第2話
キョンシーを避けつつ、5人はモール内を移動する。
「あれ? 帰り道そっちじゃないよ?」
瑞稀は前を歩く
「ああ。実は札を作るための紙と墨が足らなくてな」
「それで文房具屋に向かうのよ」
と美玖が続けて言う。
「場所は分かってるの?」
「3階エレベーター付近。枕屋の隣ね」
◯
「これはやばいな」
双眼鏡で文房具屋の周囲を窺った颯はこれは駄目だなと首を振る。
彼らは今、文房具屋から離れたエリアにある柱の後ろにいる。そこで颯、美玖、昌宏は双眼鏡で周囲を窺っている。
「どうしたの?」
颯から双眼鏡を受け取り、瑞稀は文房具屋の前を見る。
「うわー。めっちゃいるじゃん」
「うむ。これは大変だな」
と美玖が額を掻いて言う。
文房具屋と枕屋の前にキョンシーが3体。さらにエスカレーターにも2体。数はこちらと同じ。でも、個体能力でなら相手の方が圧倒的に強い。不意打ちで男2人がかりでキョンシー1体と言われているくらいだ。
「と言っても
昌宏がなんともなしに言う。
「スリープ状態のキョンシーは文房具屋と枕屋の前にいる3体だけでエスカレーターにいる2体は稼働中だ」
「その2体はエスカレーターの前でうろうろしているだけだろ。だったら奴らがエスカレーターから離れたら、音を立てずに文房具屋に向かえばいいだけじゃねえか。で、札を貼ればいいだけだし」
「簡単に言うな。同じパターンを持つNPCじゃないんだぞ。それに持ってるのは偽物の札だぞ。しばらくすると動き出すわ」
美玖が溜め息を交じりで言う。
「んだと!?」
「二人とも喧嘩しないでよ。ねえ、こういうのはどう? 二チームに別けるっていうのは?」
「おっ! 良い考えじゃねえか莉子」
「でしょでしょ。私とマー君のチームと颯と瑞稀、美玖のチームに別けてさ」
「で、役割は?」
颯は聞く。
「私とマー君は誘い役。その隙にそっちチームが文房具屋に行くっていうのは?」
「待てよ莉子。それだと俺ら大変だろ? キョンシーに追いかけられるんだぜ?」
「大丈夫よ。目覚まし時計をセットすればキョンシーを撹乱できるし」
「……」
「どうする? なんらなら変わろうか? 誘い役は人数が多い方がいいだろ?」
「……いや、俺と莉子が誘い役だ。その代わり目覚まし時計全部よこせ」
「全部!」
「無理よ。こっちだって絶対安全というわけでもないでしょ? 文房具屋の中にいたらどうするの? 帰りの時だってそうよ」
目覚まし時計を全部渡すのは無理と瑞稀は言う。
「そうだ。戻れなかったら意味はない」
「なら、やめるか?」
昌宏はニヤリと笑う。
それはそれ以外に方法はないんだろうという笑みだった。
莉子は苦虫を噛み潰した顔をする。
「……どうする?」
瑞稀は颯に聞く。
「……やろう」
「いいのか?」
「ただし、全部ではない。保険に俺達は各々一つ時計を所持する」
「んだと?」
「いいのか。このまま紙と墨を持って帰れないと札が作れなくて大変だぞ」
「チッ!」
◯
モールは3階までの吹き抜け構造となっており、反対側への通路には橋が伸びている。橋は20メートル間隔で設置され、かつテナント前の通路よりも幅広く作られている。
文房具屋近くの橋はエスカレーターが側にあり、キョンシーが2体いる。さらに文房具屋の前には3体のキョンシーがスリープ状態でいる。
なら、利用するのはもう一つ奥の橋。
もう一つ奥の橋から颯達はまわり込み、文房具屋に近づく頃に昌宏達が音を鳴らせてキョンシーを呼び込む。その隙に颯達が文房具屋に入店。
「……で、いいな?」
「おう。それと俺達は作戦を実行したら、そのまま帰るぞ」
「マー君!」
「莉子、勘違いするなよ。俺はな早く薬を届けようという気持ちなんだよ」
「で、でも」
莉子はちらりと颯達を伺う。
元は莉子が独断でモールは向かい、それを瑞稀が追い、そして3人が救援に来たのだ。
迷惑をかけておいて、仲間が危険になるかもしれないのにさっさと帰ることに莉子は気が引けたのだ。
「気にするな」
颯が言った。
「そうよ。さっさと薬を渡しに行って」
瑞稀が自分達なら大丈夫と言う。
「な? こいつらもそう言ってるんだ。それに作戦が始まればここらへんにわんさかキョンシーが来るんだぜ。遠くに行かなきゃあいけないだろ?」
昌宏は莉子の肩に手を置き、相手を安心させるような声音で説得する。
「……分かった」
◯
颯達は遠回りしてエスカレーターから10メートルほど近くまで移動する。そして携帯ライトで合図を送る。携帯ライトには白、赤、青の3色の光を出せる。
颯は準備完了の合図として白の光を発光させる。
そして昌宏側も携帯ライトで了解の合図を送ると、しばらくして目覚まし時計が鳴った。
文房具屋の前でスリープ状態でいたキョンシー達も起き上がり、エスカレーター側のキョンシーと共に音の発生源へと向かう。
その隙に颯達は文房具屋に入った。
目覚まし時計には様々な型があるが、颯達が使っている目覚まし時計は下部が太いバー型の小型電子時計である。目覚まし音は普通の目覚まし時計に比べると小さいが嵩張らず、持ち運びに便利であるからキョンシー対策として重宝されている。
その目覚まし時計がキョンシー達の手により破壊された。が、数分後にまた、そこより少し離れたところから目覚音が鳴り始める。
キョンシー達はその音に釣られて行動する。そして音を頼りに目覚まし時計を見つけて壊すとまた別の目覚まし時計が鳴る。
壊す。鳴る。壊す。鳴る。
その繰り返しでキョンシー達は文房具屋から徐々に遠ざかる。
◯
「よーし。あいつらも行ったことだし、作戦は成功だ」
「やったね。マー君」
「だろ」
昌宏は顎に手をあて、したり顔。
「でも……なんかおかしくない?」
莉子はキョンシー達を見て、不安げな声を出す。
「あん?」
「キョンシー達……こっちに向かってない?」
確かに莉子の言う通り、キョンシー達の進行方向は昌宏達のいるここだった。
「マー君? 目覚まし時計どこに置いたの?」
5人が話し合っていた所からエスカレーターまでは莉子が。反対に離れるようにここまで目覚まし時計を置いたのは昌宏だった。
「そりゃあ、文房具屋から離れるようにセットして……」
そして昌宏はここにいる。
「マー君!」
「馬鹿。声がでけえ。逃げるぞ!」
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