後編
♦
「んっ……ふっ」
緑の多い郊外に設置されたベンチで、一組の男女が熱い抱擁と口づけを交わしていた。
「ん……はぁ」
男が口づけを止めると女の方はふくれっ面を見せて再び口づけを迫る。彼は困ったように眉を下げ、やがて意を決したように彼女の額にキスをした。
「これでご容赦願えるかな?」
「も~。勇者様ったらさっきまであんなに激しく口づけを交わしていたと言いますのに急に照れちゃって……。そこがまた可愛らしくていいのですけどぉ~」
「お気に召してくれたのなら何よりだよ。アミー」
カシャ追放から半年以上が経過し、順調にオベヤの攻略を進めていった勇者ダンはこうして恋人との語らいの時間を持つようになっていた。
恋人にして勇者パーティのメンバーであるアミーは貴族の出ながら平民に分け隔てなく接する性質で情熱的でもある。
「アミー、今日は君に……大事な話があるんだ」
「大事な話!?なんでしょう……?は、まさか結婚!結婚ですね!わかりました式は
いつにしましょうか?子供は何人欲しいかなどの希望は──」
凄まじい勢いで先走る彼女を手で制して座らせるとダンはゆっくりと口を開いた。
♦
「さて、次の場所は……噴水前だったかな」
勇者ダンは真っ赤に腫れあがった右頬に回復術をかけると街中にある目的地へと向かった。
噴水には予定よりも早くついた故に待ち人の姿はなく、ダンは一息をついた。それから十分ほどの時が経ち、彼に声をかける者が現れた。
「やっほ~。勇者様待った~?」
「いや、いま来たところだよ。ミカ。さあ、行こうか」
ダンは少し遅れてきた小刀を携えた金髪の女性、ミカと共に街へ繰り出した。勇者パーティの一員であり、ダンの恋人でもある彼女の要望で彼らは衣装屋に出店、博物館など様々な場所に足を運び同じ時間を楽しんだ。
「ねえ~次はどこにいこっかぁ?」
「そうだね……いや、そろそろ次の時間か」
「時間~?」
「ああ、大事な話があるんだ。ミカ……君をパーティから追放する」
「え?」
まだ事態を飲みこめていない様子のミカを他所にダンは冷徹に告げる。
「君は栄誉ある勇者パーティの一員としても僕の恋人としても相応しくない。さっき
までのデートは最後の餞別のようなものさ。さ、わかったら荷物をまとめて実家にで
も帰ってくれ」
「わかった」
次の瞬間、ミカはダンの懐へと気配なく飛び込んだ。彼女の手にいつの間にか握られていた小刀はダンの脇腹に深々と突き刺さっていた。類まれなる暗殺の技をその身に受けてなおダンは崩れ落ちない。
「……気は、済んだかい?」
「全然~。でもこれ以上やるとアナタ反撃してくるよね~。だからこの場ではここま
でにしといたげる~」
「頭が回るようで助かるよ」
ミカはより痛みが走るように乱雑に小刀を引き抜くと血を払って鞘に納めた。すると今さら事態に気付いた周囲の人々が悲鳴を上げて混乱が巻き起こる。
「ほんと……舐めたマネしてくれたよね~。このことはウチのパパに話しちゃうから」
「ご自由に。御父上と縁がないことを祈るよ。それじゃあ」
「じゃあね~」
ミカが人ごみに紛れて消えていったことを確認するとダンも傷口に回復術をかけその場から脱出した。そしてデート中に購入していた衣服に着替えると次の目的地へ向かう。
目的地につくとそこには既に和服を着た女性の姿があった。ポニーテールにまとめた水色髪の少女はダンの姿を認めると彼に向って深々と礼をした。
「こんにちは勇者様!本日は勇者様の貴重なお時間を頂き誠にありがとうございま
す。私誠心誠意心を尽くしておもてなしを──」
「同じパーティなのだからそんなにかしこまらなくてもいいよカナタ。遅れてすまないね。今日はどこに連れて行ってくれるんだい?」
「はい!今日はですね!まずお団子屋さんにお茶をいただいてからこの街独自のオペラを観に行きたいと愚考しております」
落ち着いた見た目とは裏腹に早口でまくし立てる彼女もまた勇者パーティに所属しており、例によってダンの恋人である。つまりデートをある程度まで終えた頃に起こるイベントもまた同じだ。
「オペラた、楽しかったです……ね?」
「ああ、そうだね。素晴らしい演技だった」
「ま、また来たいな……なーんて!へへへ」
「そのことなんだが。カナタ。君は今日で勇者パーティから追放することにするよ」
「そ、そんな!?私何か勇者様に粗相を……してましたよね。申し訳ありません……
でした」
「そういう訳だから。これでさようならだ。次の予定が控えているのでね。失礼するよ」
