【いたずら士】、お前だったのか。いつも俺達にクリ補正をくれたのは ハズレ職だからと追放した仲間がざまぁではなく魔王討伐の手助けを相変わらずしてたのに気が付いたが、もう遅い。だってアイツは今、この聖剣で

サカバリ

第1話

1

 たとえ首を断ち切り頭蓋を砕いて滅ぼしても、他ならぬ大いなる自然が瘴気を循環させているために、一定の周期で肉体を構成する汚染瘴気がどこかに再収束しての復活を繰り返す人類相対事象――【魔王】を倒す事に、人類は長い年月であまりに慣れすぎた。


 今から約二千年前にはじまりの魔王が出現した時は、色々な国が徹底的に蹂躙されたというのに、それから千年かけて強力な武器を鍛え屈強な英雄を量産し精密な【魔王】の出現予測を立て、ひとたび魔王出現の予兆が飛べば完全武装の英雄集団――【聖務隊】が即座に国際機関から派遣されて魔王の出現が予測された地をがっしり包囲し、出現から最長でも三日以内に安定して魔王討伐できるシステムを構築した後は、長く続く安定に溺れて魔王出現以後の恐怖の時代をすっかり忘却したのだ。


 そして恐怖を受け取る役を聖務隊に押し付けて忘れた人類は、自分が所属する国に支払う税金の一部を経由して毎年聖務隊に物資や人材を送りつける以外の確かな魔王対策を何も取ろうとはせず、ただ魔王という相対者が存在しない環境で安心と繁栄を享受し続けた。


 その後の千年間にも及ぶ野放図な繁栄は、人類にとって端的に堕落だったと断言していい。


 なにせ百年ほど前には、土地だの利益だの信仰だのをお題目に、近年でも避難が間に合わなかった近くの農村が襲われてしまうような、(今では)軽微な魔王被害で発生していた死者を何桁も上回る強烈な被害者数を弾き出すまでに至った、人類国家同士の大規模戦争すらやったぐらいだ。


 開戦前から水面下で激しい諜報戦を繰り広げながら、とうとう隠しきれずに表に引きずり出してしまったその戦争で各国がやってのけた愚かな所業は数多あるが、極めつけは当時の大国の一つだったマカナル帝国が領内に出現の予兆が確認された魔王を、敵対国家に誘導する形で軍事的に活用しようとした事だろう。


 だから、そこまで魔王という存在を舐めていた人類が、最悪な偶然で魔王がジクロ王国の地に七体同時に再臨した三年前の【劫魔の夜】に、出現の予兆を受け取って殲滅のために派遣した聖務隊の総軍を、『魔王同士の完璧な連携』という人類の誰もが予想していなかったシチュエーションを相手に整えられた結果として逆に殲滅され、元からの住人や出現予想地域から退避してきた避難民、そして聖務隊の一応の後詰めとして国から派遣されて防備にあたっていたジクロ王国の方面軍が詰まっていた最寄りの都市ターファルが一夜にして地図上から消失させられた事も、思い返してみれば不思議ではないのかもしれない。


 そして最初にして最大だった聖務隊という脅威を自分たちの体を派手に刻まれつつもなんとか撃破した七体の魔王は、その後ターファルの住民を無慈悲に脆弱な方面軍ごと虐殺し、その死体から湧き出る大量の瘴気を素材として戦闘で受けた負傷を全快させた後、それでも膨大な量がいまだ残っている瘴気を見て思いついた豪快な発想をすぐさま実行に移した。


 瘴気で全存在が構成され、一旦完全に滅びても瘴気が集まりさえすればどこかで復活するという魔王の性質を利用し、住民の徹底的な滅殺で巨大な死都と化して膨大で濃厚な汚染瘴気の産出地となったターファルの環境も活用して、瘴気を捏ね上げ次々と過去に滅ぼされてまだ遠い未来で復活の予定だったはずの魔王たちを手元に呼び寄せていったのだ。


 幸いにして魔王の多重連続召喚自体は死都での汚染瘴気の湧出が死体の腐敗の進行が進み過ぎて量や濃さに流石に翳りが見えてきた事でそう続くことなく止まったが、その頃にはもう魔王の総数は最初の七からあっという間に膨れ上がり、六百六十六というとてつもない数に上り詰めた後。


 そして魔王で構成された兵団という悪夢の戦力を手にした七体の魔王は自らを召喚した魔王たちの統率個体と定め、魔王の兵団【魔王群】を率いて人類を滅ぼすべく世界への大侵攻を開始した。


 魔王群という暴力の前には堕落と隣合わせの繁栄の中で人類国家との戦争に投入するために各国が聖務隊への提供資金の数倍から数十倍の金銭を投入して開発した軍の巨大兵器ですらろくに歯が立たず、侵攻を受けた国家の多くが一月も保たずに滅びさり、壮絶な戦線の中で秘めた才能を発揮するしかなかった何人もの英雄も、その時戦場に出向いていた魔王一体と相討ちするのが限界だった(覚醒した英雄が己の命を代償に討伐した何体かの魔王も、別方面での戦線で蹂躙された兵士や民間人の死体から湧き出す瘴気を使い、あっけなく蘇生されて魔王群の中に再編されている)。


 そうした敗北に次ぐ敗北を重ねて、とうとう魔王群出現以前の人類における最大国家だったマカナル帝国の首都が六十もの魔王の多方面からの絶え間ない進撃を耐えきれずにとうとう破壊された知らせが世界に伝播していく頃になって、人類はようやく忘れていた過去を思い出す。


 ――人類はそもそも二千年前に【勇者】の天職を抱えた少年が当時の人類圏の片田舎に都合よく産まれて、更にその少年が丁度川へ水汲みに向っていたという偶然で回避できた魔王の眷属の侵攻で、自分の村を焼かれている凄惨さを直視し、身に宿る非凡な血統に覚醒するという奇跡のような幸運に恵まれてさえいなければ、その時点で滅亡が確定していた脆弱な種族だった事を。


 しかしそれほどまでに追い詰められても、人類の希望が完全に尽きたという訳では無い。


 滅びた聖務隊の意思を継ぐ形で、残る人類国家が自国に在籍していたり、亡国に在籍していて最近になって生存が確認できたりした英雄クラスの人材を一点に集め、【新生聖務隊】を名乗り魔王群への討伐を開始したのだ。 


2


 新生聖務隊、縮めて【新聖隊】が発足して残存する人類諸国家による魔王群への絶対反抗宣言が成されてから半年。


 今日までに新聖隊は、過去の聖務隊が全滅までに一体の魔王も殺せないほど魔王側の戦力が跳ね上がった主要因だと指摘されていた魔王同士の連携や協力を阻むため、他の魔王がちょっかいをかけてこないよう徹底的に分断してから戦端を開くパターンを固めた事で、その戦果として魔王群の総体を構成する三十ほどの魔王を滅ぼすことに成功していた。


 そして未だに六百以上の頭数が残っている魔王群が噴出させている汚染瘴気にすっかり侵食されて、今では周囲の光を吸収して黒々と、天蓋に開いた穴のような姿に変質してしまっている月が浮かぶ夜天と、その下に広がる、虫が鳴いている以外は獣たちも眠りこけていそうな静かな草原。


 そんな場所で街に帰還すれば華々しい出迎えが待っているのが確実な新聖隊が地味に野営をしている理由は、正午に開始したカエルの魔王との対魔王戦闘が、こっちの事前推測にない第三形態の披露や増援として参戦してきた火蜥蜴サラマンダーの魔王の対処で最初に予測していた終了時刻から随分と長引いたから。


 最終的にカエル魔王が第三形態の新技として放った水砲撃が偶然の誤射で直撃して尻尾をその場に残しながら敗走していった火蜥蜴魔王の深追いの方を素直に諦めて、両脚を切り落として追い詰めたカエル魔王に冷静にトドメを刺した頃には夕方になっていたため、新聖隊は朝に出発したミラオルの街にも戻れずに松明を片手に深夜行軍をするはめになっていそうな苦難の未来を回避し、前にも長期討伐遠征の途中でやっていたように適当な野営場所を選び、テント泊で昼から始まった一連の戦闘での疲れを癒やしていた。


「ゴブカレーうめぇーっ!」「魔王でも最後に死体が残ってくれるんならこれにカエル肉ブチ込めたのになぁー」「あのフレンドリーファイアモロに喰らってた火蜥蜴の無様っぷり笑える」「油断するな。だが奴が戦場に残していった尻尾を錬金術師たちと解析した結果、興味深い結果が――」


 新聖隊は魔王の討伐を目的に、生存している人類全てを対象にして実力者を常時募集しているだけあって、メンバーの総数はかなり多い。


 募集に応じてやって来た未来ある若者や在野に眠っていた古強者の大半は残念ながら実力が新聖隊が求める水準に足りず魔王群と人類との絶滅戦争では防衛担当にあたる【人類連合軍】への道を紹介するだけに留まるが、それでも何度か募集をかけたら一人は見つかる隠れた新鋭や、苛烈な防衛戦で才覚を発揮し人類連合軍の上層部から推薦された前線からの生え抜きを隊に組み込むのを重ねた事で、かなりの大所帯。


 単独でファマル無彩迷宮の内部に巨大な巣を張って、魔王の進軍により激しくなってきた地表の戦火から逃げようと迷宮に侵入してきた避難民を虐殺していたクモの魔王に対し、努力と幸運と知略と、何より自分たちよりも前に挑んで無情に食い殺されてきた同業者たちが迷宮構造の脆所やクモ魔王の本体に刻んできたダメージの果てをクモ魔王に一斉に突きつける形で殺した事で当時の協会のランクではB級止まりだったはずの冒険者パーティー【月描く絵筆】が対魔王群の戦線で頭角を現し、たった六人ぽっちで集団としての新聖隊の前身となったというエピソードが、隊の新入りにちゃんと設立までの経緯を説明する時に、これだけ信じてもらえない事があるぐらいである。


 今は戦闘部隊にその最初の六人から余裕で十倍となる六十人超が参加していて、今後も招集や推薦が順調に進めば、年内にでも戦闘部隊は七十、いや八十に手を届く数を揃えられるだろう。


 更に戦闘以外に連携機関との連絡や交渉、事務などを担当する要員や、兵站や副装備を戦場と戦場の間で運搬したり旅の途中で隊員に美味しい食事を作る人員もきっちり隊の仲間として数えているので、新聖隊としてならば現在の時点で既に隊の総人数は百人を超えている。


 そんな人数が集まっているものだから、一口に野原でのテント泊と言っても、燃料をケチって布団に包まりながら携帯食料を齧るような冒険者の侘しい野宿とは違ってかなり豪勢である(これはついさっき魔王の一体を滅ぼした余裕もある)。


 炊事担当の手で隊の個々人の食文化に配慮しつつも美味しく調理された飯を食い、ふかふかの寝袋で睡眠を取り、隊の仲間と戦いの最中の出来事をタネに雑談や軽めの訓練を開始し、そして戦闘部隊でも軍出身で警備に長じているに人間の交代制で野営の見張り番を建てて野獣や魔獣、何より魔王の襲来をきっちり警戒していた。


 これだけ多い部隊の人数に合わせて立っているテントの数も、冒険者パーティーでも男女を混在させるなら最低限とされる二分割では留まらず、三家族は余裕で収まるほど大きなテントが五つか六つ、この野営のために設営されていた。


 そして睡眠用の大テント以外にも、調理場など別の用途のため隅のほうに色々な小テントが立ち並んでいる内の一つ、ややデザインは豪勢だが人気のない司令部テントの前で、二人の人間が会話をしている。


「【いたずら士】、お前は今日で俺が指揮する魔王討伐部隊、新聖隊のメンバーから追放だ」


「――えっ!」


 会話の内容は解雇宣告。


 告げているのは旧【月描く絵筆】のパーティーリーダーにして、クモ魔王との戦闘の最中でその血に眠る天職に目覚めた結果、新聖隊を率いる【勇者】となって人類諸国の支援を受けながら魔王群撃破の旅を始めた人族の青年。ヴァン・ヘルーイジュ。


 聞いているのは新聖隊でも初期からとなる古参の戦闘メンバー。

 それこそ【月描く絵筆】の頃からヴァンと一緒に戦ってきた【いたずら士】の狐人族の少女。ネヅ・ギンコである。


「なんで追放とかそんな酷い事、人を司令部テントの前まで呼び出しておいて早々に切り出すのよ! ヴァン!」


 野営が長期化した時に担当要員が事務作業に取り組む以外にも、新聖隊の隊長であるヴァンが寝起きするのに使われている司令部テントに、食事を終えてお茶を楽しんでいたタイミングで呼び出されて早々、そんな解雇通告を聞かされた少女は当然戸惑った。


 自分に解雇通知が下りる心当たりがないからだ。


 一応、解雇通知が新聖隊のメンバーに下った前例が前にも一度あった事は、ギンコは古参メンバーなので知っている。


 だが、その前例は当時の新聖隊における前衛隊長だったキレンがカニ魔王との交戦時に天然物の浄化結晶を削り出して作った右の巨大義手を魔王の大鋏で全壊にされて、魔王との戦闘を満足に続けていくのが不可能になったからという真っ当な理由があってのもの。


 当時はまだ腕を繋ぎ直せば戦える、と粉砕された義手から目を背けて前線に出ると息巻いていたキレン当人も、解雇通知という直接的なものまで下りると静かに納得して前線を引いてくれ、今では人類連合軍で結構な地位を貰って若い才能相手の指導に当たっていた。


 でもギンコはそういった魔王討伐の旅を続けるのに差し障り、解雇の理由にされるような重篤な負傷を魔王戦で貰ってはいない。


 ギンコが就く【いたずら士】のジョブで唯一発動できる【いたずら】スキルは、標的に据えた相手魔王に幻惑効果を与える時にどうしても接近する必要があるので今日も多少の怪我をしていたが、それは全然通常の回復魔法で治る範疇の傷だ。


 負傷を受けるような時点でダメというなら前衛隊の戦士の一人の【石斧使い】カヂなんてそれこそ、戦闘後に落下してしまった物を回収してちゃんと再接続するのには成功したが、開幕で飛んできたカエル魔王の泡爆裂をモロに喰らい、左腕を肩口から千切られたりしている。


「……どうして私がクビなのか、新聖隊でも最初期メンバーの私に納得がいくように説明して」


 そして自分が理由不明のクビ宣告をそのまま受け取って、すごすごと隊を離れる事に当然納得できないギンコは、クビを宣告してきた当人であり新聖隊総隊長という役職からこの人事には当然関わっているヴァンを相手に、理由の解説をしろと詰め寄る。


「理由? それはギンコ――お前の【いたずら士】のジョブが魔王との戦いに役立たなくて、新聖隊のメンバーとしては悲しいほどに弱いからだ」


 対し、ヴァンが表情も変えないで返した言葉は簡潔なもの。


 何か自分に言えないような理由が解雇通知の裏にあるんじゃないか? というギンコの放った糾弾を、お前を魔王との戦いに連れていかない理由は単に戦力不足であるとして、あっさり斬って捨ててのけたのだ。


「弱、い? ――私、が?」


 断言された内容を信じられず固まってしまうギンコへ、ヴァンは端的に提示した理由を、請われたとおりに詳らかに解説していく。


「新聖隊は個体ごとに千差万別で厄介な魔王の特性を、多様性に富んだメンバーでなんとか対応しつつ、そこにこちらが大人数で相手が基本的に巨体だからこそ発揮できる超火力で下手な反撃が飛んでくる前に有無を言わせず魔王を倒すというコンセプトで隊員を集めている。だから【月描く絵筆】時代のように、冒険者パーティーの登録上限の六人まで一緒に冒険する仲間を絞り込むために、あれこれ悩まなくていいのは確かだ。だがそれでも、新聖隊には求める最低限の戦力ラインって物があるんだよ。俺が人事と一緒に、山とやってくる新聖隊の新規参加希望者を主要な街に来る度に遠隔面接してるの忘れたのか?」


「ヴァンが毎回、町に到着する度に広場を借りてそういう手続きに関わってるのは知ってるけど。それでも、私が魔王と戦えないほど弱いだなんて……」


 ギンコに対する長々とした真っ当な評価の言葉には、刃で腹を貫いてそこから開腹していくような軽い意地の悪さが、言葉自体は真であるがゆえに覗いていた。


「ああ、弱い。【いたずら士】の様々な【いたずら】は確かにスタンや混乱といった様々な精神的惑乱を敵に与えて、ピンチに陥ったこっちに攻撃してくる魔王を多少は足止めできる。だがその【いたずら】で与えられる効果の多くは規模でも種類でも、どうしようもなく対人想定なんだよ。だから最近戦っているような魔王にはほぼ通用しないし、たとえ通用しても構わず向ってくる魔王が多すぎる。ここら辺の欠点は上級職の【道化師】に転職できれば多少は改善するし、俺もお前に将来的にはそうなって欲しかったけど、この半年の激闘の日々で経験値が大量に入ってきて未だに【いたずら士】のままって事は、お前の才能はその辺りで終わってるんだろう?」


 ギンコが戦闘において目指す方向性自体は、多様性に富んだ新聖隊のメンバーとして何も間違えていない。


 ただ単純な実力が不足し、鍛錬の先の将来像を見せる才能の方も決定的に枯渇しているのが露呈してしまっているだけだ。


「……ええ、私は確かに【いたずら士】からまだ職業派生は伸びていないわ。でも、私にはたくさんの魔王と交戦した経験があるし、そして何より私は、【月描く絵筆】からのメンバーよね? 縁以外にもあのクモ魔王の半身をフロア倒壊させて押しつぶすのに私の【爆弾いたずら】は必要だったでしょう? 他にも――」


 もう実力の面で旅に同行するという路線は筋が悪いと察したギンコは、情の面に訴えようと媚びるような声色をもって昔のエピソードを並べていくが、ヴァンはギンコがそういった路線に交渉の舵を切った事で一気に表情を冷やす。


 普段からすると珍しい事に、ヴァンの顔には侮蔑の感情すら浮かんでいた。


「はん、まだ俺と言い争う気か? そうやって自分の過去の功績を持ち出すなら、俺も言わせてもらおう。逆にお前がした失敗、あの【いたずら】で逃したクモ魔王の配下が俺たちの家族を避難させていた迷宮のセーフエリアをクモ糸で厳重封鎖し、結果として持病を抱えていた母親の元に医者や回復術士を寄越すことができなかった件だが―ー」


「そ、それは、あの時は私達もクモとの連戦が続いて疲れてたからで。障壁があるからって、あのクモ達がそんな腹いせみたいな行動をとるとは思っていなくて……」


 ヴァンが持ち出した過去の失敗に、とうとうギンコの反論が止まる。


 それは新聖隊が結成されるよりも、【月描く絵筆】がクモ魔王の配下に囲まれて死にかけていた男女二人の冒険者を仲間に加入させ、その後当時のパーティリーダーがクモ魔王本体と交戦して死に、その遺志を継いでヴァンが二代目へと就任するよりも、前。


 魔王群の侵攻が激しくなりたとえ弱くても迷宮に挑む必要性が生まれる前までは、もっぱら週末に薬草取りをしに近くの山に出向く程度の弱小冒険者だった愚かな二人が刻んだ、最初の傷。


 言ったヴァンですら気まずくなったのか、しばらく二人の間で会話すら飛ばず、ここから遠い焚き火を囲んで新聖隊の他のメンバーが明るく話す声が虚しく響く。


 触れてはいけない話題だった。


 そして自らの失言で生んだ昏い雰囲気を拭うように、ヴァンが改めて強気に言い放つ。


「とにかく、この解雇通知が解ったんなら新聖隊から出ていけギンコっ! キレン爺のときと同じく新聖隊の次の就職を見繕うのに相応しい額の手切れ金も渡すし、必要な便宜も図ってやるから、地元にでも何でも、さっさと自分の荷物や装備を纏めて帰れ。明日ミラオルの街に帰投した時にな」


「わ、解りました。ええ、解ったわよッ……! ――ぐすっ」


 圧を高めて放たれた最後通牒にもはや従うしかないギンコが、涙すら浮かべて司令テントの前から去り、とぼとぼと女性用テントが建ててある区画へ消えていく。


 村長の末子と移民の一人娘。

 

 村の幼馴染だった二人の積み重ねた交流は、これが終局だった。


2


 ――八年後。地道な魔王討伐の積み重ねによる汚染瘴気の希薄化で、派兵に耐えうる大規模な転移施設の安定稼働が可能になったために、旧マカナル帝国から提供された廃城塞を改造して設置した【新聖隊】の本部拠点。


「――それが【新聖隊】設立当初からの古参、ギンコ・ネヅさんが隊を去っていた経緯なんですか……」


 転移室以外にも寮に倉庫、訓練場に実験室まで多種多様に取り揃えている本部拠点の総隊長室で、新聖隊にこれから加入することになる【幻界師】のヘルモはこれからの職場のリーダーであるヴァンがする話を椅子に座りながら聞いていた。


 新聖隊の人事記録を眺めていて見つけた過去の不自然な脱退歴が気になりヴァンに直接問い合わせてみた所、始まった話が結構長かったからだ。


「去ったというか、今の話の通り俺がギンコの戦力不足を理由に追放したんだがな。――ヘルモ、そういった事情もちゃんと話してやった上で言うが、俺たちのパーティーでこれからやって行けそうか?」


「ええ。【魔王群】の統率個体である六魔帝もいよいよ最後、スライムにコウモリ、ウサギとネズミ、そしてゴブリンの魔帝が倒れた末に残ったキノコの魔帝が私の【新聖隊】での初戦だというのは未だに少し怖いですが、さっきのお話でこの隊は非情にも思えるけど規律が取れたはっきりした人事をしてると知れて、一段上の信用が置けるようになりましたから。――なので大丈夫です。みんながキノコ魔帝を封じ込めてくれた先で、私は存分に広げた幻想世界を使って従属魔王部隊や使役している真竜寄生体たちの総軍ごと、全てを夢の世界に鎮めてやりますよ」


「はは、それは頼もしいな」


 ヘルモは六魔帝の一角であるゴブリンの魔帝が去年の暮に引き起こした、文字通り百の魔王が確固とした戦略を持って人類連合軍を正面から蹂躙しにかかった悪夢の百魔王大戦で頭角を現し、軍から【新聖隊】への推挙を受けた元人類連合軍所属の戦士だ。


 あの戦争と言っていい規模の争いでは【新聖隊】単独だと手数がとても各地の魔王を対処するには足りず、こちらが到着するまで各地の人類連合軍には激しい前線をなんとか軍の力のみで魔王に長時間持ち堪えて貰うことになった。


 そのため死者は当然尋常ではない数が積まれたが、その反面、苛烈な戦線の中で自らの内に秘められた才能を発揮して英雄クラスの人材が出現するケースも出ている。


 ヘルモはそんな例の筆頭で、別の戦線を殲滅する時に手負いになったアリとゾウとサルの魔王三体が奥の手として融合し始めた、現在の新聖隊でも奇襲を喰らえばそこそこ手こずるような強力な個体を、発揮した才能との好相性もあって人類連合軍のあらゆる戦線の中で最低の部隊損害率で撃破する事に成功した、ここ一年で新聖隊に加入したメンバーでも二人は居ない武才の持ち主だった。


「質問が終わったんならこっちも聞きたいんだけど、キノコの魔帝と戦うにあたって、ヘルモは具体的にどういうプランで事に当たるつもりで居る? いや、後で軍師連中とちゃんとした軍議は重ねるんだけど、キノコ魔帝戦では中核になるであろうヘルモの素の考えを聞きたいんだ」


