キョンシーエスケープ

赤城ハル

第1話

 二人の女子高生が棚からこっそり周囲をうかがう。一人は黒髪の女の子。名前は世良瑞稀。もう一人は髪を染めたギャル系女子高生で名は白石莉子。二人は学校こそ違えどキョンシーパンデミックの中で知り合い、協力をし合っている。

 そして周囲にキョンシーがいないことを理解すると後ろの莉子に合図を送る。それに莉子は無言で頷く。

 ゆっくり音を立てずに二人は店内を進む。

 今、二人がいるのはモール内の3階にあるドラッグストア。白石莉子の友人が喘息の薬を切らしたので二人はモールへとやってきたのだ。そして喘息の薬を手に入れ、避難所へ帰ろうとしているとこ。

 服が引っ張られるので振り返ると白石莉子が小声で、

「ねえ、生理用品の方に行きたいんだけど」

 と生理用品棚を指して言う。

 しかし、生理用品棚は今いる棚から遠くかつ店の隅にある。

 本来ならば用が済んだから寄り道はNGだけど、瑞稀もまた生理用品のストックに心許こころもとなかったため、

「わかったわ」

「女同士で来て正解ね。男なら『パンツの中にティッシュ詰めとけば良いんだよ』なんて言うからね」

「静かに」

 瑞稀は莉子の口を手で押さえる。

 跳躍音が微かに聞こえる。

 そしてそれは少しずつ近づいてくる。

「息を止めて」

 莉子は頷き、息を止める。

 瑞稀は念の為にショルダーバッグから呪文の書かれた札を出す。その札を使えばキョンシーを止めることが出来る。しかし、手持ちの札はなくなり、今は偽物の札しかない。偽物の札は本物とは違い、一時的にキョンシーを止める効力しかない。きちんと呪文を模写をしていれば30秒。汚く模写をしていたら5秒程度。瑞稀の持つ札は丁寧に模写をしたため30秒近くはいける。

 青白い顔の男が両足跳びで近づいてくる。

 そうあれがキョンシーである。

 キョンシーウイルスにより死んだその後、動き始めたリビングデッド。

 キャンシーが立ち止まり、周囲を窺う。彼らキョンシーは盲目のため、聴力を頼りにしている。さらにその聴力は人の呼吸音には鋭い感性を持っている。そのためキョンシーが近くにいる場合は息を止め、やり過ごさなけばいけない。

 瑞稀達へと近づくキョンシーは跳躍しながら動き、そして瑞稀のすぐ近くに立ち止まる。

 ──早く! 向こうに行け!

 苛立ちを抑え、キョンシーが立ち去るのを待つ。

 しかし、キョンシーは瑞稀へと振り向く。

 ──もう無理!

 とうとう瑞稀は呼吸を再開して、キャンシーの額に偽物の札を貼る。

「莉子、今のうちに」

「うん」

 瑞稀達はそそくさとその場を離れる。

「ねえ、倒さないの?」

 莉子が後ろから小声で聞く。

「武器もないのに女の腕では倒せないわよ。それに次に動く時は反対方向よ」

 キョンシーは次に動く時、まず体が向いている方へと動く。つまり、生理用品棚とは反対の方向。

 しばらくは余裕がある。

 そして二人は生理用品棚に辿り着いた。

 棚は他の棚と同じように乱雑化していて、他の商品が置かれていたり、色々な商品で積まれた山が出来ている。床にも商品が散らばっている。

 莉子は生理用品山から目当ての生理用品を取ろうとしたところで、瑞稀に止められる。

 瑞稀は首を振り、山の上の商品を指す。それを取れと。

「私、このメーカーなんだけど」

 莉子が山の真ん中ほどにある商品を指す。

「馬鹿なの? 取ったら山が崩れるでしょ。上のやつにしときなさい」

「嫌よ。これじゃないと嫌なの!」

 瑞稀は溜め息を吐き、

「それじゃあ、まず上の商品から取りどけてからにしなさい」

「オッケー」

 二人はゆっくりと音を立てずに山を崩しにかかる。そして目当ての生理用品を手にして二人はその場を去る。

「ねえ、他見て回る?」

 莉子が提案する。

「調子乗るな!」

「大丈夫だって。キャンシーも近くにいないんだし」

 だが──。

 バタバタバタ!

『!』

 二人に緊張が走る。

 さすがにこの音だとキョンシー達が群がってくる。なんとかすぐに離れなくてはいけないが、二人がいる生理用品棚は店の隅にある。

 このままだと鉢合う可能性が高い。

「早く!」

 瑞稀は音を立てずに早足で進む。

 後ろを振り返ると莉子が商品を踏まずにちんたらとしていた。

 じれったく瑞稀は「早く、早く」と莉子を手招きする。

 その莉子は瑞稀を指差す。

 瑞稀は自身を指して首を傾げる。

 莉子は手を振り、口パクして瑞稀の方へと指差す。

 それでようやく莉子が何を伝えたかったのかを瑞稀は察して、ゆっくりと振り返る。

 そこには──キョンシーがいた。

 瑞稀はとっさに息を止めるもキョンシーはすでに瑞稀を感知していて真っ直ぐ向かってくる。

 急いで札を出そうとするも恐怖心でもたついてしまう。さらにそれが音を立て、キョンシーは力強く跳躍して近づいてくる。

 ──やばい!

 瑞稀は殺されると目を瞑り、身を縮こまる。

 バン!

 体が倒れた音が響く。

 瑞稀がおそるおそる目を開けると、キョンシーが倒れていた。

 そしてキョンシーが先程いた付近にはバットを持った少年がいた。

「大丈夫か?」

はやて!」

 瑞稀は助けにきた颯に抱きついた。

 助けに来たのは瑞稀のクラスメート荒川颯。

「おい、俺もいるぞ」

 颯の後ろからヤンキー風の男が顔を出す。名は阪口昌宏で白石莉子の彼氏。

「そう」

「なんだよ。つめてーな。わざわざ助けに来たのによ。っと、莉子、大丈夫か?」

「マー君! 来てくれたの!?」

「自分の女を心配するのは当然だろ」

「おい、再会の感動は後だ。さっさとこの場から去るぞ」

「リーダーぶんじゃねーぞ」

「ならお前がリーダーをするか? さんざんおよび腰だった奴が?」

「調子乗ってんじゃねーぞ!」

 昌宏がメンチを切り、颯に凄む。颯も昌宏を睨み返す。

「声がでかい。二人とも喧嘩しないで。早く行こ」

 莉子が間に入って、喧嘩を止める。

「ケッ!」

 昌宏は床に唾を吐く。


  ◯


 四人はドラッグストアを出て、外で待機していた久野美玖と合流した。

「美玖も来ていたの?」

「ええ。颯と一緒にね。そしたらこいつも来て」

「ああん!? 文句あるんか」

「文句は言った」

 美玖は敵意剥き出しの顔で言う。

「ああん!? 役に立てない奴が何様だ!」

「私は外にいてキョンシーがここに集まらないよう操作していたんだよ。で、お前は何かやったの?」

「キョンシー倒したわ!」

「俺がな」、「颯がね」、「……マー君」

「あー、もー、うっさい。帰るぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る