顔を青くして泣きわめくカナタを残してダンは宝石店へと向かった。そこにいるのは当然別の恋人にしてパーティメンバーだ。
「やあ、ツバサ」
「勇者様!」
追放を繰り返し成長したことでダンがパーティを組めるメンバーは自分を除いて最大五名となっていた。そしてダンはその五名全員と隠れて交際していた。そして今日起きていることは、見ての通りだ。
「ツバサ、君を追放する」
「何でよ!?」
「エレン、君も追放する」
「も、って何!?」
全員同日追放デート決行である。強行軍ともいえるこの行程をやり遂げた勇者ダンは その日のうちに次の目的地へと向かう馬車に乗っていた。馬車の中で妖精シャリはからかうような口調で話しかける。
「お疲れ様。っていってももう三回目だし慣れたものかしら。バラバラにやると不信が広がるからってよくやるわよねー」
「慣れるなんてことはないさ。特に粘膜接触の感覚はダメだね。なぜみんなアレをしきりに求めるんだ」
「キスのことそんな風にいうやつ初めてみたけど……。こんな奴がモテてしかも勇者だなんて世も末ねえ」
「……全くだ。それで、今回の成果は?」
五人分の、しかもパーティであり恋人でもあった者たちの追放だ。得られる力は莫大なものであるはずだが。
「確かにしっかりと成長している。でも劇的な成長とは言えないね」
「そんな馬鹿な!?」
「慣れもあるでしょうけどさ……そもそもパーティに入れて一週間で付き合って次の週の最後に追放っていうのがもう無理があるんじゃない?それにアンタ一人の子に入れ込むことを避けてるでしょ。わかってる?ダンシャリはアンタ自身が思い入れを深くしないと効力が薄いの」
成果不振と鋭い指摘を受けたダンは額に手をやりうなだれた。
「恋愛関係は……短期間で絆を深めるいい手段だと思ったんだけどね」
「どうする?この分だと四回目は今よりもいい成果は望めないと思うけど」
「そうだね……新しいやり方を……考えてみるよ。今さら止まることなんて……できるはずもないんだから」
勇者パーティではこれまで様々な理由で幾度も入れ替わりが発生している。勇者のことを本来の名で呼ぶ存在は随分前に契約妖精だけになっていた。
♦
「次の人。入ってきてください」
「ハイ!!」
扉の向こうから元気のいい声が響き、扉が開かれる。部屋の中に入ってきたのは緊張した面持ちの学生然とした女性だった。出迎えた勇者ダンが彼女に着席するように促すと彼女はそれに倣った。
「それでは勇者パーティ選考の面接を開始します。お名前とご年齢は?」
「ミドリです。歳は17です」
「ご実家はレキサスの方だと記載されていますね。そこではどのように過ごされていましたか?そしてこの遠く離れた都市にお越しになられた経緯などをお聞かせください」
「はい。レキサスの方には15になるまでいました。実家は武器の生産をおこなっていました。幼いころから武骨な鉄を立派な武器へと鍛え上げる祖父や父の背中を見ていずれは自分もその道に進もうと考えていました。中等部の卒業を控えた頃に最新の武器の開発が盛んなこの都市への留学を考えるようになり。今ここに来ました」
「なるほど」
応募書類に目を通しながらも勇者ダンの注意はよどみなく自らの来歴を話すミドリ向いていた。自身とその家族がやってきたことに誇りを持ちつつも新たな知識に対して情熱を向けるその姿勢はダンにとって好感触であった。その後もミドリはダンの踏み込んだ質問の数々に元気よく答えていった。その結果。
「おつかれさまですミドリさん。それでは本日の選考結果をお伝えします」
「ありがとうございました!どのような結果でも真摯に受け止めます」
「……ミドリさん。合格です!たった今からあなたは勇者パーティの一員です」
世に名高い勇者パーティの一員に抜擢された栄誉にミドリは思わず席を立ちあがった。
「本当ですか!?やった!おとうちゃん私やったよ!……足を引っ張らぬよう精一杯頑張ります!」
「ああ、その心配はありませんよ」
「え?」
「あなたが実際に勇者パーティで実働を行うわけではありませんからね。というわけでミドリさん。あなたを勇者パーティから追放します」
確かに出たはずの採用通知が突如として無に帰した理不尽にミドリは何も言えず立ち尽くしていた。
「追放理由はそうですね……採用直後に騒ぎすぎた。これでいきましょう。それではご退出ください」
ダンはフラフラとまるで死人のように部屋から出ていくミドリを見送ると次の犠牲者を呼び出し再び面接を始めた。
「採用」
「やったー!」
