第4話 凱歌(赤色の鬼)

 アタシ達は猪川いかわと別れ、鬼と猪川のパートナーの鈴木を探しながら2号校舎の探索を終えた。

 

「ここにはいないみたいね」

「そうだな、それじゃ次は3号校舎か」

 

 3号校舎は職員室や実習室等が集中する建物で、2号校舎からは南側の渡り廊下でのみ繋がっている。

 特に異常なく1階を探し終え、2階へと進んだ時だった。

 先を進んでいた摩耶が身を低くして立ち止まる。

 

「なに?」

「静かに。これ――」

 

 摩耶が指さした廊下の床には赤い血痕のようなものが点々と中央階段付近まで続いている。

 アタシ達が覗っていると、先の男子トイレから微かなうめき声のようなものが聞こえた。

 

「い、……猪川、猪川、いないか?」 

「……そこにいるアンタ、もしかして鈴木?」

「そうだ、誰か知らないが助けてくれ……ケガをして、一人で動けないんダ」

 

 弱々しい男の声が応える。

 

「わかったよ、今行く」 

「ああ、アリがとう、早く、来てクレ」

 

 トイレに向かおうとするアタシの肩を摩耶が掴んだ。

 

「待って美南、何か変な気がする」

「え?」

「鈴木さん、こちらに一度姿を見せて」

「何故だ、今ハ火急のトキだ」

「いいから。でなければ協力は出来ないわ」

「……ワカッた、こレでイイカ?」

 

 次の瞬間、ゴツッという音と共にトイレの前の廊下に何かが転がる。

 

「ヒッ⁉」

 

 それは血にまみれた男の首だった。

 

「どうだ、ワカッテくれたカ? さァ、コッチへ」

 

 ビチャッと濡れた足音を立てながら、トイレの入口から片腕の赤色の鬼が姿を現した。

 その犬歯が生え揃う口からは男の声で「ホラ、オレダ、スズキダ」と叫んでいる。

 

「まさか人の声を真似て襲うの⁉ こんな事が出来る鬼がいるなんて」

「どうする? 摩耶」

「……やろう、時間はまだあるしあの鬼は片腕だわ。攻撃自体はしのぎ易いはずよ」

「わかった」

「挟み撃ちに持ち込もう」

「ああ」

 

 そう言うとアタシ達は赤い鬼に背を向けて同時に走り出していた。

 

「南側の階段へ! 私は上」

「アタシは下」

 

 そしてアタシ達は階段前で同時に叫んだ。

 

「場所は中央階段!」

 

 アタシ達が交わした言葉はそれだけだったけどやるべき事はわかっていた。

 二手に分かれて鬼がどっちを追ってきても階段を折り返して中央階段まで戻り、再び2階に戻る。

 鬼が追ってこなかった方が背後から攻撃に回る。

 

 1階に駆け下りると背後で重量感のある足音が聞こえた。

 追ってきたのはアタシの方だ。

 アタシは向きを変えて中央階段へ走り出す。

 そのまま迷わず階段を駆け上がった。

 2階に到達したアタシはナイフを抜いて鬼が来るのを待ち構える。

 鬼はアタシの姿を認めると片腕だけの爪先を掲げてゆっくりと近寄ってきた。

 

「摩耶、頼んだ」

 

 鬼の背後には摩耶が距離を測っていた。

 

「当たらないでよ、美南」

「わかってる」

 

 赤い鬼が腕を振りかぶってアタシに爪先をぶつけて来た。

 後に下がったアタシの鼻先を鬼の爪先が掠めていく。

 ゾクリと汗が浮かんだその時、摩耶が鬼の背中に跳躍していた。

 鬼が短い咆哮を上げて腕を振り回す。

 摩耶は鬼の背を蹴って床を転がっていた。

 

「ごめん、浅かったみたい」

「いいよ、もう一回!」

 

 摩耶に標的を変えようとする鬼に切りつけると、苛立ったような咆哮を上げて赤い鬼は再びアタシに向き直った。

 

「ほらっ! 来いよ」

 

 一瞬でいい、隙を作らなければ。

 

 ――そのためには、ギリギリまで粘る。

 

 赤い鬼が腕を振りかぶる。

 迫る鋭い爪先をアタシは身を沈めてかわした。

 頭上を爪先が走り抜けて、激しい破壊音とともに教室の木製の扉に突き刺さる。

 扉に食い込んだ爪先を抜こうともがく鬼の足の間へアタシは頭から飛び込んだ。

 

「摩耶!」

 

 鬼の背後に転げ出たアタシが見たのは、跳躍して鬼の後頭部に深々とナイフを突き立てた摩耶だった。

 赤い鬼が咆哮し身体を震わせる。

 摩耶はそれでも傷口を抉り、掻く動きを止めない。

 やがて痙攣が終わると、鬼はグシャリと膝を突き教室の扉にもたれるように動きを止めた。

 

「やったな! これで三匹目だよっ」

 

 鬼の背中から降りた摩耶に手のひらを突き出すと、摩耶はポカンとした表情を浮かべた。

 その反応に一人でテンションの上がった自分が急に気恥ずかしくなる。

 手を引っ込めようとしたその時、口角を上げた摩耶が軽くパチンと手を合わせた。

 

【続く】

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