「そうですね……まず最近キノコ魔帝が住処にしているのが発覚した竜越山脈は、真竜クラスでも胞子寄生体にされて散発的に襲撃に来ていますし、完全に魔帝の領地に変えられていると見てもいいでしょう。当然魔帝の幻惑胞子の結界も大幅に強化されてますから――」


「――なぁヴァンのおっさん! おっさんがやったそのクビって『追放』って奴なんじゃねーか?」


 そして話題がもう次に遷移しているタイミングだが新聖隊のお調子者ロミルが開いたままにしていたドアから総隊長室に入ってきており、もう終えた話に後から、そして楽しそうにずけずけツッコミを入れてきた。


「まだ三十路にもなってないのに俺がおっさんなワケあるかよロミル。というか『追放』ってそれ、そんな楽しげに強調する言葉か?」


「そうですよ! 今はボクがヴァンさんから逆に質問を受けているんです」


 ロミルはヘルモと同じく、百魔王大戦で戦果を上げて新聖隊に勧誘された英雄だ。それも純粋な戦闘タイプではなく天職として就いた【神眼鑑定士】の職業特性から戦力分析に秀でているタイプ。


 【新聖隊】が倒した魔王が五を数えるタイミングで持ち込まれた、次に交戦する魔王への正確なステータス解析が評価され、その後ロミル自身を所属部隊から引き抜いて他の魔王戦線にも直接かつ徹底的に連れ回した事で、人類連合軍の全体の損耗は二割減り、百魔王大戦での魔王討伐速度も、予測より五%は上昇したと評価された異能の徒だ。


「いやーごめんごめん。でも昔話とかで聞くじゃん。新手を優遇する反面、古巣は追放とか断罪して、後に結局は捨てたほうが必要で身を崩す有力者、みたいな構図。後で判断を失敗したのに気がついても『もう遅い』なオチがつくやつ。聞いててまんまそれっぽいなーって」


「そんな風に因果応報に見えるオチがつくのはそれが『昔話』であくまで物語だからだろう? 俺が魔王との初戦で若者が大勢死んだ後、生き残りの老害連中から押し付けられる役立たずな上にスパイ混じりの『新聖隊追加メンバー』をキッパリ断っていくために、まず【月描く絵筆】でも明確に弱かったギンコをまず追放してみせた判断が仮に悪い物だったとしても、既に八年経過してるんだ。いまさらになって気がつく破綻もないさ」


「それもそっか。そんなんでヴァンが破滅するなら世界とかとっくに滅んでるだろうしなぁ」


「『いつかのどこか』の復活を繰り返す魔王を真に殺せるのは、俺がファマルの最深部で発見したこの魂喰らいの聖剣だけだしな。そんで聖剣は俺みたいに当代一人の【勇者】の天職持ちじゃないと効果を発揮しない。ギンコも俺が無様になった結果で人類が滅亡するの困るだろ」


 ヴァンは腰に佩いた片手剣を鞘の上からポンと叩いて見せる。


 柄や鍔の装飾の精密さで尋常ではない一品だと察せるこれこそ、【勇者】の証にして魔王群という瘴気が尽きさえしなければ無限復活する魔王の連合を真に倒すためのキーアイテム。


 ファマル無彩迷宮でクモ魔王が繭玉に厳重保管していたのをなんとか奪取し、クモ魔王自身を殺す時に振るってその真価を確かめた一品である。


 魔王の心臓部を貫くようなクリティカル攻撃を戦闘の最後に叩き込む事で、その部位に収められている魂を剣身内部に吸収していき、後でその魔王の配下や魔王群の同僚がいくら生物を殺戮して再臨を画策しようと、魂という核自体が滅んでいないからその復活を絶対的に失敗させるという代物だ。


 その原理上、魔王群設立以前の主な魔王の出現方法だった自然の瘴気循環による偶然復活すら阻む完璧さだ。


「うんうん。『追放』とか魔王群の相手で世界自体の存亡がかかってる今、構造が古いですよ。何より渡すものは渡してるんでしょう?」


「ああ。ギンコの方に老害から余計な工作が及ぶの裂けたかったから、当人に知らせるタイミング自体は前日になったけどな」


「というかヴァンさー、知り合いクビにするとか気まずくない? それが幼馴染とか地元帰ったら実家住まいになってなくても空気最悪じゃん」


「そもそも俺の方は地元も家族も消えてるから実家は無いようなもん、ってのは置いといて今はミラオルの方に移住した両親の所にも帰ってないみたいだよ、ギンコは。やっぱりプライド故か再就職先の面倒はギンコから請われなかったけど、元気でやってると思いたいね」


「ふーん。あ、そろそろ第三回の作戦会議の時間だーって軍師さんうるさかったよ。俺の八度目の遠隔鑑定で新しく判明した情報から第六形態の全貌が推測出来たんだって」


「そうか。――それを先に言え。じゃあ遅れたけどキノコ魔帝の作戦会議に向かわなきゃな。ヘルモ、部屋の鍵を閉めるからお前も外に出さなきゃいけないけど、さっき中断させた話を再開させてくれ。歩きながら続けたい。良さそうなら直接会議に持ち込むけど良いよな?」


「はいっ!」


 そうしてロミルから遅れながらも伝えられた招集命令に従い、ヴァンは会議に必要となるであろう新入り二人を連れて総隊長室を出ていく。


 ――そして最後にヴァンが敷居を跨いだタイミングで、なぜか前方の白磁の壁から圧倒的な存在感。


 それはヴァンがこれまで何百もの魔王の目の前に立ってトドメを刺してきた経験が無ければ姿勢を崩してしまいそうな程の迫力で、実際に対魔王の戦闘回数自体は低いロミルも遠距離からの解析担当だったヘルモも、一様にその悍ましい気配に腰を抜かしている。


 事前の水分の取りようによっては両者失禁すら有り得ただろう。


 濃さにも波長にもまったく覚えのない、ただ重厚な気配の出現にヴァンは身構える。


「誰だっ! この距離まで気づかれずに寄ってくるとか、暗殺に特化した魔王かっ! 今までの直接暗殺計画の六回とも、事前に察知されて俺どころか他の戦闘メンバーも一人と殺せず討伐されてるのを忘れたのか!」


 ヴァンは体に染み付いた反射行動として重厚な魔王級の気迫の産出地点である白磁の壁に聖剣を閃かせる。


 今までも新聖隊とその中心人物であるヴァンに対し、魔王による暗殺は直接・間接を問わずに何度も仕掛けられて来た。


 その中では洗脳や高い知性による誘惑及び人質工作で屈服させた新聖隊のメンバーや街の人間を介されて、毒や罠は軽々打倒できようともヴァンにとって素直に相手に剣を振りにくい状況を整えられる事も幾度かあったが、ヴァンを含む英雄クラス三人という精密な感知網をくぐり抜けて開きっぱなしの扉の前方の壁に潜伏し続けられ、いざとなったらこうも強烈な気迫を発せられるのが人間の範疇であるはずがない!


 そしてヴァンが仮にも相手は魔王、この一撃で殺せずとも人型の魔王なら次に武器を払い落とすか腕を斬り落とすなりして時間を稼ぐ事でこの拠点全体に警報を鳴り響かせ、その後建物をある程度砕く覚悟で相手の魔王となんとか開所で戦えるよう戦端を広げ直さなければ――と考えていた時、ヴァンは相手が壁の裏に潜んでいると断定していたために、そもそも素直に視界に入ってくる事すら想定外だった、自分が今攻撃した重厚な気迫の持ち主の正体に遅れて驚く。


「――なっ、お前っ! ギンコ! ギンコじゃないか……? ――ぁ」


 それは魔王ではなく、八年前にヴァンが自分の口で追放したはずのギンコ。


 狐人族の身体特徴である狐耳や尻尾が時を経ても可愛らしく、しかし小麦色で豊かそうだった髪がどういうわけかすっかり白く変わって印象が変わってしまっているギンコ。


 ヴァンの記憶では確か、ギンコを追放した時に彼女が就いていた【いたずら士】というジョブはけして防御に優れているわけではない。


 だからなのか、ヴァンの神速の聖剣抜刀に対して回避も防御もギンコは行えない。


 いっそ鞘から放たれた聖剣は滑稽なほどの勢いで服の上からギンコの身体をぶち抜いて壁に縫い止め、心臓を収めた胸部は切っ先が正確に貫いていた。


「――えっ。ッ? あっ」


 ヴァンの呼びかけにギンコは何かを言おうとしたのに、無情にも聖なる剣はその機能として光り輝き、心臓に触れた刀身からあらゆる生命がその内に収めている魂を啜る。


 刀身の内部に死して肉体から遊離した魂を吸収し、魔王を含めた全存在の復活を阻止する聖剣の機能――魂喰らいだ。


 今まで対人はもっぱら拳で鎮圧し、ある新聖隊メンバーが魔王に直接寄生された時もまず鞘で殴り倒して魔王を身体から追い出し決戦を開始していた。


 だから魔王か魔獣ぐらいにしかその機能を発動してこなかった聖剣が、今ここで初めて対人にその機能を発揮する。


「ゔぁん、ごめ――」


 戦闘ジョブに就いている人間の、心臓を貫かれても末期の言葉ぐらいは残せる体力がまだ残留しているはずの身体から魂を引き抜き――続く言葉を永劫に中断する。


「なんでギンコがああも巨大な迫力をもって新聖隊の本部拠点の、更に総隊長室の前とかいう変な場所で潜伏しているんだ。なんで俺の聖剣が無駄に胸元にぶっ刺さって、死んでいるんだ……」


 魂という生命の座標が、絶対無敵にして永劫不壊な聖剣の剣身の内に失われて、まだ実証こそされていないが、【新聖隊】に所属しているヒーラーでも最上位な【聖女】セルヴァの回復魔法ですら蘇生できない。


「なんで……」


 どんな魔王にも怖気づく事なく立ちはだかった事で人類の希望を己の身で提示してきたヴァンが、ただ自分が成した行為のおぞましさでロミルやヘルモに遅れる形で腰を抜かし、へたり込む。


 元メンバーの死体が総隊長室の前に唐突に一つ、ただ不可思議に転がっていた。


3


 バロドール大聖堂の極聖戦士ヤース。

 黄銀工房で製造された正規騎士ベジン。

 魔王の肚から産まれた無限書店の偉大魔導師カスケード。

 星落としの弓聖ベルキーチ。


 そんな戦士/騎士/魔導師/弓使いの各職種の部隊長を始めとした新聖隊に所属する総勢三百名超の戦闘メンバー総員は、新聖隊本部の大広間という本部拠点で一番の広さを誇る一室に、作戦会議もなにもかも中止して招集されていた。


 招集のお題目は新聖隊の初期メンバーにして遠い過去に追放されていたギンコが、突然の再訪と更に不幸な事故死を遂げた件。


 ギンコ自体は八年も前の脱退者なので、実際に新聖隊の戦闘メンバーだったとはいえ彼女の生前を知らない人間の数はどうしても場の半数を上回ってしまうが、遺体を大広間の中心に動かしたソファに安置されては、そんな現実感の薄い彼ら彼女らでも一様に硬い表情を浮かべるしかなかった。


 そしてギンコと直接の面識がある隊の初期メンバーが集まって喪失感で何人も悲嘆に暮れている広間の中心近くで、ギンコの死に関するとある調査が始まろうとしていた。


「それではギンコさんの遺体を鑑定させていただきます」


「ああ、頼む。ギンコがどうして俺の所にあんな再訪をしてきて、そして死ぬことになったのか教えてくれ、ロミル。お願いだ」


 その調査とは、不可解にギンコが総隊長室の前に潜んでいて、いきなり魔王クラスの気迫を発して来たために、不幸にもヴァンが手を掛けてしまった理由を解明するためのもの。


 ギンコの死後、まず念のために連れてきた【聖女】の蘇生魔法が魂の欠落で不発で終わったのと同様に、死霊術や錬金術の系統のアプローチによる劣化蘇生も試されたがどれも失敗した。