「ですが追放します」
「なぜ!?」
(面接というシステムに目を付けたのは我ながら慧眼だったね。これなら端的にそれぞれのバックボーンを知ることができるし、短時間で個々人に一定以上の愛着を持つことができる)
「採用」
「ありがとうございます」
「追放」
「どういうことだあんた!?」
(正式な仲間や恋人と比べると微細なものだが……この手法には圧倒的な効率がある)
「採用」「追放」「採用」「追放」「採用」「追放」「採用」「追放」「採用」「追放」「採用」「追放」「採「追放」「採用」「追「採用」「追「採用」「追放」「採用」「追放」「採「追放」「「採用」「追放」「採用」「追「採用」「追放」「採「追」「採「追「採「追「採「追「採「追」
面接会場の近くにおびただしい程の犠牲者の山が積み上がっていく。
「追放!!」
♦
勇者ダンが旅を始めて数年の時が流れた。その間、彼と彼のパーティが正常化させたオベヤは数知れず。勇名を馳せる彼らだったが陰りも見えた。
それが最も顕在化したのが今日、この日だった。
外の光りが届かぬ名状しがたい物品の数々が内部を構成するオベヤ。広大であるが手狭に感じるという矛盾したこの空間に幾つもの助けを求める悲鳴と、それを無慈悲に押しつぶす爆音が響いている。
「駄目です勇者様!三方をやつらに囲まれています。攻撃が止まりません!」
「【追放同盟】め……。オベヤ内部まで追って来るとは、あいつら勇者様に何の恨みがあるってんだ!?勇者様がいなくなったら誰がオベヤの増殖を止める?──ギャァァァァァ!?」
追放同盟、かつて勇者ダンに追放された者やその親族によって構成されたこの組織は人類でありながらダンに強い恨みを抱えている。
彼らは活動を始めて以降、勇者パーティに激しい攻撃を加えている。今もそうだ。そして勇者パーティの敵は当然彼らだけではない。
「ウワァ!?ヌシだ!ヌシが出たぞ!最悪だ!!」
この空間はオベヤであり、当然この場を支配する巨大なヌシがいる。集合して巨人のような姿を象ったゴミ袋は勇者パーティに拳を振りかぶった。
「「グワアアアアア!?」」
追放同盟かヌシ。どちらかだけなら対処ができた。だが、二つ同時は無理だ。勇者パーティは一人また一人と倒れていき。ついには圧倒的な力を持っていた勇者ダンすらも力尽きようとしていた。
勇者ダンは今にも消えそうな呼吸の中で共に旅を重ねてきた相棒に声をかける。
「シャリ……僕はどうやら……ここまでのようだ。君から見て……僕は何を間違えた
と思う?」
「ごめんね……多分間違えたのは私の方。ダンシャリは何を捨てるかじゃなくて……何を捨てないかの方が。きっと大事だったんだ」
「どういう……ことだい?」
叱咤を期待した言葉は疑問へと変わった。
「私はより大きな力を得て、沢山の技能を継承するために、一番大事なものを捨てることを勧めたけど……。そのせいでダンは捨てることに囚われたんだ」
ダンの脳裏を最初によぎったのは親友の顔だった。そして彼を含めた誰も切り捨てることのなく冒険を続けていた頃の記憶が鮮明に蘇る。
(僕はカシャを追放したことに意味を持たせたくて……耐えられなくて、追放して力を得ることに囚われていた?追放の際には悪役にならなければならない。だが、必要以上に遺恨を残していなかったか?僕は親友だけじゃない……)
「僕は……いつの間にか良心を捨てていたんだ。それだけは……それだけは捨ててはいけなかったのに」
「ダン……ごめんね……ごめんね……」
過去を振り返り、悔いを得ても。もはや全てが遅い。背後からは大勢の彼が切り離してきた者たちが迫り、眼前では彼の敵がとどめの姿勢を取っている。
死を前にした高速の思考で勇者は最後のあがきをする。
(僕の能力は僕が追放した、手放したものに応じて僕に力を与える能力だ。じゃあ)
「僕が僕を追放したら……どうなる?」
どこかの時間の自分に恩恵があるのか。次なる勇者に継承されるのか。何も起きないのか。それはわからない。だが、もう可能性までは捨てたくない。
自分のこれまでの功績を捨てるのだ。自分にとってそれは悪だろう。条件は整っている
(願わくばいつか、何も手放さずに全てを救うことが──)
こうして勇者は自分自身を手放した。彼のこの行為がどういった意味を持つのか。それはこの世界の住人にはわかりはしない。
断捨離勇者 プテラノプラス @purera
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます