第2話 履修登録

「へぇ、いいんじゃねーの。とりあえず今年は座学で固めて必須教科をさらうと。じゃ、来年は?」


“笹倉 結”


 この学園に彼女を知らない者はほとんどいないだろう。そのぐらいの有名人にガイアスは対面している。

 面談をしながらガイアスは中等部からの参考資料を再度見直していた。


【高等部 科目選択調査(仮決め)】

・ユイ=ササハラ/9科目

[座学必]応用古語、応用魔法学、応用魔法理論、応用魔道具(座)

[座学選]なし

[実技必]応用実践魔法、徒手武術、応用魔道具(実)

[実技選]サバイバル技能、感知魔法


 笹原結、という人物は持ち上がり組の中で役職を持っていないにも関わらず有名だ。

 高等部に成績上位で入学。この時点でも、相当優秀なのだが彼女が学園で話題に上がるもう一つの理由、それが中等部からの推薦状である。


 この推薦状の書かれた結本人はイマイチ有り難みを理解していないが、この推薦状は言わば高等部へのエスカレータ資格に等しい。優秀な人材を義務教育期間で見極め、国家に取り込みやすくするために教育を施す、これが中等部からの推薦状の本質である。

 この学園は内部進学も外部と同難易度の試験を受けなくては進級できないので、同学園での就学を望む場合は当然受験戦争を潜り抜けなくてはならない。


「まだ考えてません。でも、魔法陣と精霊魔法は取ろうと思ってます」


 結は教室での緩い口調ではなくきちんとした丁寧語で受け答えする。

 教室で見た時は何が優等生だとか思ったけどホント優等生だわ、とガイアスはしげしげ結を見つめる。結は怪訝そうな顔をするものの文句を言う様子はない。

 天才と名高いリオーナを筆頭とした生徒会連中と共に噂に上がる彼女は努力の人として有名で、教師陣の心証はとてもいいと言える。少なくとも表向きは。


「なるほどね。ところで生徒会の部署希望は?」


 さらさらと面談内容のメモを取っていたガイアスがふと気になった話題へ話を移す。


「正直、まだ決めかねてます。悩みどころは全適性があるところですね」

「俺なら風紀部一択だわ。ユイなら執行部も圏内だし、花形だからアリだとは思うけど」

「リオより上の役職に着く気はありません」


 返答の迫力に思わずたじろいだが、まあそんな生き方もあるか、と気を取り直したガイアスは記入項目に盲目的リオーナ信者と記入した。

 つまり、リオーナが道を踏み外さない限り俺の仕事はないというお手軽さ、兼リオーナが落ちればその先が奈落だろうが減速なしで落ち切る、と。


「将来の夢とかもはっきり見えてるみたいだし、俺からなんか言うことはねーな。なんか相談ある?」

「……いえ、特には」


 ガイアスは相談がないと言いながら妙に歯切れの悪いユイをじっと見つめた。

 決心がついたのか、机の下で組まれた手が握り込まれた気配がした。


「私、リオに恩返しがしたいんです」

「ほう」

「中等部でずっと私を庇ってくれたリオの力になりたい。誰にも、リオを貶されたくないんです」


 聞いていた通り、この二人の主従関係、些か重いな。濃ゆい。

 中等部時代にリオーナへの嫌がらせがあったのは通信簿に記載があった。ガイアスはおそらくその件についてだろうとあたりを付ける。

 本人が全く気に留めていない様子だったことと、誹謗中傷や陰口程度だったこともあり、教師の介入はほとんどされていないと聞く。


「リオは攻撃を受けた時、障壁を二つ張るんです。自分の前と自分の後ろになんでだかわかりますか?」

「さあ、味方を守るためじゃねーの」

「それもあるんですけど、味方が前に出てかばわれないようにです。」

「……なるほど」


 確かにその行動はユイの実力を信用していないようにも見えるわな、とガイアスは思案する。

 先ほどからの話しぶり、これは相談ではない。どちらかといえばお願いの前振りととでもいうものか。それも相当周りくどいということは、頼みづらい内容。

 そこまで思案して、ガイアスは面倒そうにため息をついて続けた。


「……お前はさ、結局俺に何をして欲しいんだ」

「先生、私に手を貸してくれませんか」

「内容による」

「実は────」


 彼女の要望は至って簡単なものだった。逆に裏を勘ぐるほどに。

 些細過ぎて断ることの出来ないタチの悪いお願いだということは察せれても拒む術を持たないのは事実、どうしようもない。


「できる限りは善処しよう」


 うまいこと乗せられた感が否めない。




「おい、これどういうことだ? 舐めてんのか?」


 ガイアスは受け取ったばかりの用紙を机に叩きつけた。


【高等部 科目選択調査(仮決め)】

・リオーナ=マルク/14科目

[座学必]応用魔法理論、応用魔法学(座)、作用系魔法学(座)、応用魔道具(座)、応用薬学(座)、応用古語

[座学選]効率魔法理論

[実技必]応用実践魔法、作用系魔法学(実)、応用魔生物、応用薬学(実)

[実技選]サバイバル技能、感知魔法、対人戦闘


「はい、一応過去の人気科目を総なめしてみました」


 これはジョークなのだろうか。こいつの顔、真顔なんだが。


「ちょい待て。明らかおかしいだろ。この数じゃ、レポートが間に合わねぇし、テストだって合格点に満たなければ話になんねぇだろ?」


 動転しているのかガイアスは馬鹿を見るような目でリオーナを見ていた。学年主席である彼女に向けるには凡そ不相応なもの。


 そもそも、新入生を含め生徒が取る講義数の平均は8教科程。卒業必須単位の16教科と選択の23科目から選び、卒業までに単位取得を目指すわけだが……。


 普通10科目以上取るということは、いくつかの単位を捨てるのに等しい。


 単位認定されない科目は資格も取れないし、就職にも活かせるはずがない。教師から無計画だと思われ、その旨は内申書にも書かれる。それは学院に籍を移しても日頃の行いによっては支障をきたすし、嫌厭される。


