総員、同士討ち、始め。

 寂寥としたガルディアの要塞都市を、二匹の軍人と、三十名ばかりのタキシード集団と、素っ裸に剥かれた年端もいかない少年と線の細い青年、赤いワンピース風の野戦服を着た少女らしき人影が、靴音を響かせて進んでいく。


 いくら制圧済みのルートであると言われても、いくら武装したタキシードたちが同道しているにしても、日中にガルディアの廃墟を歩くのは気が気でない。


 しかも、預かり知らぬところで集結していたゲリラを叩いた後で、以前に捕縛したという少年民兵を裸に剥いて連れ歩いているとくれば、襲ってこいと言わんばかりだ。


 自然、目を凝らすのは激戦の歴史を重ねてきた遺跡群ではなく、そこに開いた暗闇と、潜んでいるやもしれない敵兵の幻影となる。願わくば長閑な観光でありたかった。必死の自衛でなければよかった。残念でならない。そんなことを思うなんて、


 ――どうかしてるぞヘイズル。


 ヘイズルは心中に自身を叱咤する。

 営倉にいた二週間が、あまりに安穏としていたために、ほんの少しの、爪の先ほどもない正気を取り戻してしまったのかもしれない。いや、思いがけず差し出された湯に浸かってしまったからだろうか。人並みの食事をしたから? 柔らかいベッドで寝たから。あるいは、ミチカの追憶を聞いたせいか。


「――どうされました、ヘイズル。顔色が少し良くない」


 傍らからの、低めた声に、ハッとさせられた。


「少し考え事をしていただけだ。ありがとう」

「――えっ?」


 と、意外そうに紫の瞳が瞬き、ヘイズルは鋭い悪寒に身を強張らせた。

 いま、俺は、なんと言った――


「はいはーい! 楽しいお喋りの時間はそれくらいにしてくれる!?」


 フロキが、これまで以上に作り込んだ少女の笑顔で注意を促す。


「お望みの約束の地はーーーー、もう! すぐそこでーす!」


 ソウドオフの銃口で指し示された先に、要塞化でつるりとした建物群に四方を囲まれた空間があった。瓦礫の隙間に伸びる獣道の如き歩路を抜け出ると、久方ぶりに腹の底から息をつけた。迷宮じみた都市の姿と戦争の残滓に、知らず知らず圧倒されていのだろう。


 広さはおよそ五十メートル四方。中央に腰の高さほどの塀で囲われた円形の広場があり、芝生こそ点々と剥げているものの、中心に立つ馬に跨る騎士像は往年の姿を留めていた。あとは所々に積まれた土嚢や、安普請のバリケードや、放置された白骨がなければ完璧だった。


「約束の地というのは――ここで落ち合う手はずになっているということか?」

「他に何があるっていうの? ほら、来たみたいだよ?」


 円形広場を挟んだ彼岸に、重い気配を放つ集団が見えた。どこからか流れてくる強い悪臭と黒煙。ガソリンだ。降り注ぐ陽光に手庇して遠見すると、半裸の男たちが濛々と煙を立てる松明を握っているのが見えた。


「……なんだ、あれは。まさか煙幕のつもりか?」

「いやあ、違うと思うよ? マダム・バートリの趣味というか、怖いよねえ」


 チッ、とミチカが舌打ちした。


「ヘイズル。嫌な予感しかしません。やはりあいつらと対話するのは不可能です」

「アッハッハッハ!」


 急に、フロキがわざとらしい笑い声を立てた。


「ビビりすぎだよ、ミチカ。大丈夫。ボクがいる。ボクを守るナイトもいる。それに――」


 目隠しをされ、両手を縛られ、恐怖に震える裸の捕虜を指差した。


「吸血姫へのお土産付きだ! 平気さ!」


 言うなり、フロキはソウドオフを空へ向けて発砲、そのまま大きく左右に振った。


「おーい! ボクだー! フロキだよー! 約束通り、お土産をいっぱいもってきたよー!」


 さらに一発。残響が四方を壁に囲まれ逃げ道のない広場に染み入る。フロキがソウドオフを開き、煙を吹く空薬莢を投げ捨て、再装填した。カロン、と鳴った。

 ヘイズルは肚の底に殺意が湧くのを感じた。彼岸を隠す黒煙の向こうで何かが光る。


「伏せろ!」


 言うやいなや、ヘイズルとミチカは円形の塀に姿を隠し、フロキは手近なタキシードの後ろ襟を掴み力任せに引き寄せた。


 ボン! とタキシードの頭が爆ぜた。


 フロキが崩れ落ちていく背中に隠れてしゃがんだ。次の瞬間、バスドラムの連打を思わせる炸裂音が響き渡り、飛び込んできた無数の弾丸が、首から先を失ったタキシードを蜂の巣に変え、引き裂き、血の霧へと変えた。


「フロキィィ!! その汚ねえツラをこっちに見せなぁ! 叩き潰してやるぁ!!」


 酒と煙草で喉を潰した女の怒号。塀の向こうを覗き見て、


「なんだ、あれは」


 とヘイズルは二度までも絶句した。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、身長二メートルを優に超えるであろう巨躯だ。肋骨と血管が木の根のように浮き出た男がいる。中世の騎士のような鳥の嘴を模したアーメットヘルムを被り、左肩に身に着けた黒革の肩当てに水冷式の重機関銃を乗せる姿は、ウォーキング・バイポッドと呼ぶに相応しかった。


 そして、その塹壕戦を地獄に変えた重機関銃という名の悪魔を操るのは、右側頭を丸刈りにした女だった。残された髪は刺々しい金髪で、目元を黒く塗りつぶし、機械工場の労働者を思わせる出で立ちをしていた。


「あれがマダム・バートリ。吸血姫ですよ」


 ミチカがため息交じりに言った。途端、


「お前らの命が消える瞬間を、この私の目で見届けてやるぁぁぁぁああ!!」


 鬨の声を上げて周囲の蛮族じみた小隊が散開、バートリ夫妻の指示で射撃を始めた。フロキは連れてきた捕虜を放置し、タキシードとともに素早く塀に身を隠す。


「――ッあ、あああ! あぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁあ!」


 捕虜の一人の青年が、恐怖のあまり失禁しながら悲鳴をあげた。目隠しの下から涙まで溢れている。付近を弾丸が掠め、次の瞬間にもバラバラに千切れ飛びそうに見えた。


「――クソ! 伍長! 号令はどうした!」


 ヘイズルが怒鳴ると、フロキはニタリと悪い笑みを浮かべた。


「会いたかったんでしょ? 話さなくていいの?」

「――さっさと、命令を出せ!」

「はいはいーい」


 さっさと言えよとばかりにソウドフオで虚空に八の字を描き、フロキが瞳を輝かせる。


「――ッッッハハハハハハハハ!! 攻撃! 攻撃だぁぁぁぁ!」


 高笑いとともに出された命令に、タキシードが即座に反応、応射を始めた。しかし、こちらは三十ばかりの小銃、バートリ夫妻は重機関銃だ。長くは持つまい。

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