断捨離勇者

プテラノプラス

前編

「カシャ、君はこのパーティにはもはや必要ない」

 

 そりゃあ、生きてりゃ信じらんねえことに遭遇することぐらいままある。特に勇者パーティの一員として旅立ち、幾つもの【オベヤ】に挑んだ俺ならなおさらだ。


「パーティという力を行き渡らせることのできる枠数には限りがある。君がいるとオベヤ攻略に支障がでるんだ」


 でも、だからって。


「君をこのパーティから追放する」


 自分が仲間から追い出されるなんて。信じられるか?だって、だってよ。


「ふっざけんなよ!なんだよ急に。俺ら昨日まで楽しく助け合ってやってきたじゃねえか!そりゃ今回のオベヤの攻略には手間取ってるけどよ。それだってちゃんとレベル上げりゃなんとかなるだろ。それにこのパーティの回復役は俺だけなんだぞ。回復役なしでどうやってくつもりだよお前ら!」


 そうだ。確かに東から来た魔の王【シュウ】の【塵耶識ゴミヤシキ】によって生み出されたオベヤは無限に拡張を続けて世界を飲みこんでいく。ダラダラしている訳にはいかないっていうダンの思いも勇者としての責務を考えればわからなくもない。

けど、だからってこれは無謀すぎる。


「問題ない。代わりはもう見繕ってある。僕たちの心配よりも今日からの自分の稼ぎ

口でも心配してるんだね。前の村の宿屋なんていいんじゃないか?」


 ダメだ。ダンの奴、聞く耳持っちゃいねえ。きっと連日の失敗で冷静さを失ってるんだ。このままじゃ埒が明かない。俺は攻め方を変えることにした。


「じゃあ、他の奴と話をさせてくれよ!ウィルは?ヴァーチェは?二人ともどこにいんだよ。こんな大事な話なのに何でお前以外いないんだ。パーティだろうが俺たち

は!」


「二人は足まといの君と口も聞きたくないそうだ。自分では気づいてないだろうけど……臭いんだよ君。みんないつも君の臭いが気になっていた」


「なッ!?」


 そうだったのか……?自分じゃまるで気付かなかったけど俺はすっげえ臭かったのか!?確かに俺は男としていつもオベヤの障害物をどかす役割を買って出ていた。もしかしてそのせいで……。


「俺は潔癖症のお前や女子たちのためにゴミ山を掻き分けて……そのせいで臭くなったんだぞ!?俺が抜けてどうする?次の奴にその役目をやらすのか?そいつもまた臭くなるだけだろ」


「そうなったらそいつも追放するだけの話さ」


 コイツ……いつの間にこんなクソ野郎になってやがった!俺は頭に血が昇ってダンに掴みかかったけど。コイツの表情は変わらねえ。


「心底見損なったぜ!旅を始めた時のお前はそんなんじゃなかった。誰よりも賢くて優しい奴だった。友達だって……そう思ってたんだぞ!?」


 叫びは俺の偽らざる本音だった。出会ってからずっと。コイツは俺を助けて、俺は力を貸して。一緒に困難を乗り越えて来た。何度も笑い合って来たんだ。なのにダンは俺の手を雑に払って。


「君のことを友達だなんて思ったことはない」


「ウソだろ……」


「まだそう思えるならめでたい頭をしているね。さ、もういいかな?これから新メンバーとの顔合わせがあってね」


 俺は、もう何も言えなかった。ただ地面に膝をついて、勇者が旅立つのを見送ることしかできなかった。


「さようなら。……もう会うこともないだろう」


 俺の脳裏にこれまでの旅の記憶が蘇ってきて。その度に記憶が音を立てて壊れていく。


「くっ……!ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 おっす俺カシャ。半日前に勇者パーティを追い出されたくっせえ負け犬だ。そんな俺が今何をしているかって?決まってる。オベヤに突入した勇者パーティの後を追ってるのさ。クズゴミたちを盾にしてこっそりとな。


