第3話

 文房具屋の中にはキョンシーはいなかったので安心して紙と墨を手に入れたはやて班。美玖はついでにと筆もリュックに入れた。

「よし帰ろう」

「うん。……あれ? 颯は?」

「さっきまでそこにいたのに?」

 呼びかけようにもキョンシーを呼び寄せるかもしれないので声は出せない。

 2人は店内を移動する。

 文房具屋もドラッグストアと同じで店内は散らかっていた。だが、文房具屋は小物が多いため散らかりようはすごかった。

 特にペン類のエリアでは床にペンが大量に転がっていた。

 迂回しようとしたところで美玖は肩を何者かに背後から掴まれた。

「ぎゃっ!」

「馬鹿、大声出すな」

「颯! 驚かせるな! てか、どこ行ってた!」

「そう怒るな。ほら、やっぱりあったぜ」

 と颯はリュックの中身を2人に見せる。

「どうしたのこれ?」

 瑞稀はリュックの中を見て驚く。

 そこには目覚まし時計が大量に入っていたのだ。

「こんなにたくさん。どこに?」

 美玖の問いに颯は、

「ここさ」

 と地面を指す。

「ここ?」

「文房具屋で時計を買ったことを思い出してな」

「へえ。文房具屋に時計なんて売ってるものなんだな」

「ああ。しかも腕時計や小さいタイプの目覚まし時計だからな」


  ◯


 3人が外に出るとキョンシーは一体もいなかった。

「これは楽かも!」

「瑞稀、それは違うよ。離れさせたんだから逆に出口に近づくほど遭遇率は高い」

「まじで? 来たところとは違う他の出入り口を探す?」

「来た時に通ったのは北口だったな」

 美玖が答える。

だけに?」

「黙れ」

「こわーい」

「……反対に南口があるが、それはここから遠い」

「非常口はもしくは関係者通路口とか?」

 颯が聞く。

「パンデミックの時、大勢の人が通ったからな。キョンシーも多そうだ。それに関係者通路は狭いしな」

 美玖は首を振って否定する。

「駄目か」

「諦めて、もと来た道を戻るしかない。なに、目覚まし時計もいっぱい手に入ったからな」


 そして3人はもと来た道を戻るが、なぜか1階までキョンシーとは遭遇しなかった。

「なんかおかしくない?」

 慎重に階段を降りつつ、瑞稀は疑問を投げる。

「確かにいくらなんでもいなさすぎだよな」

 颯達がキョンシーと遭遇しなかったのには訳があったのだ。


  ◯


 颯達が文房具屋を出る少し前に遡る。

 昌宏はもう音を立てずに動くということを無視して走っていた。

 勿論、音に惹かれてキョンシー達は群がってくる。

 その度に昌宏は目覚まし時計のアラームを鳴らして、遠くへと投げる。キョンシーが音に気を囚われたところで走って逃げる。それを何度も繰り返してしのいでいた。

 後ろを振り返ると昌宏からだいぶ後ろに莉子がしゃがみ込んで息を止めていた。なぜならその周囲にキョンシーがいたから。

 莉子は目で助けを求めるが、昌宏はそれを無視して前へ振り戻り、走り始めた。

 そして動かないエスカレーターで下の階へと駆け降りる。キョンシーに出くわせば額に札を貼り、おもいっきり蹴り飛ばす。

 1階まで降りた時、キョンシーが一体いた。昌宏はこれまで通り、目覚まし時計を投げ、キョンシーの注意が目覚まし時計に向かっている間に逃げた。

「らっくしょー!」

 昌宏はほくそ笑みつつ逃げる。このままモールを出て避難所。

 ──帰ったら俺はヒーローだぜ!


 だが予期せぬ異変が起こった。


  ◯


 莉子は恐怖で目を瞑り、しゃがみ込んで息を止めていた。

 2分くらいだろうか。もう顔は真っ赤。

 息止めは得意ではない。限界は近い。

 ダン!

 近くで音が鳴った。

 莉子はなんとか我慢しようとする。

 でも限界が訪れ、息を吐いた。そして息を吸う。

 今のできっとキョンシーに気づかれたであろう。莉子は諦めた。

 そしておそるおそる目を開け、顔を上げる。横、そして後ろを見渡す。

 ──あれ?

 しかし、キョンシーはいなかった。

 確かに近くにいたはずだ。

 莉子はゆっくり立ち上がり、周囲を窺う。

 今までたくさんいたキョンシーは1体もいなかった。どういうことか。

 耳を澄ますと目覚まし時計の音と足音、そしてキョンシーの跳躍音が聞こえる。

 そしてそれらは1階から聞こえてくるようだ。

 莉子は欄干から下を窺う。

 そこには1階に昌宏がいた。そしてその周囲をキョンシーが囲んでいる。

 ダン!

 2階のキョンシーが欄干から飛び降りて、1階へと飛び降りる。

 さらにもう1体。そしてまたもう1体と次々と2階3階にいるキョンシー達が飛び降りて昌宏を囲む。

 昌宏は泣き叫びながら金属バットを周囲に集まるキョンシーに向け、出鱈目に振る。

 その叫びがさらにキョンシーの呼び水となっている。

「……バッカみたい」





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