京都

私が修学旅行を含めないで、自らの意志で初めて京都に赴いたのは高校生の頃だった。

 有名なキャッチフレーズのように、春休みにふと思いついて出かけた。前日に大まかな予定だけ決めて下調べもろくにしなかった。自分が修学旅行に行ったのは京都中心部にある寺社仏閣だったから、そういう有名どころを外し、とりあえず嵐山に向かった(嵐山も十分有名な観光地ではあるが)。

 嵐山駅でレンタサイクルを借りる。桜や紅葉が満開の人が多い時期は電車や市バスを避け、レンタサイクルをおススメする。特に市バスは人が多過ぎてバスが来ても見送られることもざらだ。レンタサイクルは小回りも効くので京都観光に向いている。意外と遠くまで回れる。

 桜の名所であるので嵐山は観光客で混んでいた。大通りの土産屋がひきめきあっている所は人が多過ぎて辟易してしまったので、ちらっと見ただけで通り過ぎた。郊外にある大覚寺まで自転車を走らせる。祖母の家で見た時代劇でよく大覚寺がロケ地として使われていたので、何となく景色に見覚えがあった。参拝を済ませ、有名な大沢池の周りを散歩する。私が当時訪れた頃は今の御朱印ブームとかはなかった。高校生の無知だった私は大覚寺の御朱印を貰い損ねるという失態を犯す。御朱印は本当に皆達筆で記念になるものなので、もらっておいて損はない。刀剣が描かれたものもあるので是非。

 この大沢池散策の時にちょっとした珍事件が起きた。

 川端少年、猫に追いかけられる。

 学級新聞の見出しのような文体だが、まあその通りの意味である。私は猫を含め動物が好きだ。旅先でふらっと動物園に寄ることもしばしばある。中でも身近な猫は特に好きだ。道で出会う野良猫の写真は私の写真フォルダを圧迫している。大抵の猫は近付けば逃げる。ごくたまに人馴れしている珍しい猫もいるが、ほとんどの猫は人間から逃げる。

 大覚寺で猫を見つけた時、私はいつものように腰を低くしてゆっくりと近付いた。この辺りで目が合って距離が詰められたと思った猫は逃げる体勢に入る。しかし、彼は違った。その黒猫、私が近付けば、彼もまた近付いてきたのだ。いつもと違う猫の動きに戸惑いと嬉しさを感じつつも私はまた一歩近づいた。すると、彼もまた歩をゆっくりと進める。一歩、また一歩と距離を詰めていく一人と一匹。触れられる距離になったところで、私は恐る恐る手を伸ばす。手に広がる毛の感触。私は心の中で小躍りした。猫ちゃん! 猫ちゃん!

 しばらく触れ合った後、私は自分の旅に戻ろうと猫に別れを告げて、名残惜しくも去ることにした。出口の山門に向かう途中、振り返ると、なんとあの黒猫が付いてきているではないか!こんな可愛いことをされては仕方ないので少し構ってやった後、今度こそ別れた、はずだった。またしても彼は付いてきていた。こんなことは初めてだったので驚きつつも再度なでてやり、今度こそ別れたが、また付いてくる。私が早足になっても付いてくる。若干小走りになっても付いてくる。いつもは自分が追いかける側で逃げられるとがっかりする癖に、逆に猫に追いかけられると逃げ出す人間。シュールな光景だった。

 大覚寺を出る頃にはいつの間にか、あの猫はいなくなっていた。

 以上、私が大覚寺にて体験した少し不思議な出来事であった。



 こんなものでいいだろうか。いや、良くはないだろう。旅の魅力について伝わってこない。半分以上、猫との攻防に費やしている。

 この原稿はおそらく没になるだろう。



                                   


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