目を開ける。

「おはよう。よく眠れた?」

 見下ろす女の顔。ゆっくりと頷いてみせれば、それは良かった、と微笑まれた。

「気分はどう?」

「とても晴れやかだ」

 晴れやか過ぎて、今にも天井まで飛びあがってしまいたかった。とはいえ、それにはまだ早い。これみよがしにお腹をおさえてみせると、女が立ち上がる。

「お腹、空いたよね」

「ああ、そうみたいだ」

「ちょっと、待ってて」

 冷蔵庫にあるもの使っちゃっていいかな? という問いに、もちろん、と応じながら女の後ろについていく。その不自然なくらい白いうなじを目で追いながら。

 それにしても、よく我慢したものだ、と我ながら思う。数ヶ月、人間の牡の心を執拗に追いつめていって、恐怖に染まりきるまで丁寧に丁寧に育んだ。

 最後だけ、今目の前にいる女のせいでケチがついた気がしないでもないが、安堵しかけたところで地獄に突き落とした心を貪り尽くしたうえで、が手に入ったのだから充分といえる。加えて、この体の試運転に相応しいまであるんだから、これ以上を望んだら罰が当たるかもしれぬ。

「う~ん、どれがいいかなぁ」

 なにやら冷蔵庫をごそごそと探る女の背後へと、忍び足で近付き、ゆっくりと口を開く。新鮮なうなじはもう目の前だった。にとって大切な牝の肉だ。それを我が踏みにじるの、なにより極上の味になるだろうと、涎が垂れそうになる。……ではではいただくとしよう。

 顔から女へと飛びこむ。

 くるり、とまるで計ったように振り向いた女がジャムの瓶を握りこんでいた。

「いただきます」

 女がそう呟くのと同時に我の顎を瓶で打ち抜かれた。

 頭が揺れる感覚とともに、女の長く伸びた八重歯が我の首に迫ってくる。その妖艶な笑みから放たれる視線は、こちらをただただ物としか見ていないようだった。

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視線 ムラサキハルカ @harukamurasaki

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