30 卵の在処(後)

 通称・竜の牧場で騎獣訓練の当番教官をしていた内の一人がダドリーさんだ。

 竜の牧場から首長竜ギータの卵を強奪した少年二人組の行方を追って、ザイフリート辺境伯領とは別の領地に飛び立って行ったはずだった。


 箱の中には卵もあるし、当然この手紙はその説明だろうと、僕は叔父さん立ち会いの下、ゆっくりとその二つ折りの手紙を開いた。


「……え」

「はぁっ⁉」


 もちろん、叫び声を上げたのは叔父さんの方だ。

 書かれてある内容の深刻さは、僕よりも叔父さんの方がより響いているだろう。


「メルハウザー辺境伯領内で宝石竜ヴィーヴルの卵が見つかっただと――⁉」


 宝石竜ヴィーヴル

 確か叔父さんしか乗り手のいない白竜グウィバーに次ぐ希少種。

 その希少性から王家専用の竜と言われている……と、教わった。


「叔父さん……王家専用竜の卵が……王宮以外にあったらマズいんじゃ……?」


 そう。

 首長竜ギータの卵と一緒に収められているのは宝石竜ヴィーヴルの卵だと、ダドリーさんからの手紙には書かれていたのだ。


 それは、僕どころか叔父さんすら初見なのも当然だ。


 手紙には、要約すれば「メルハウザー辺境伯領内で見つかったということに関して、火竜騎獣軍以外にも証人を見つけてあるから、まずは辺境伯家メルハウザーの権限で卵の存在を揉み消されないよう、預けたい」と言ったことが書かれている。


 どうやら既に領内で卵が再略奪の危機にあっていたらしく、ダドリーさんやギルさんたちが話し合った末に、軍団長アンヘルさん権限で叔父さんに預けることを決めて、首長竜ギータに託したということのようだ。


「マズいさ。マズいに決まっている」


 卵と手紙を見比べる叔父さんは、気のせいじゃなく小さく舌打ちをしていた。


「だからこその『俺』リュート宛てなんだ、ハルト」


「え?」


「そのままザイフリート辺境伯家に持って帰れば、ザイフリート辺境伯家こそが王家に弓ひくつもりでメルハウザー辺境伯家に濡れ衣を着せたと言い返される。ここのところの騒動で、ザイフリート辺境伯家の方が疑いの目で見られていたのだから、当然だ」


「あ……」


 そこまで言われて、ようやく僕もリュート叔父さんを名指しで卵が運ばれてきた理由を察することが出来た。


 元から、そんな卵のことは知らない。メルハウザー辺境伯家に罪を擦り付けるためのでっち上げだと言われてしまえば、事実がどうであれ、泥仕合もいいところだ。


 叔父さんは、そんな僕を見ながら「よく気が付いた」とばかりに、頷いてくれていた。

 無意識かも知れないが、僕に分かるような言い方をしてくれているのは、叔父さんの優しさだと思う。


「俺がザイフリート辺境伯家にいたのは、たまたま。ギルフォードたちは卵の安全を最優先に考えて、かつて竜に立ち向かったほどの冒険者だった俺に預けることを決断し、軍団長の許可を取った――公の場でそう主張すれば、誰も文句は言えまいよ。どうやら俺の名前は、まだ上の方でも通じているようだしな」


 なるほど。確かに口惜くやしいけど、僕と首長竜ギータだけでは相手、つまりメルハウザー辺境伯家が何を言ったところで、ひとつも対抗出来ないだろう。


 叔父さんは、今は冒険者稼業からは手を引いているとは言え、その実力はまだまだ折り紙付だ。


 僕が叔父さんの境地に達する道のりは、まだまだはてしなく遠そうだ。頑張らなくちゃ!


 僕が内心でそう決意を新たにしているのをよそに、リュート叔父さんの方は少し後方で、白竜グウィバーや辺境伯家の火竜リンドヴルムらを宥めているナノジェムさんに、館の奥に座しているであろう当主エイベル様に「話がある」との先触れをお願いしていた。


「……あれ?」


 僕はそこで、ダドリーさんからの手紙とは別にもう一枚、今度は卵の敷物になっていた布の下に隠されるようにして、手紙が差し込まれていることに気が付いた。


「あ……これ、ギルさんから叔父さん宛だ……」

「何?」


 僕の声はそう大きくはなかったけれど、叔父さんの耳にはちゃんと届いていたらしい。

 館の方へと向かうナノジェムさんに背を向ける形で、小走りにこちらへと戻って来る。


「ごめんなさい、僕、ダドリーさんからの手紙の続きかと思ってうっかり――」

「いや、見られて困るようなことはしていないから、大丈夫だ」


 そう言いながら片手を差し出した叔父さんに、僕は木箱から拾い上げた手紙を渡した。


「…………は?」


 そして、ピキリと叔父さんのこめかみに青筋が浮かんだのを確かに僕は目にした。


「ブラウニール公爵家の令嬢を保護した、だと⁉ アイツ、宝石竜ヴィーヴルの情報を隠れ蓑にしたな⁉ 戻るまでここで待て⁉ 馬鹿野郎、追加料金沙汰だ――‼」


 叔父さんの叫び声に、要領の得ない僕は首を傾げるしかない。

 その傍で首長竜ギータ白竜グウィバーも、器用に首を傾げている。


 ただどうやら、すぐには副都ドレーゼや竜の牧場には戻れないだろうな……と言うことだけは、すぐに理解が出来たのだった。

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