 そして【神巫女】が【憑霊術】の発動に案の定失敗した辺りで、勇者として人類最強であるヴァンがギンコをこの手にかけてしまったという悲しみに耐えきれず錯乱を始めたので、慌ててヴァンに寄り添ったロミルは【神眼鑑定士】として高度に推測するというアプローチなら生前の情報をちゃんと抽出できると提言して、今このようにギンコの死体を鑑定して生前の遺志がどうだったのかを確認する場が整えられていた。


 そして改めて口頭でヴァンからスキル行使を頼まれたロミルは、普段のふざけた様子の一切を見せず、厳粛に【神眼鑑定士】の唯一スキル【神眼鑑定】を発動する。


「【神眼鑑定】っ!」


 本来なら必要のない発声を、自らの気付けのために伴って【神眼鑑定】が起動し、眼窩が闇に窪んだロミルの背後に、肥大化してぎょろつき、青白く半透明となった二つの眼球が出現。


 そして死に顔を布で覆われたギンコの遺体に両眼球の焦点が合わされ、【神眼鑑定】による解析が開始。


 フォーカスするにあたって左右の瞳孔の動きが連動していないその瞳の動きは、たとえ物理的な実体を有していない幻影で構成された代物だとしても、見た目でロミルが人類連合軍の同僚に長年忌避されてきたグロテスクさ。


 だが【神眼鑑定】は最初に六十秒間のフォーカスに成功すれば偽装なしの表層ステータスを全て看破し、その後も注視を続けていけばいくほど看破の対象が最近の接触対象や過去における変化、世界情報の改変にまで広がっていく凶悪な性能のスキル。


 過去にゴブリン魔王が自分の死をトリガーに発動するよう密かに画策していた人類圏への隕石雨計画すら交戦の最中に看破し事前に阻止する手筈を整えた巨大眼球は、聖剣による死で全てが止まったギンコの遺体が内包するあらゆる情報を詳らかにし、ギンコの過去になにがあったか予想するに十分な高精度の情報を並べていく。


「洗脳や脅迫の履歴ぐらいは見えるでしょう。悪趣味なアプローチを仕掛けてきた下手人――魔王と思いたいですが――が誰なのかこれでは辿れます。うん、うん、うんうん――えっ」


 そして【神眼鑑定】の開始から何分かが経過し、ふざけだす訳ではないが待たされた新聖隊のメンバーの間でギンコの死に対する様々な憶測が交わされていきそうなタイミングでロミルが神眼鑑定を唐突に停止し、鑑定結果を見守るヴァンへスキルの発動中で未だ窪ませたままの眼窩で顔を向ける。


「どうしたロミル。どの魔王が、いやその反応って事はどこのアホ軍部だったんだ、ギンコを洗脳して俺を殺す暗殺者に仕立て上げるなんて事をやってのけたのは――」


「――【神眼鑑定】結果が出ましたが、ギンコさんは生前に洗脳されていません。というかその他の部分が異常なんですっ! なんですかこの【神悪戯士】ってジョブ! 最終攻撃はクリティカルが確定!? ふざけろっ!」


「何っ? ギンコは洗脳、されていない?」


 ようやく見つかった気持ちの行き場に感情を吐き出そうとした途端、その先は存在しないのだとロミルから断言されて、ギンコの死後は精神が不安定だったヴァンが珍しくキョトンと呆ける。


「ええ誰にも! というかこれ見てください! たぶん【いたずら士】の特殊派生職なんですが効果が変で、神の威光を盗んで能力を掠め取る……? 【いたずら士】なんて【トリックスター】の更に前の前段階、【道化師】転職用の踏み台ジョブの唯一スキルをどれだけ鍛えたらこんな風になるんだ……。ああもう説明面倒なんで全体表示します!」


 頭に流れ込む情報の異質さに気が動転しているロミルの操作により、さっきまでは当人にだけ見えていた青白い情報の板が万人に見える形で出現。


 そして中空に浮かんだ、部屋の端っこに立つ人間にも配慮した文字のサイズも最大限な下記のギンコのステータスウインドウの内容を見て、部屋の全員が一瞬言葉を失った。


『【神悪戯】EX:スキルの発動と同時に『いたずら判定』が発動し、成功した場合対象に耐性を無視して幻惑・混乱・催眠など精神惑乱デバフを複数付与する。神族に発動した場合、デバフの付与をキャンセルする事で権能をコピーして取得。コピー最大神数:六柱。


・適用中権能リスト

―【運命神】全メンバーのクリティカル威力・発生率を向上。攻撃がクリティカル時にラストアタックになるならば、その攻撃のクリティカル率を確定化。

―【天父神】全メンバーの攻撃力を別枠パーセンテージ上昇。

―【地母神】全メンバーの防御力を同枠パーセンテージ上昇。

―【冥死神】対象一体に対する知覚系スキルによる感知判定を無効化し、更に主神級ハイドを展開。対象【ギンコ】。

―【太陽神】対象一体とその接触者に瘴気術の完全耐性を付与。対象【ヴァン】。

―【英雄神】対象一体の全スキル効果とジョブ補正を別枠三倍化。対象【ヴァン】』


 【神眼鑑定】の結果は偽装不可能。


 だから何の情報を出されてもまずは受け止めるしかないのだが、あまりに想定外な効果量が並ぶスキル効果欄をその眼で見たことで新聖隊に所属する精鋭のほとんど全てが理解を拒否していた。


 そして一瞬絶句した後、堰が外れた様に大広間に混乱の声が広がる。


「触れただけで瘴気術を無効化するのって、ヴァンの特異体質じゃなかったのかよっ!」「知覚スキル封殺された上から主神級ハイドとかそりゃあ誰にもギンコが解らないはずだわ……!」「最終クリティカルとか成立して良いのか?」「攻撃が別枠で防御の方は同枠とかそんな都合がいい事」「この四つの権能が載った上で【英雄神】がさらにヴァンに適用されていたとか、どれだけヴァンの能力は底上げされていたんだ」


