第2話
最終的に立花が依頼を引き受けることはなく、組織の末端のさらに下、成人したばかりの少年に拳銃を持たせるということで話が纏まった。若いし、初犯だし、なんなら切り捨てることだって簡単にできる。幹部会の空気は緩んでいた。とにかく誰かが──殺さなければならないのだ。東京から来るヤクザを。誰も自分のところの若い衆を出したいなんて思わない。それは親心からなどではなく、殺しが成功しても失敗しても警察の目が自分の側に向くのを避けたいという純粋な感情からだ。俺にやらせるという案も目の前で出されたのだが、集金係がせいぜいのガキにチャカ持たすんですか? というアニキの半笑いの声音で吹き飛ばされた。それはそうだろう。俺が失敗したら、瓜生静が泥を被ることになる。
幹部会の空気は、緩んでいた。
扉が開いた。ここは古参幹部の愛人が取り仕切っている会員制のバー。その奥の奥にある一般客は絶対に出入りできない部屋の扉を、まるでファミリーマートに入店するような気軽さでくぐった者がいた。
幹部会の空気は、本当に緩んでいた。
「おう、アリサか」
古参幹部が愛人の名を呼んだ。そんなはずないのに。扉のすぐ側に立っていた俺は脇腹をひと撫でされて、床に倒れていた。黒い絨毯の上に真っ赤な血が広がっていく。
目の前にはビルケンシュトックのレザーサンダル。色は黒。
「あー」
立花寅彦が立っていた。片手に日本刀を提げて。
「ほんまにじゃまくさい組織に成り下がったなぁ」
立花寅彦は幹部たちが囲む円卓の上にひょいと飛び乗って、そう、老人とは思えない身のこなしで飛び乗って、それから今、今現在の東條組を取り仕切っている男たちを順番に斬り捨てて行った。踊るような動きだった。日本刀を相手役にステップを踏む老殺し屋。瓜生のアニキも斬られて倒れた。個室の中は鉄の匂いでいっぱいになった。
あちこちから呻き声や唸り声が聞こえてくる。おそらくまだ誰も、死んでいない。
「ひとひとり殺すとなぁ、俺の寿命も縮むんよ」
円卓の上で煙草に火を点けながら、立花が言った。
「せやからもう、行くわ」
「立花ぁ!」
声が響く。瓜生のアニキだ。
ふところに拳銃を呑んでいたらしい。くちびるの端から血を流しながら、上体を持ち上げ、銃口を立花に向けている。
はあ。立花が息を吐いた。
「わいとんか、瓜生」
日本刀の切っ先がこちらを向く。立花が踊る。
次の瞬間、アニキに首根っこを引っ張られ盾にされた俺は、立花の刃で首筋を斬り裂かれていた。
ゴボゴボと音がして、口から大量の血が溢れる。もちろん斬られた頸動脈からも血が噴き出している。
「ど腐れが」
アニキが撃鉄を引く。鉛玉は立花に当たらない。立花がアニキの手元を蹴り上げて、拳銃はぼたりと床に落ちる。俺の目の前に落ちる。
「腐った瓜なんか食べるさけ、こんなことになるんや。……往生しいや」
立花の指が俺の瞼をそっと下ろす。俺には何も見えなくなる。
立花が部屋を出て行く。少しだけ開いた扉の向こうで、誰かに会ったらしい。
「会合中止になったみたいやで。こんなとこおらんでさっさと家帰り」
今日ここで拳銃を受け取る予定だった少年と話をしているのだろう、と俺にも分かった。そこで俺の意識は完全に途切れてしまったので、その後の立花寅彦がどうなったのかも、瓜生静が生きているのかも分からない。ただ、俺は、道を間違えたんやな。それだけは分かった。それだけは。
おしまい
迷えど地獄 大塚 @bnnnnnz
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