第5話 黄昏
赤い鬼を倒したアタシ達は現場からの退避と休息のため3号校舎の3階へ移動していた。
「4匹目を狙うの?」
「まだ時間は30分位あるから黄色の鬼の居場所が掴めれば――」
廊下の窓から外を覗くと、闇に沈みかけた2号校舎が見えた。
「見える範囲にはいなそうね」
「じゃあまた2号校舎から順番に探るか――!?」
その時、窓の外を覗っていたアタシの首に不意に背後から力強い腕が巻きついてきた。
「ぐっ!?」
アタシの目の前に鋭利なナイフの尖端が突きつけられる。
「動くな、大人しくしろ! お前もだっ、コイツにケガさせたくなかったらそのナイフを捨てろ!」
摩耶は沈黙したまま手に持ったナイフを静かに床に置いた。
摩耶のナイフをもう一人の男が拾う。
「お前らは⁉」
その男達はあのチャラ男組だった。
確かアタシを拘束してるのが八尾、もう一人が畑中と言ったはずだ。
「よし、そこの教室に入れ。おかしな真似するなよ」
アタシは八尾に背後を取られたまま教室へと進む。
麻耶も大人しくそれに続いた。
※※※
「こんな事をしても貴方達には何もメリットはないわよ。鬼を一匹も倒してないでしょう?」
摩耶の言葉を男達が一笑に付す。
「ハッ! 俺達は元々鬼退治なんて興味ねぇんだよ。オカルト動画でバズるネタ探してただけだからな。だがスマホは動かねぇしあんな化物と闘うのはダりぃからずっとこの教室に隠れてたんだ」
「……こういうのがいるから安易に共闘できないのよ」
「おい、この学校のどっかに脱出口があるんだろ? 場所はわかんのか」
「……心当たりはなくはないけど」
摩耶の言葉に、男達の顔に邪な笑いが浮かぶ。
「ならもう心配ねぇな。俺達をそこに案内しろ……だが、どうせならその前に楽しんでこーぜ」
「テメェッ」
もがくアタシの喉元に八尾が改めてナイフを突き出す。
「動くなっ、そっちの女! 言うこと聞かねぇとコイツを刺すぜ」
摩耶は無言で八尾を見据える。
畑中が摩耶の前にしゃがみ込んだ。
摩耶から奪ったナイフでスカートの縁をなぞる。
「どーれ、ガチのJKのスカート、めくっちゃうかぁ」
「やめて。そんなに見たいなら自分で脱ぐわ」
氷のような冷たい表情で摩耶が首元のリボンを解きブラウスのボタンを二つほど外す。
開いた胸元から白い肌と下着が覗いた。
八尾と畑中が低く呻く。
そのまま摩耶はスカートの縁に指をかけて、ゆっくりと上に手繰り寄せていった。
「バカッ、摩耶やめろ!」
その時、摩耶と一瞬だけ視線があった。
摩耶の視線はアタシを抱える八尾の右脚の辺りをなぞる。
アタシは目配せで応えた。
摩耶のスカートがめくられ下着が露わになろうとしたその瞬間、摩耶の左手がスッと上に伸び素早く振り下ろされた。
「ぐあっ」
ほぼ同時に八尾が悲鳴を上げる。
視線を落とすと、八尾の右腿にナイフの柄が生えていた。
それは摩耶が予備の武器として左腿のホルスターに忍ばせていた小型のダガーというヤツだった。
アタシは身を沈めて八尾の右腿からダガーを引き抜くと振り向きざまに反対側の左腿に突き立てる。
八尾が呻きながら崩れ落ちた。
「八尾⁉」
異変に思わず振り返った畑中の側頭部に摩耶の膝がめり込んだ。
床に崩れる畑中を尻目に、摩耶は素早く畑中の手から落ちたナイフを拾う。
もがきながらも立ち上がろうとする畑中の右脚に摩耶が無造作にナイフを突き立てた。
畑中は甲高い声を上げて床を転げ回る。
「フン、じゃあな、クソ野郎達」
アタシ達は取り返した装備を身に着けて教室を後にしようとしていた。
「待って! 待ってくれぇ、俺、達が悪かった。置いていかないで、くれ」
教室から這い出してきた八尾と畑中が懇願する。
「知らねーよ、自業自得だろ。摩耶、時間あとどのくらい?」
「もう10分切ったわ」
「だーっ、余計なことしやがって!」
アタシ達の会話の最中も、八尾達は情けなくわめき続けていた。
「あまり騒がないほうがいいわよ。残っている鬼はとても『耳がいい』はずだから」
「ダメだ、こいつら話聞いてないよ……って、なあアレ!?」
指さした南側階段の角から、のそりと異形の影が動くのが見えた。
「案の定聞きつけてきたようだよ。どうする?」
「……2号校舎の3階にある猪川さんのトラップまで誘導できればあるいは……でも私の考えでは脱出口があるのはまだ探索してない1号校舎のはずだから、一番遠いこの場所から移動して探すとなると――」
「5分は見ておいたほうがいいな」
「2号校舎まで誘導して倒しきれない時のリスクを考えると、残念だけど今回は逃げたほうがよさそうね。丁度足留めもいるし」
「……わかった、行こう」
「ええ」
黄色の鬼が唸りを上げて歩を速め迫ってくる。
「行きましょう」
アタシ達は背を向けて階段を駆け下りた。
遠くで、八尾達の絶叫が響いた。
※※※
「あーっ、ほんとあのクソ野郎達が余計なことしなきゃなぁ!」
あの後アタシ達は脱出口を求めて1号校舎を逃走し続け、残り時間1分を切ったところでなんとか結界を脱出した。
「本当ね。残念ではあるけど、今回は色々と得るものがあったからよしとしましょう。それに――」
「なに?」
「新しく加わった戦力が有望であることもわかったしね」
「……それってアタシのこと?」
「もちろんそうよ。またやってくれるでしょ? 相棒」
「ああ」
差し出された摩耶の手をアタシはしっかりと握りしめた。
「でも馴れ合いはしねーぞ」
「もちろんよ、だってアナタとは趣味も話も合わなそうだし」
「ああ⁉」
――これは摩耶とアタシの血にまみれた鬼ごっこの始まりの物語。
了
鬼道本式PREQUEL(きどうほんしきプリクエル) 椰子草 奈那史 @yashikusa
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