが、計算した上で入れたとしたら? それは技となるだろう。
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