第4話
颯達が階段口からこっそり1階を窺うと大量のキョンシーが両足飛びで跳ねていた。
「こいつはやべえな」
颯は声を
「どうしてこんなに入り口で溜まっているの?」
瑞稀が双眼鏡で周囲を見ながら問う。
「おおかた昌宏の奴がしくじったのだろう」
美玖が呆れたように言う。
「無事帰れたかな?」
「さあな。それよりどうする。ここから出入り口まで10メートルちょっとだ。それくらいなら息を止めて歩けるだろ?」
「だな。行くか」
颯が動こうとすると、
「待って!」
瑞稀が颯の服の裾を掴んで止める。
「なんだ?」
「あそこ。なんか多くない。群がってるみたいな?」
と言い、双眼鏡を颯に手渡し、出入り口とは反対の方向を指す。
そこは確かモールのイメージモニュメントやステージのある広場だったはず。度々、芸人の漫才やコント、タレントのトークショーが行われていた。
「分からんな」
残念ながら颯達のいる階段口からは広場はよく見えない。ただ、その方角に向かうキョンシーがいくつか見える。時には広場からキョンシーがやって来て、なぜか急にUターンして元来た道を戻る。キョンシーは両足飛びの性質上、曲がることはあってもUターンは極力しないはず。もしUターンをするとなるとそれは音に反応してのこと。
「おかしくない?」
「瑞稀、まさか確かめに行こうなんて言わないよな?」
「もしかして莉子達かもしれないよ」
颯は額を押さえて考える。
出入り口まで10メートル。息を止め音を立てずに進めば問題はない。だが、それは絶対安全とは言えない。そこに広場に寄るとなると危険性はさらに増す。
「ミイラ取りがミイラになっちゃあ駄目だよ」
それは喘息で苦しむ仲間を助けるため、モール内のドラッグストアへと向かった莉子に対しての発言だろう。
確かにそれだと喘息で苦しんだ子は負い目を感じて生きていくだろうし。これからその子が喘息で再度苦しんだら誰が助けるだろうか。
ミイラ取りがミイラになる。
「……分かった。確認だけな。美玖もそれでいいか?」
「構わんよ」
と美玖は肩を
◯
キョンシーが広場にうろついているので口には出さなかったが、広場の巨大オブジェの上に莉子がいて颯達は驚いた。
巨大オブジェは独特な芸術性のためかテーマがさっぱり分からなかったが、莉子をキョンシーから遠ざけるのには一役買っていた。
その莉子は口元に手を当てなるべく呼吸音を隠そうとしているのだろう。
しかし、キョンシー達はその微かな呼吸音すらも気付き、オブジェに近づく。
その時は息を止めて莉子はじっとする。
──あの様子から目覚まし時計はもうないようだな。
袖を引っ張られて振り向くと、
『どうする?』
瑞稀がノートを見せてきた。
颯はノートとペンを受け取り、言葉を書く。
『まず俺が囮になる。その隙にお前達は救出に向かえ』
『危険だよ!』
『安心しろ。札と目覚まし時計がある』
颯は瑞稀の肩を掴み、なんてことないという笑みを浮かべる。
しかし、自分から言っておいて危険な目にあわせるのは負い目があるらしく、瑞稀は美玖へと視線を投げる。
それに美玖は、
『なに戦うわけではないんだ。助ける間、少し囮役になるだけだ。もし何かあればこちらからも手を貸せば良い』
とペンでノートにすらすらと文字を書く。
◯
颯はキョンシーに気をつけて広場近くに向かうとオブジェの上にいる莉子に手で待てと合図を送る。
助けが来たことにより莉子は安堵して嬉し涙を流す。そして合図に対してオッケーサインをして頷く。
颯はまずオブジェから離れる。
そして目覚まし時計を等間隔的に配置する。
颯は広場近くのブティックに寄り、瑞稀達に携帯ライトで合図を送る。
しばらくすると目覚まし時計の音が鳴り響き、広場のキョンシー達は一斉に音源へと向かう。
音が鳴り止むと少し離れたところに置かれた別の目覚まし時計が鳴る。
それをキョンシー達はまた一斉に探し出す。
そうやって少しづつ、キョンシー達を広場から遠ざける。
だが、広場の全てのキョンシーが動いたわけではなかった。中には莉子の気配にどうしても集中して動かない個体が2体いた。
颯は広場に入って、まず目覚まし時計をセットし地面に置く。そしてバットのヘッドで床を叩く。
その音に2体のキョンシーは颯に振り向き、両足飛びで颯に近づく。
颯はキョンシー達に背を向け走った。走った先は化粧品売り場だった。
キョンシーがいなくなり、瑞稀達は莉子を助けに動く。
オブジェから莉子を降ろして、そして出入り口へ向かう。
「颯は?」
莉子が化粧品売り場を見て言う。
「大丈夫だから」
と瑞稀は莉子の手を握り、出入り口へと誘う。
颯は化粧品売り場内を走り回り、また広場へと戻る。化粧品売り場内を走ったのは偶然というわけではない。きちんと選んで化粧品売り場を駆け回ったのだ。
キョンシーは盲目の代わりに聴力が強い。しかし、ごく稀に嗅覚も鋭いタイプもいる。目覚まし音に気にも止めずオブジェにとどまったのは嗅覚も鋭いタイプだと颯は考えた。だから化粧品や香水の匂いが籠る、この売り場を選んだのだ。
颯は広場へと戻り、息を止めキョンシー達を待つ。キョンシー達が広場にやってきた。だが、颯は逃げない。じっと待つ。
そして時間通りに先程セットして置いた目覚まし時計が鳴る。
その音にキョンシー達が目覚まし時計へと動く。例え、匂いにも敏感でもさすがにキョンシーとて近くの音には無視はできないようだ。
獲物が自分から目覚まし時計へと変わった瞬間、颯は札をキョンシー達の額に貼る。
◯
「おーい!」
モールの外に出て、颯が瑞稀達に追いつき、言葉をかける。
「颯!」
最初に瑞稀が気付く。
「おお、生きとったか!」
「ありがとう!」
莉子が颯にいきなり強く抱きついて来た。
「ちょ、ちょっと! 何抱きついているのよ! 颯もすぐに離れなさいよ!」
瑞稀が憤慨する。
「莉子、昌宏は?」
「……マー君は死んだ。キョンシー達にやられて……」
顔に影を落として莉子は言う。
「そうか」
昌宏には好感は持てなかったがやはり身近な者が死ぬのは慣れない。
「気にすることないよ。マー君は私を見捨てたんだよ。だからあんな目に。自業自得」
吐き捨てるように莉子は言う。
「……」
「詳しいことは後にして避難所に帰ろう」
と美玖が言う。
「だな。キョンシーもモール内だけというわけではない。気を引き締めて帰ろう」
『ええ』
空はもう陽が落ちようとしていた。辺りは少しずつ夜闇に塗り替えられようとする。
でも、例え陽が落ちようとも明日には明日の陽が昇るのだ。
4人はしっかりとした足取りで前へと進む。
《了》
キョンシーエスケープ 赤城ハル @akagi-haru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます