最終話 逃げてごらんよ
体に、力が入らない。
おそらく、生気のようなものを吸われたんだろうな、と予測する。彼女、自分のことを妖怪だと言っていたし、それくらい何の造作もないことなのだろう。
だとすると、だ。
「色々見えて来た、気がする」
「ん? と言うと?」
「不思議に思ってたんだ。なんで俺を連れて一緒に逃げたのかなって。自分も巻き添えに合うリスクがあるのに、さ」
だってそうだろ。あの時彼女は、あくまで自分だけ助かりたければ俺を置いて逃げりゃよかった。
彼女自身も追われてる立場。それなのに、何故俺を連れて逃げたんだろう。
ハッキリ言ってリスクしかないはずだ。
でも、そのリスクを負ってでも、俺を助ける価値があったってことだろう。
そこから考えられること、それは――――、
「君も、俺の魂を狙ってたんだろ?」
「ふふ、大正解」
彼女はパチパチと手を叩き、満足げに俺を見下ろす。
「まぁ私が狙われてる、っていうのはちょっとした方便だよ。君を連れて逃げる口実として、ちょっと嘘つかしてもらったのさ」
「なんで、そんな真似を?」
「君が幽体離脱した時、もう奴ら近くにいたんだよ。『私も追われてるから一緒に逃げようよ』ってした方がなんか自然じゃない?」
そういうもんなのか。とは思うけど。
でも実際、なんの違和感もなく連れてかれてる訳だから何か言えるわけでもない。
――――じゃあ、あの時狙われてたのは
彼女は獲物をとられないようにしてただけだったと。
「ま、一応は納得したよ。で、お味はどうだった?」
「……ぷっ。あははっ。おっかしいなぁ。喰われる側が美味しかったか聞いてるなんてさぁ」
「ちょっとした皮肉だよ。してやられた感じでムカつくし」
「それは自己責任じゃないかなぁ?」
貴女がそれを言っちゃいますか。そう思うし言いたくもなるけど、言葉を発するだけの余裕が今の俺にはない。
だからちょっとした抗議のつもりで睨みつけるけれど、彼女は余計に笑みを意地悪くする。
「ま、そりゃ美味しかったよ? やっぱり生者の魂は特別だねぇ。でも、ぜーんぶ食べちゃうのはまだ勿体無いかなぁ」
「……どういう事さ、それ」
「君、多分16くらいでしょ。生者の魂で一番美味しい時期って20くらいなんだよ。君の魂、結構上物だからさ。今すぐ頂きたいんだけど、そこまで待ちたい気分でもあるんだよねぇ……」
彼女は何か言いたげに、表情に含みを持たせて、笑う。
なんとなく……、わかった気がする。彼女が次になんて言うかが。
「まさか定期的に俺の生気を喰わせろとか言うんじゃ、ないよな?」
「お、よく気がついたねぇ。当ったり」
「……できれば御免被りたいんだけど?」
やっぱり。
美味しい食べ物はすぐにでも頂きたい。でも一番食べ頃まで取っときたい。
だから定期的に喰わせろ。そうすりゃ大元は一番美味しい時期まで取っておける……って、事だろう。
正直言うと嫌だ。なんで態々喰われるためにノコノコと君の前に出てこなきゃならんのかと思うし。
「ま、別に嫌ならいいよ? 無理やり体から魂を引きずり出せばいいんだし。でもまぁ今日のところは――――」
そこまで言うと彼女はパチン、と指を鳴らす。
すると景色がグルン、と暗転し――――。
『この辺で勘弁しといてあげるよ』
そんな彼女の声と共に、俺は目を覚ました。
見知った天井。辺りを見回す。間違いない。俺の部屋だ。
元に、戻ったのか。それとも、今のは全て夢?
何もかもが唐突で、非日常的なものだからそう思ってしまう。
その時、首筋にピリッとした痛みを感じた。
あの時感じた、甘く、虜になってしまうような痛み。
だから、あの出来事は夢じゃないと確信する。
多分、俺が幽体離脱したのも彼女の仕業だろう。彼女が最後に呟いた思わせぶりな言葉から、そう推測する。
つまり、俺は彼女の掌の上……という訳か。俺がどんだけ反抗しようが彼女の思うがままだと。彼女の指を鳴らす姿を思い返し、ふとそんなことを考える。
「もしかして……挑発してんのか?」
逃げれるものなら逃げてごらんよ。と。
甘い痛みを感じる首筋に、手を当てつつそう呟く。
すると、
『さぁ、どうだろうね?』
彼女のそんな声が、遠くから聞こえた気がした。
――――ははっ。面白れぇなぁ。本当。
どうしてかはわからないけれど、妙に気持ちが昂る。
甘い痛みに魅了されつつ、俺は微かに笑った。
幽体離脱 at 12 o'clock 二郎マコト @ziromakoto
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