俺と写真とばあちゃんと

青斗 輝竜

第1話


 じいちゃんは表情を変えなくなった。

 でも俺が小さい頃は、表情をころころ変える喜怒哀楽の激しい人だったんだよな。

 それなのに今はとても静かになった。


「ばあちゃん何やってるんだよ」


 祖母がスプーンでハンバーグを突いていたので、小声で声をかけた。

 今日もいつもと同じようにファミレスで食事をとっているのだが、両親は仕事なので祖父母と俺の三人で来ている。

 祖母は最近抜けてる部分があるし祖父に関してはただそこにいるってだけ。

 ただでさえ、周りの席の人からじろじろ見られるのであまり恥ずかしいことはしてほしくない。

 

 「だってフォークがないから」


 「はいはい。言えば取ったのに……」


 「あら、そこにあったのね。ありがと」


 祖母は俺からフォークとナイフを受け取るとそれを器用に使い料理を食べ始めた。食べる姿勢は本当に綺麗なので心配する必要はないんだけど――


 「あなた、ここの料理は本当に美味しいわね」


 「ばあちゃん……もうちょい小声で喋ってってば」


 「もー別にいいでしょ? 」


 「良くないから言ってるんだよ。じいちゃんに話かける時は小声で頼むって」


 この会話も何度目か分からないほどしているので多少は慣れたりもするが、それでもまだちょっと恥ずかしい。

 休日の昼時なので人も多く、店は混雑しているため声は聞こえてないだろうが早く食べて席を空けた方がいいか、などと考えながら俺は頼んだパエリアを口に運んだ。

 相変わらず祖母は祖父に話しかけるばかりでご飯が進んでいなかったけど、俺はもうそれを横目に見るだけで話しかけはしない。

 祖父は声も発さず表情も変えず、ただ話を聞くだけ。

 それでも祖母は不満がることなく話に花を咲かせていた。

 傍から見れば異様な光景かもしれない。

 

 でも、俺にとってそれは羨ましくもあり微笑ましくもある。

 こんなに夫の事を愛していた……そして今も愛し続けるというのはとても素晴らしいものだと思う。


 「ちょっと飲み物取ってくる」


 「はいよ」


 俺は幸せそうに話す祖母を横目にコップを持ってドリンクバーのある所に向かった。

 烏龍茶と書かれたボタンを押しコップに半分ほど注ぎ氷を二つ入れ、席に戻る。

 祖母の料理は気づかないうちにあと一口サイズになっており俺が食べ終わるのを待っているかのようだ。

 俺が料理を口にすると刺すような視線を感じたので、それを無視するように急いで口に料理を放り込む。

 ……きっとあの視線は祖母に違いない。

 多分俺の分の料理まで密かに狙っていたんだろう。

 もう歳だというのに……よくもまあ。


 「今、何考えてた?」


 「いえ。特に何も考えてございません。おばあさまの勘違いですよ」


 祖母は「そうかい」と言ってカバンの中から財布を取りだす。

 たまに勘がよくて困るな……。

 俺は祖母に怯えながら食べるスピードを上げた。





 「ごちそうさまでした」


 二人で手を合わせ席を立つ。

 祖母が会計してくれるらしく、先にレジの方に向かった。

 

 俺はしばらく祖父を見つめ、しゃがんで目線を合わせる。


 「なあ、じいちゃん。ばあちゃんはこんなことしてて寂しくならないのかな」


 もちろん返答はなく表情も動かない。

 分かりきっていたことだが、聞いた自分がばからしくなってきた。


 「まあ、そうだよな」


 うっすら笑みを浮かべている祖父。

 もちろん表情は変わらない。

 

 だけど――


 「わしはいつまでもばあさんの隣にいられて幸せ者だな」


 「――え? 」


 一瞬だけ祖父の声が聞こえたような気がして辺りを見渡す。

 だけど周りにそんな人が居るはずはなく、俺はもう一度祖父の方をよく見た。

 

 そこには先ほどまで見ていた表情とは違い、満面の笑みを浮かべている祖父がいた……ような気がする。


「あんた早くしなさい」


「う、うん」


 会計の方から祖母の声が聞こえて、慌てて祖父の方に手を差し出す。

 俺はゆっくりと両手で持ち上げ胸の前で大事に抱えた。


「2人はいつまでも幸せだね」

 

 その時にはいつもと同じ表情をした祖父の写真があった。





「ばあちゃんはなんでいつもじいちゃんを連れてくるの? 」


 帰り道、まだ日差しが照りつける中三人で家に向かって歩いている途中。

 俺は勢い余って聞いてしまう。

 祖父が亡くなったあの日から、祖母は毎週休日にファミレスに行くようになった。

 家族は誰も反対しなかったし、その話題にあまり触れてこなかったがどこかで俺たちは祖母の事を心配してたんだ。

 祖母は立ち直れないんじゃないか、そんな事を思っていた。


「あそこのお店はね。あの人が一番最初にデートに連れて行ってくれた場所なんだよ」


 祖母が俺に背を向けたまま言う。

 表情は見えないけど、多分笑っていると思った。

 嬉しそうにでも、ちょっぴり寂しそうに。


「私はあの人をどこへでも連れていく。そうすることであの人がまだ遠くに行ってないと思えるから」


 祖母が俺の持っている写真をそっとなぞる。




 その時、また写真の中の祖父が笑ったのはきっと気のせいじゃない。


 


 

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