無念の最終回

牛尾 仁成

無念の最終回

 子供の頃、毎週楽しみに見ていたアニメがあった。


 鋼の錬金術師の第1期のことだ。この作品は原作と少々登場人物や設定が異なり、中盤以降からはオリジナルの展開がされていた。子供の自分は、主人公たちの旅の結末が気になり過ぎて、毎週欠かさずにテレビにかじりついて見ていた。


 物語も佳境を迎え、最終決戦にて主人公が瀕死の重傷を負うところで、次回予告が入った。次回、最終回。その文字を見た時、絶対にこれは見なくてはならない、と強く思った。


 けれどもその最終回の放送日はちょうど部活の他校練習と重なっていた。朝から夕方まで他校での練習となるので、帰宅できるのは夜である。当然、放送には間に合わない。こいつはマズイと考えた自分は無い知恵を絞って対策を考えたわけだ。そう、録画だ。プライ〇ビデオや見逃し放送といった便利なネットサービスが普及していなかった時代なので、ビデオテープの予約(年がバレてしまう)ぐらいしかすぐにできる対策は無かった。


 チャンネルや放送の時間もきちんと確認してタイマーをセットした。もちろんテープは新品だ。何度も録画したテープを使うと画質がガサガサしてしまうのが嫌だった。結構抜けたところのある自分だが、不思議とこういうときだけ用意周到に動くことができる。


 そういうわけで、意気揚々と練習試合に向かい、普通にボコボコにされて戻って来ても自分の心には何の痛痒もなかった。むしろ部活のことなどどうでもいいから、早く最終回を見たい、という気持ちだけだった。


 どんな最終回なのか、ドキドキしながらテープを回す。


 画面には野球場が一杯に広がっていた。


 鋼の錬金術師は、少しも映っていなかった。


 胸の奥がスンッと腹の底に落ちていく感覚を味わう。背中や首筋に嫌な汗がぶわっと広がった。


 震えそうな指を動かして、テープを早送りにする。テープが高速で回転し、画面の選手たちがちょこまかと走ったり打ったり投げたりするのを悪夢を見つめる面持ちで眺めた。テープは端から端まで野球中継で埋まっていた。


 結論から言うと、自分は間違っていなかった。チャンネルも放送予定の時間帯もきちんと新聞で確認し、ビデオデッキもセットしていた。ただ、甘かったのだ。準ナイターの試合が延長する場合があることを考慮できていなかった。野球中継は試合が長引けば、その分番組を後ろの方へと押しやっていく。30分長引けば、該当の番組は予定より30分遅く放送される。鋼の錬金術師の最終回は本来の放送時刻より1時間近く後ろで放送されていたのだった。でも、この時代のビデオデッキは野球中継の延長まで感知してくれないので、自分が設定した当初の放送予定時刻から録画をしてしまう。そしてきっちり30分後で録画が切れたから、結果テープの中身はただの野球中継のぶつ切りという内容になってしまったのだ。


 しかもダメ押しだったのは、自分が部活から帰ってきた直後、つまり正にビデオでチェックしていたその最中に最終回はテレビ放送されていたということだった。ビデオのチェックをせず、直ぐにチャンネルを放送局に合わせていれば、完全ではなくとも一応、放送を見ることはできたのだ。録画の失敗による混乱と状況の把握に時間を取られた結果、自分はその遅れた放送をも見逃してしまったのである。


 これを不幸と言わずして、何を不幸と言うのだろう。振り返れば、中継の延長を見越して、最大の録画時間でセットしていればいいだけの話なのだが、当時野球に興味の無かった自分にはまったくのノーマークだったのだ。この後の記憶はあまり定かではないが、たぶんこの世の何かに向けた叫んだか、呪いを発したような気はする。


 これ以降、テレビで野球中継を見なくなったのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無念の最終回 牛尾 仁成 @hitonariushio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