 自慢じゃないが経験を重ねてるだけあって俺は結構な凄腕だ。俺に代わるようなやつなんて早々見つかるはずがねえ。あんなことを言ってたがあいつらはきっとどこかでピンチになる。そうなったら助けてやらねえといけねえ。せめてこのオベヤから逃げられるぐらいにはしてやらねえと。


 しっかしさっきから何度か戦闘してるけど、あの新しく入った男は全然回復の術を使わないな。攻撃はなかなかのもんだが……ほんとに俺の代わりか?今のところ大したダメージを負ってないからいいものを。もしかして仲間が傷ついたらすぐ回復術をかける俺の癖、うざがられてたのかなあ。


 俺がへこみかけていた所、前を進む勇者パーティが構えた。出たんだ。このオベヤの【ヌシ】、【ノミカケノ・ボトル】が。


 大量の瓶が集合して宙を泳ぐ巨大な魚のようになっているコイツに俺たちは何度もやられてその度にオベヤから情けなくも逃げ出した。コイツを倒さなきゃこの地域のオベヤは消滅しないってのに。


「「ぐああああああ!?」」


 勇者パーティはノミカケノ・ボトルが放った大瀑布に巻き込まれた。くそ、いわんこっちゃない。待ってろいますぐ……え?


 遮蔽物から身を乗り出し皆に回復の術をかけようとした俺は、そこで信じられないものをみた。


「ブラシマ」


ダンが、勇者が回復呪文を使ったんだ。昨日まで一つも使えなかったはずなのに、それは俺の回復の術とそん色がないものだった。そして、ありえないはそれで終わらなかった。


 みんなを治療した勇者は今まで見たことないようなスピードで敵を圧倒すると剣の一振りで敵を構成する一部を破壊した。二振り目で半壊し、三振り目でお終いだ。瓶の破片が雨になって降り注ぐ。それと同時にオベヤになっていたこの空間の正常化が始まっていった。


「あれ?カシャじゃない?」


「ほんとですね。おーい」


 やっべバレた!?勝手についてきた上に何もしなかったとかさすがにダサすぎる。逃げよう。


 逃げながらも俺はさっきの光景を反芻していた。あんなに強いダンは初めてみた。しかも回復呪文も使って見せて……。他のパーティメンバーも普段より強かった気がする。あれがもし、俺の体臭とかのせいで今まで発揮できなかったんだとしたら。それは確かに追放するに足る理由だ。文句のつけようもねえ。


 追放直後の記憶がよみがえって、再びどん底みたいな気分になっていく。でも、同時に気付いたことがあった。どんなに酷く思われてても、俺はあいつらを嫌いになれない。今でもあいつを……友達だと。そう思っている。


 ふと俺は頬を温かい液体が伝っていることを感じた。同時に、口元が笑みを作っていることも。


 役立たずはここで脱落する。でも残ったお前らなら大丈夫だ。その思いを一方的に伝えるために俺は天に吠えた。


「負けんなよ!!」


 オベヤの主を倒し、周辺地域を正常化した勇者ダンとそのパーティメンバーは街に帰還し盛大な歓待を受けた後、宿屋で休息を取っていた。


 個室のベッドにて物思いにふけていたダンはドアをノックする音に気付き扉を開けてやる。


「邪魔するわよ」


「おや、ヴァーチェか。珍しいね。どうしたんだい?」


「どうしたもこうしたもないわよ!」


 訪問者、勇者パーティの一員である少女ヴァーチェは今にもダンに掴みかかりそうな剣幕で詰め寄った。


「なんでカシャを追放したの!?大事な仲間だったじゃない!?しかも私たちに相談もなしに。説明してもらうわよ!」


「そうだね。なぜ相談しなかったかというと。今みたいに反対されると思ったからだ」


「そりゃそうよ!」


「だけど仲間内で論争して無駄な時間を使うわけにもいかなかったんだ。我々がこの地域のオベヤに手をこまねている間に他の地域のオベヤはどんどん拡張して増殖しているんだからね。今日の戦いを見ただろう。僕はもう彼と同等以上の回復術を使えるし、新しい仲間のおかげで今まで勝てなかった敵も倒せた。それに──」


