生まれ落ちファミリー
——それからの話。
空の透き通った水色と、地平線に横たえる薄桃色が、青年を見下ろす。
私は、母に抱きしめられていた。
丘のベンチで眠っていたところを、保護されたのだ。彼女の衣服から漂うミントの香りに、意識が覚醒していく。
泣きながら「大丈夫? 怪我はない?」と力強く……離さないように抱擁している。
……ああ、私に聞いているのか。
隣には誰もいない。私だったものは消失している。抜け殻一つない。
私は湊の真似をして言った。
「大丈夫だよ、お母さん」
私は、湊がしていたような笑みを湛える。
ようやく人間になれて、こうして母親と触れられていることが嬉しくて……涙をこぼしていた。
そうしたら、母は心配して涙を指先で拭ってくれた。柔らかくて優しい手に、いつまでも縋っていたいと思った。
だけど私という器の水は、九割八分で満たされなかった。
続いて父親が膝をつく。
「勝手に外にで出て、心配したんだぞ!」
怒声と吊り上がった目に驚き、と同時に申し訳なさでいっぱいになる。
「ごめんなさい……」
私が謝ると、彼は私の頭をぐりぐりと撫でた。
「男なんだから、泣いていては駄目だぞ」
父は歯を見せ、茶化すように言う。
だから私は、もう一度笑った。二人を心配させないように。胸の奥でチクリと誰かに刺されたのを、誤魔化すように。
湊が言ったとおり、唐揚げは本当に美味しかった。カリッとした衣と、柔らかな肉のバランスが癖になる。溢れ出す肉汁が熱い。舌を火傷するも、食べる手は止まらなかった。
でも本当は……湊と一緒に、食べたかったな。
——ジェラだけが気付いていた。私が湊でないことに。
私たちが帰って来るや否や、尻尾を振って飛びついたジェラだったが、急に血相を変えて吠え始める。私がまだコッパさんだった時と同じように。
「ジェラ、どうしたの」
母親がジェラを抱え上げても、咆哮は収まらない。悪霊を見る目で、私を睨みつける小さな番犬。そんな彼の刺すような視線に、身体が竦むのを感じた。
——そんなジェラも、今では吠えなくなっている。悪霊たる私を追い出せないと諦めたのか、それとも私を受け入れてくれたのかは定かでない。だけどそれが、悲しくもあった。
湊が跡形もなく消えてしまったのだと、思い知らされるから。
二階の部屋も私のものとなった。ベッドはふかふかで、気持ちいい。何度も何度も寝返りをうった。頬を布に付け、手で撫でる。
ふと、枕元に一枚の紙が置かれていることに気づいた。
コッパさんへ。
これを読んでいるころ、僕はいないと思います。
だけど僕は後悔していません。だって家族を大事にできたから。君の願い、叶えてあげられたから。
君は今、幸せですか? 家族を大事に、できていますか?
頬をくすぐったいものが伝う。口に入ったそれはしょっぱくて、味を感じるとまた溢れ出す。嗚咽が漏れた。言葉にできない声が、止めどなく洪水する。
——たった二日。
それでも、私にとって湊が家族だったら……湊にとって、私が家族だったら。
私は家族を、大事にできなかった。
今日で二年目だ。
丘から見下ろす景色は、あの頃と変わらない。
丘のてっぺんからは、家々の明かりが疎らに見える。それは、空を仰げば見える星よりも眩く、それでいて温かい。今なら、この意味も分かる。あの光は、家族のぬくもりだと。
街を一望できる位置に据えられたベンチに腰掛ける。隣には誰もいない。けれども端に詰めて座ってしまうのは、私の悪い癖であろうか。止まったように、穏やかな夜。
それでも胸が騒めくのは——きっと私があの日、貴方を殺したから。
今できるのは、貴方を思い続けること。身体を蝕む、濁った感情を抱えながら。
――だって貴方は、家族だから。
生まれおちファミリー わた氏 @72Tsuriann
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