31 迷える姫君の事情

「え……叔父さん、僕たちすぐには帰れないの?」


 ギルさんからの手紙をぐしゃりと握りつぶした叔父さんにそう聞いてみれば、何ともバツの悪そうな表情と声が返ってきた。


「あー……ハルトはあの首長竜ギータと帰ってもいいのかも知れないが……いや、それにしてもここの当主の意向は無視出来ないだろうな……」


「エイベル様の?」


「今、この手紙の内容を偶然にせよ知ってしまっただろう? これは俺が迂闊だったよ。ハルトが誰彼なくここでのことを喋るとは思ってないが、それでもお伺いは立てざるを得ない」


 ブラウニール公爵家。

 今、僕たちが居るザイフリート辺境伯家の寄り親にあたる家。国に四つある公爵家の内の一つであり、王を任じるための選王侯会議への出席を許された家。


 そんなお偉方の家の名前を聞いてしまえば、どんな国家機密が関わってくるか分からない。

 情報が曖昧なまま、この場を離れられては困るはずだ。


 関わったのなら、最後まで。


 ザイフリート辺境伯家当主エイベル・ザイフリート卿ならば、そう言う判断を下すはずとリュート叔父さんは言った。


 叔父さんはとても不本意げな表情かおをしているけれど、聞いてしまえば納得の措置だと思う。


 帰れと言われれば帰るし、残れと言われれば残る。

 僕はそれ以上のことは出来ないだろうから、黙って頷くしかなかったんだけれど、聞いているうちに、ふと湧いてきた疑問があった。


「叔父さん、どうしてブラウニール公爵家のお嬢様が、メルハウザー辺境伯領でされたりしたのかな。そこは僕でも疑問に思うんだけど」


 僕の素朴な疑問に、リュート叔父さんは最初盛大な溜息でそれに答えた。


 その後、ずいっと僕に右の手のひらを見せて「ひとつ」と言いながら親指を折った。


「誰がどんな目的でと言うのはさておいて、可能性だけの話をするなら――誘拐されて、そこにいたということ」


 目を見開いた僕に「ふたつ」と今度は人差し指を折り曲げている。


「そのお嬢さん自身が家出をして、その地域まで辿り着いていた可能性」


 そのまま中指を折り込んで「みっつ」と、いっそ淡々と答えを教えてくれている。


「お嬢さんがブラウニール公爵家なりザイフリート辺境伯家なりの情報をどこかに売りつけようとしていた……とりあえず考えられる可能性は、そんなところだな」


 聞いているうちから、僕の顔もちょっと痙攣ひきつってきていたかも知れない。


「叔父さん……それだと、どれになっても揉めそうな気が、すごくする」


「そうだな。そこにある〝宝石竜ヴィーヴル〟の卵と無関係なのかどうかも定かじゃないしな。一番困るのは、誘拐された先で卵を見つけて、卵を取り返すために逃げ出そうとしていた場合だ」


 そうなると、理由のひとつも、ふたつも、みっつもないと、叔父さんは口の端を歪めた。

 可能性と理由のハイブリット、一番面倒なことになると言い、そしてむしろそれが正解なんじゃないかと言わんばかりの表情を垣間見せていた。


「ハルト、その牧場付の冒険者も多分、ギルフォードたち火竜騎獣軍と一緒に戻ってくるだろうから、その首長竜ギータ首長竜ギータの卵はソイツと一緒に戻らせてやるといい。牧場の方にはもう一人の冒険者がケガをして待機しているんだろう? 冒険者同士、戻って対処に動かせる方が恐らくは効率的だ」


 恐らく重要なのは〝宝石竜ヴィーヴル〟の卵。首長竜ギータの卵は、元あった場所に戻すことさえ告げておけば、誰もそれ以上を気にはかけないだろうと、叔父さんは言った。


 悲しいかな竜の種族の間にも、人間に似た地位の差はあるのだ――と。


「あ……うん、そうだよね。僕は竜の牧場にだって初めて行ったくらいだったし、戻ったからと言っても出来ることって限られてるもんね」


 そう言った僕に、叔父さんは「卑屈になる必要はない」と、頭の上に手を置いて、僕の顔を覗き込んで来た。


「そんなつもりで言ったんじゃないんだ、ハルト。世の中『適材適所』って言葉があるからな」


「叔父さん……」


「確かブラウニール公爵家の姫は、令嬢と言っても、ハルト、おまえと同い年だ。保護してやって来るその子が怯えないよう、おまえなら何とでもしてやれるはずだ」


「同い年……」


 同い年だからと言っても、相手は公爵令嬢。

 僕に何が出来るのかと、思わなくもないのだけれど。


「まあ、いずれにせよ最終的にはエイベル当主の判断になる。とりあえず、俺は中へ入って説明をしてくる。ハルトは竜たちをなだめすかしてからでいいから、後から来てくれ」


 そう言われてしまえば、頷くしかない。


「……ごめんね、首長竜ギータ。もうちょっとだけ、戻るの待ってくれる? 多分ダドリーさんが戻ってくれば、ダドリーさんと一緒に牧場に戻れるだろうから」


 僕は、足早に館の中に入って行く叔父さんの背中を見ながら、言葉は通じているんだろうと確信したうえで、首長竜ギータにそう話しかけた。


 首長竜ギータはこちらをチラッと見ただけで、答えを返すことはない。


 少なくとも自分たちの種族の卵は、何とか無事に奪還出来ている。

 そこでいったんの納得はしてくれたと、信じたい。


「落ち着いたら、もう一回訪ねるからさ。今回みたいな無茶な飛行じゃなくて、ちゃんと訓練させてよ」


 何だって、基本が大事なはずだ。

 いきなりリュート叔父さんのように希少種の竜を乗りこなせるなんて思わない。


 僕から叔父さんの背中は、まだまだ遠い。

 地道に追いかけて行くしか、今はないんだ。

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竜の国の探偵事務所~元英雄の弟子は冒険者ギルドで探偵を目指す~ 渡邊 香梨 @nyattz315

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