「アレが新しい仲間のおかげかというと疑問があるけど。……それに?」


「ああ」とうなづきダンは言った。


「彼は敵とはいえ相手を傷つけるのに心を痛める性質だからね。とてもこの先でやってはいけない。それなら離れてもらう方がいいさ。ガヤの村にいた娘と両想いのようだったからね。ちょうどいいだろう」


「あの娘ね。気立てのいい娘だったわ」


 ヴァーチェは魔女帽を深く被りそれと同じぐらい深いため息をついた。


「一応あんたなりに考えがあったのね。いいわ。納得はできないけど戦果はあったし。認めたげる。これでね!」


 パン!という乾いた音が廊下に響いた。スナップの効いたヴァーチェの張りてダンの頬を叩いたのだ。


「いっとくけど。大人しいから何も言ってないだけでウィルも今回のことについては不満を持ってるんだから後でちゃんと話しときなさいよ」


「忠告痛み入るよ」


「次、今回みたいな勝手な真似したらこんなもんじゃ済ませないから」


 要件を済ませて廊下の角へ姿を消したヴァーチェを見送るとダンは扉を閉め。一息をついた。そんな彼に声をかけるものがいた。それは彼の顔のすぐ横にいた。


「アハッ、パーティメンバーの不満を解消するのも勇者の仕事とはいえ。手酷くやられちゃったわね。カワイソー」


「シャリ。巻き込まれたりはしなかったかい?」


「バカねえ。妖精は契約者である勇者以外には見えないし触れられない。もう忘れちゃったの?」


 声の主は虫のように小さな身体をしていたその身を着飾る清潔な衣装と背に生えた二対の羽は当人がいうように正に妖精といったところであった。


「覚えてるさ。それでも彼であればきっと君を気遣っただろうと思ってね」


「……ダン。悪いんだけど契約の代償上──」


「追放したパーティメンバーは二度とパーティに加えることができない。そうだろう。覚悟の上さ。それによって僕は圧倒的な力を手に入れたんだから」


 オベヤに飲みこまれゆくこの世界を救うべく勇者へと覚醒したダンはその覚醒時に強大な力をもつ妖精と契約した。それがシャリである。彼女と契約を果たしたダンは共に戦う数名のパーティメンバーの能力を世界の脅威と闘えるほどに引き上げる力を手に入れた。それと同時に得た力がもう一つ。


 勇者ダンが自身にとって価値のある大切なものを捨てた時に、その価値に相当した力と技術を得ることができるという奇跡の能力【ダンシャリ】。奇しくも勇者とその契約妖精の名を関したその力は停滞していたオベヤ攻略を瞬く間に解決した。  


 しかし、それほどの戦闘能力をダンが手に入れた。そのことは一つの事実を意味していた。


「……カシャ、彼を友達だなんてそう思ったことはないよ」


 ダンは窓辺によりかかり星の出ている外を眺めた。その先に彼はいるだろうか。


「彼はね。僕よりもよほど勇者に相応しい存在だったんだ」


 まだ勇者へと目覚める前、王都に初めて赴き右も左もわからなくなっていたダンに声をかけ走り回ってくれたのがカシャだった。本当は自分にも大事な用があったのに。それを構わず見ず知らずのダンを助けてくれた。ダンが勇者となってからもそれは変わらない。彼は仲間のどんな不調にも目ざとく気づき、丁寧な治療を施してきた。多少デリカシーがなく反感を買うこともあったが。それは間違いなく彼の美徳であった。


 彼は誰よりも優しく。真の意味で強く。まぶしい存在だった。


 彼がいると安心する。彼が笑っているととても楽しい。だから、捨てた。世界を救うために。


「君と君が愛する人がいるこの世界を、僕は守るよ。親友。たとえ……この先何を捨ててもね」


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