 つまり、いくつも単位取得に失敗すると、計画性がない、情報収集が甘いというレッテルが貼られるというわけだ。


「あの、ガイアス教諭は勘違いされてません? これは過去のデータを元にした集計ですので一年生の分を纏めませんと意味ありませんし」

「あ? そりゃそうだよな。14科目とかふざけてんのかと思ったわー」


 だよな、もうちょい情報寄せて、人気のやつに絞んのね。マジびびったー、とぼやくガイアスにリオーナは決定打を打った。


「講義には出ずにテスト点だけ稼ぐつもりなので、おそらくあと2、3教科増えるでしょう。空き時間にレポート作成と生徒会の仕事、学研の論文制作もあるのでその程度が限界のように感じます」


「だよなぁー、……ちょっ、はァっ?」


 先ほどの言葉で会話が終わったと思っていたガイアスは流した言葉が相当おかしいことに時間を置いて気づいた。素っ頓狂な声を上げながら。


「……単位取れなくても知らねーからな」


 そして、ガイアスが熟考して出した答えがそれだった。

 今年取れなくても来年に取ればいい訳だし、もし出来るなら出来るで効率いいし。出来るなら。

 そもそも中等部からの申し送り書に書かれた内容から、あまり突っ込むべきではないと判断したのだ。


 ただ、平均の倍の科目数とか常人は普通したくねぇよな。学費もすげえのに、こんだけ詰め込んでんだからアルバイトなんでする時間もないだろうし。

 レポート点とテスト点で単位取得できる学園のシステム上、授業を聞かないということはその両方に影響する。

 その他にも部活動、委員会活動、学年代表の仕事、生徒会役員の仕事、と成績上位者は大抵多くの役職を掛け持つことが多いのはある種必然とも言える。

 つまり、何が言いたいのかというと常人と同じ勉強量が必要なのだとしたら、彼女は一般性との約三倍は忙しいということである。


「そういや、生徒会はどのポストとか決まってんの?」


ガイアスは引きつった笑みを受けべながら、ふと気になっていたことを聞いてみた。


「庶務です。役職なんて付けられると動きにくくて敵いません」


 あまり表情が変わっていないが心底嫌がっているのだろう。栄誉あることだが前に立ちたがらない生徒はいるにはいるからあまりおかしなことでもない。コイツの場合はちょっと違うだろうけども。


「なるほどね。まあ囲っておきたんだろ、ローランも」

「でしょうね。一応ご好意なので無下にはしませんでしたが次を許すつもりはありません」


 ガイアスは一瞬目が合い、思わずたじろいだ。温度を感じさせない視線に敵じゃなくてよかったと心の底から思う程。同時に多忙な会長職を務めるローランに軽く同情する。


「ま、俺に被害が来ないうちは好きにやれ。ある程度なら庇ってやるよ」


 面倒ごとは嫌いだがコイツに付けば勝ち戦だろう。そうなりゃ参加しない手はない。


「ええ、好きにやらせて頂きます」


 口角が緩く上がり、やや目尻が下がる。その表情は笑顔とは程遠いものの猫が気まぐれにじゃれつく様によく似ている。

 ガイアスはマルク信者の影を垣間見た気がして心が騒いだ。無意識に指輪を撫でるほどに。


「そうそう、今年度の学園。かなり荒れますから気をつけてください。……ガイアス教諭は特に」


 意味深な最後のセリフに首を傾げるも見つめた先のリオーナは無言を貫く。これ以上喋る気がないのが分かるとガイアスは頷いて返した。

 リオーナは立ち上がり完璧な作法で一礼し、失礼しますと一言残して帰って行った。


「買収か?」


 ガイアスは先ほどコトンという音とともに転がった球体を一つ摘み上げる。研磨されたそれは水晶のような輝きを放っている。中には水色の煙に似た靄がふわふわと漂っている。


「魔器晶(まきしょう)なんて何処で手に入れたんだか」


 口元が緩むのを自覚しつつ、球体の背景に思いを馳せる。

 魔器晶は魔力を蓄える器のことで、主にパートナーとペアで持つことが多い。


 結婚したの学園にはまだ報告してないんだけどなぁ、とぼやきながら手の中で魔力を籠める。球体の一つは徐々に色付いていく。それが深い海のような濃いブルーになり、照明に翳すとまるで海中に差し込む柔らかな光を思わせた。


 ガイアスは魔器晶二つを握りしめ、そっと上着の中に仕舞う。

 散らかった書類を重ねて纏めると静かに談話室を後にした。



《㊙︎生徒内申書 一年B組 担当ガイアス》


・ユイ=ササハラ(笹原 結)

成績は極めて優秀。授業態度、素行共に問題なし。

異界人ゆえに精神不安定になることもあり、注意が必要。

面倒見が良く、社交的。

※マルク信者なため取り扱いには注意が必要。


・リオーナ=マルク

二学年飛び級生。成績は異常に優秀。授業の出席率は高いが、真面目に授業を受けている訳ではない。素行は問題だらけ。子供だと舐めてかからずに下手(したて)に出ることしを推奨。

飛び級生ゆえに生徒のやっかみに遭わないよう注意が必要。その対処にしても本人に掛け合った方が合理的。

少々突飛な行動が目立つ。暴れる前に一言くれることが多いので、できるだけ聞き漏らさないように。

※取り扱いには十分注意が必要

”賄賂ではないので特別扱いは不要です”

(最後の文字は古代語で付け足されていた)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界来たのでなんかやってみた ると @_RuTO_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