 こんな一つでも滅茶苦茶な効果を、更に拡張可能な形で六つも一人の人間が発動させて良いはずがないのだ。


 そして大騒ぎになる広間の中、先に不意を打たれていたために他のメンバーが【神悪戯】のスキル効果の無法さもリアクションを行うのに距離を置けていたヴァンは、憑き物が取れたような、怪しさすら覚える晴れやかな表情で一人ごち始める。


「【冥死神】による完全隠密に、【運命神】で高性能なクリティカル関連のバフを全体適用できるって事はまさか――ギンコ、お前だったのか? 俺にいつもクリティカル補正をくれたのは」


 そして自分が先に驚いた後に、自分よりも派手に驚く仲間たちを見た事で冷静さを取り戻したロミルは、ヴァンが自分の過去の戦いにおいて知らない内にギンコが成していた功績に推測が及び始めているのを見て、補足の言葉を加える。


「今肉体の成長ログを鑑定してみてる限りそうみたいです! ギンコさんは新聖隊から追放されてから、どこかで【いたずら士】から特殊派生職の【神悪戯士】に転職し、ずっと陰から私達を支援してくれていたんですよ! いや、やっぱり個人がこんな性能のスキルを持てるのか……? ってのは拭いきれないんですけど……」


「どんな魔王に瘴気術を放たれようと無効化出来たり、伝承における過去の【勇者】のステータスより何倍も強い俺の力も、神の加護とかそういうのじゃあ、なかったのか」


 ヴァンはくそ、と小さく言って鞘から軽く抜いた聖剣の腹を精一杯に殴る。


 あらゆる魔王の攻撃を受けてなお傷が生じていない聖剣は、【神悪戯】で複製された五神の権能が身体から抜けた勇者の拳を受けて、当然に無傷。


「スライム魔帝との戦いで俺が覚醒――いや、今となってはギンコの手で【英雄神】の権能を俺に適用したって事なんだろうが――する一つ前に戦ったあのサバの魔王、あいつが開幕で第二段階の姿を披露してきて危うく俺たち新聖隊を全滅させかけたやつ、どうにもおかしいと思ったら、ギンコがソロで魔王と戦って第一形態を事前にスキップさせてくれたのか? そんな風に何もかも、俺はギンコに下駄を履かせてもらっていたのか」


「あの、ヴァンさん! ギンコさんは腰に武器を携帯した状態で誰にも知らせずハイドを発動していましたし、こういったアクシデントは勇者特権抜きでも罪に問われません! 今回のギンコさんはいわば、透明外套を着込んだ状態で馬車で轢かれてしまったようなもので……」


 ぶつぶつと語っていくヴァンに危ういものを感じて、なんとか気分の諫めにならないかと提言をしたヘルモは、自分の言葉が露骨な失言であることに言ってしまった後から気がついたが、勇者の反応は激怒するでもなく冷ややかなものだ。


「ヘルモ、君のクリティカル系の補助は?」


「幻想世界に鎮める前に、幻光で包み込んで1.7ば――。いや確定には程遠いですが他の聖隊メンバーの協力を得られれば安定して確定ラインには持っていけるはず」


 ヴァンが投げた鋭い問いに、背筋を伸ばして答えるヘルモ。


 素直な数値を自己申告した後に慌てて補足を重ねた通り、ギンコの死で新聖隊に生じた損害は明確だった。


 追加の二つの権能で重点的な強化を受けていたヴァンに限らず、三種の全体バフを与えていた存在が死んだことで、新聖隊は誰も彼もが弱くなったのだ。


「そうする場合でも意図してクリティカルを維持しなきゃいけないから他に回す火力やバフやデバフの効果が下がるな。瘴気術を接触キャンセルできないと後方に大技を飛ばしてしまうだろうからそこの対策もする必要がある。戦線が長引くから物資も補給しなければいけないし……」


「あのヴァンさん、休んだほうがいいんじゃ――」


「ヴァンさん……」


「それじゃあ、ギンコの死体は俺が色々手配して埋葬しとくから、【新聖隊】の活動は午後から再開しようか。【月描く絵筆】とか黎明期のメンバー以外にも葬式に立ち会いたいって言うなら教えてねー!」


 ロミルとヘルモが改めてヴァンを心配するが、【勇者】は気にせずに騒ぐ新聖隊のメンバーに明るく話しかけていく。


 自分の過失による仲間の死と、それによる戦力の明確な低下を受けて『明るく振る舞う』を選択したヴァンの言外の気迫に、いまだ混乱していた戦闘メンバーは覚えた恐怖で感情を収め、リーダーの命令を聞いていく。


 たとえこれまでの大半の魔王戦の戦果が、たった今永遠に失われてしまったギンコの支援が裏にあった上での功績だとしても、魔王がいまだ健在である以上、新聖隊は進む必要があるのだ。


「最後にクリティカルが確定してたのが無くなるから、心臓を最後に抜けずに魔王が再復活する確率がかなり上昇する。それに攻防が低下して戦闘時間が長引けば相手が取れる択も飛躍的に増える。それに、それに、それに――」


 そしてヴァンが開けっ放しの大広間の扉の前で集まっている新聖隊の事務員の元に歩いていき、淡々とこれからのギンコの遺体を埋葬する事についての手配を進めている光景を眺めながら、ヘルモは三種融合魔王を打ち破った一応は高い知性でギンコの権能による各種高倍率バフ抜きで魔王と戦う未来を計算し、残るキノコ魔帝と配下の七十の魔王、そして全魔王の統率個体であるヒトの大魔王を打倒するのに、新聖隊の総員が相討ちして足りるだろうかと、何度も何度も計算していた。


「――勝てるかな、人類」


 そして残る魔王を滅ぼすのに、今の新聖隊もギンコの死を受け止めて組織改革をした未来の新聖隊もどちらも力不足だろうと、ヘルモはそう小さく呟き結論とする。


 だが今は、もう遅かろうと、それでも進むしかなかった。

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【いたずら士】、お前だったのか。いつも俺達にクリ補正をくれたのは ハズレ職だからと追放した仲間がざまぁではなく魔王討伐の手助けを相変わらずしてたのに気が付いたが、もう遅い。だってアイツは今、この聖剣で サカバリ @bonkura

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