第4話 いただきます

「あははっ。こりゃすごいや。ほら見てごらんよ。奴ら、完全に私たちのこと見失ってるよ?」

「ん……と。あそこか。見える見える」


 彼女が指差す方向を覗き見ると、確かにあの黒尽くめの集団がいる。

 忙しなくキョロキョロと辺りを動いているあたり、本当に俺たちを見失ったみたいだ。


「いやぁしてやったりだねぇ! ここからなら『バーカ!』なんて大声出しても全然気付かれなさそうだ!」

「まあ、そうだろうね。現に今結構な大声出してたのに気づかれてないしね」

「あっはは。それもそっか。さて、奴らが私たちのことを見失ってるうちに、あの隣町に行っておきたいところだね」

「ん、そうだね。現に今軽く落ち始めてるし、移動できるならしておきたいんだけど……、できる?」


 俺たちはひとしきり高く飛び上がった後、今度は重力に従って落下を始めている。

 急速に、という訳ではないけれど、それでもゆっくりと下に落ちている。


 できれば地面に着地する前にできるだけ奴らより遠くに行っておきたいところだ。だから軽く彼女に問いかけてみる。


「安心しな。私、浮遊することはできないけどさ。空中で方向変えて移動することくらいならできるよ?」


 そう言うと彼女は、俺の腕を掴んで、くるりと空中で方向を変える。

 体を向けた先は、隣町。少し遠くに、住宅街の明かりが見える。


「こんな風にねっ」


 そして、すいっと流れるように移動を始めた。

 先ほどみたいな激しく、猛烈なスピードじゃない。緩やかな力で俺を引っ張っていく。


 穏やかな風と共に、穏やかに俺を街へと運んでいく。

 ぐんぐんと街の明かりが、家が大きくなっていく。

 そして街中へと入ってしばらくの間、家々の屋根の上を上から通過したのち、


 ふわり、と俺たちは降り立った。

 そこは、街のスーパーマーケットの裏側。24時間営業のためか、店内の明かりはまだついていて。

 そこから漏れる光を頼りに、俺たちはお互いの顔を見つめ合う。

 

「まぁ、ここまでくれば奴らも追ってこないと思うよ? あいつら、人気の多いところを嫌うから」

「そっか。じゃあ朝方までここら辺で待ってれば安全ってことかな?」

「そういうこと。いやー助かったよ。君のおかげで奴らを撒けたし、面白いのも見れたしね」

「いや、そんなこと言ったら俺だって……。君が一緒に逃げてくれなかったら多分黄泉の国行きだったろうし」


 彼女は俺に御礼のようなことを言うけど、それはこっちの台詞だ。

 彼女にとって俺は見ず知らずの他人。彼女がそこまで優しくなかったら、俺は今頃最初に射られた矢で串刺しだ。


 それに、こんな楽しくスリリングな体験もできなかったと思うし。

 そう思うと、呼応するように風が一つ頬を掠めていった。

 

「ふふ、謙虚だねぇ。でも本当によかったよ。これで――――」


 突如、

 彼女の目が光ったような気がした。

 妖しい笑みと一緒に、鈍く光ったような――――。

 

――――」


 ふわり、と甘い香りがしたかと思うと。

 首筋に、ピリッと痛みを感じる。


 みると、彼女が俺の首筋に、甘く噛みついていた。

 ぞわり、と震える感覚に襲われる。

 痛くも、甘い。虜になってしまうような、そんな感覚。


「――――っっ!?」


 そして急速に、力が抜けていく。

 そんな俺を、彼女は見下ろして、


「ふふ、


 妖しげな笑みを崩さないまま囁いた。

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