第7話珍体験の結末


 ベヒーモス・スタイン討伐が終わり、俺=鎧を着たままフリルはギルド「清廉なる鏡」に帰還するようだ。俺というビキニアーマーを着て、自由自在に体を動かし伸びをしたフリルが街角を歩いていく。うららかな陽気に満ちた気楽な街角だが、鎧の俺の気分はあまりうららかでもない。


「フリル、本当にその鎧のおかげで気分がいいのか」


 リモネがフリルに訊ねて来る。フリルは笑ったようだ。胸のおっぱいの感触がふわりと揺れるのを感じる。


「うん! すっごく気分がいいんだ!」

「でも、その鎧はいやらしいと思う。脱いだ方がいい」


 元気いっぱいに頷いたフリルにミナが呟く。ぎくり、とする女の子の肌を包む鎧になってるリーマンおっさんの俺である。

 アラリスが擁護するように言った。


「でもバフ付いてる鎧なら当てにするべきです、フリル」

「そうなんだよね~。最高なんだよ、この鎧」


 ビキニアーマーに包まれた肢体を伸ばしては縮めて動かすフリル。その感触がいやらしくて俺は最高の気分に捕らわれ――――。

 

気を失った。



フリルの鎧が一瞬で剥げて、フリルが全裸になったのはすぐだった。

 一瞬、何が起こったのかわかっていなかったフリルは自身の全裸を確認するときょとんとした顔の後。


「きゃああああああああ!!!!」


 素っ頓狂な大声をあげて、自身の裸体を隠す。

 両腕とひざを使い、股を太ももで挟み込み、必死に隠す。しかし、隠しきれるものでもなく、周囲の注目が集まってしまう。

 最低最悪の見世物ショーと化した美少女の裸身に多くの視線が寄せられる。


「フリル!」

「鎧が!」

「ど、どうしたの!?」


 三人は驚きながら、フリルの裸身披露という即時対応の事態に反射的に動き、周囲の目からフリルを阻もうとする。

 しかし、隠そうとして隠しきれるものではなかった。


「な、なんで!? 一体、どうしたのよ~!?」


 フリルの悲鳴だけが嫌らしく甲嬌に響き渡るのだった。



「こ、ここは……」


 俺は目を覚ました。

 たしかフリルの裸身を包んでいた俺はベヒーモス・スタインって魔物を退治するフリルを手助けして勝利の凱旋だったはずだが。

 まだフリルに着られっぱなしかと思い体を動かした。

 すんなりと体が動く。

 違う。


「体が……ある!」


 俺の体は鎧などではない。

 嫌らしい色のビキニアーマーなどではない。

 きちんと体があるのだ。身体がある。

 頭がある。意識出来る頭だ。脳みそが詰まっている。両目がある。しっかり前が見える。少しギョロ目気味の俺の双つ目がある。鼻がある。口がある。唇に挟まれて歯が上と下から生えそろった口がある。両耳は健在。

 頭と胴体を繋ぐ首はあり、胴体、胸、へそ、腰、股間。全てある。両腕もしっかり生えていて、両足もある。どこも不足のない五体満足の体を取り戻していた。


「や、やった! 動く! 動くぞ!」


 俺は体を自由に動かす。裸身ではなく、サラリーマンの証。スーツに身を包んだ俺の体は俺の意思を脊髄を通して全身に伝えて通してくれた。腕や足という大ぶりな動作から指先やつま先まで神経が通って動いてくれる。


「やった! やった! 元に戻った! きつかったんだ! 自分で動けないの!」


 大はしゃぎしていると、そんな俺に声がした。


 ――罪深き者よ、償いはどうでしたか?


 どんでもなく大きな存在だと分かる。その尊大にして偉大。でありながら、透き通るような声に俺は反射的に背筋を伸ばす。


「ど、どなたでしょうか!?」


 俺のひっくり返り気味の問いかけに声は応じてくれた。


 ――貴方を鎧にした者です。償いをしていただくために。


「す、すみません! 俺は何をしたのでしょうか!?」


 ギクリと胸に刺さった言葉に俺は相変わらずの裏返った声を返してしまう。

 声は一切の動揺なく、感情の揺れが感じられない声音で俺の耳朶を打って続ける。


 ――あなたは天の力を不正利用しました。その償いです。


 ハッキリ言われる。しかし、覚えがない。

 俺が天の力を不正利用? そんなことしたのだろうか。


「そ、そのようなことはしていないと思うのですが……」


 ――いいえ、しました。鎧になったのがその証です。覚えていなくとも構いません。貴方は天に歯向かった。だから鎧にして苦しめた。それだけです。美少女の裸を包めて嬉しかったですか?


 抑制の無い声が淡々と告げる。俺はハッキリ言った。


「いえ! 地獄でした! 胸を包める股間を包めると大はしゃぎしてごまかしましたが、自分で動けないなんて冗談じゃない!」


 ――そういうことです。反省したようですね。元に戻してあげます。


「ホントですか。ありがとうございます!」


 ――というかもう戻していますしね。


 ふふっ、と声が初めて感情を示して笑った。その直後、視界が開けて俺は自宅のボロアパートの中にいた。


「あ、あのっ、神様!」


 どう考えてもそうとした思えない存在に対して、俺は問いかける。


「あの女の子は……フリルという女の子はどうしたんでしょうか?」


 気になっていたのだ。俺を着ていた女の子フリル。いきなり俺の意識が消えて驚いているのではないだろうか。あちらにこちらの意思があることは届かなかったが。


 ――おや、あの者の心配ですか。殊勝ですね。大丈夫ですよ。今は辱めを受けています……ああ、レイプとかではありません。裸を見られているだけですよ、たいしたことはありません。


 俺の危惧を即座に感じ取って声は否定してくれた。


 ――あの者には妥当な罰ということです。天は公平です。あの者を気にした貴方に特別サービスです。貴方の罪のヒントを与えましょう。


 俺は再び姿勢を正した。俺の罪とは一体なんだ。鎧にされるだけの罪が俺なんかにあるのだろうか。


 ――おみくじを引く時は気を付けなさい。ふふ。


 その声だけが残って、気配が消えた。とんでもない存在が声をかけていた。つい一刻前まで。なんだったんだ、の思いとともに安堵の息を吐く。


「こ、恐かった……。でも、元の体に戻れてよかった。仕事はどうなっているんだ……」


 俺はあわただしく自室を荒らし、スマホなどを手に取る。不思議なことに俺の意識が鎧に移る直前の時間に俺は戻っていた。

 それを確認すると誰の目にも構わずべたりと床に横になる。布団を敷くのも、もどかしく俺は戻ってきた体を大の字にして横になった。


「戻った。戻ったぞーーーーっ!」


 なんの天罰かは知らないが、自分で体が動かず、相手に着られるだけという最悪を脱しれたのだ。

 アパートの隣の住人にも構わず叫ぶしかない。

 その後、俺は職場復帰した。俺が鎧になっていた数日はなかったことになり、時間は俺が鎧になる直前の人間だった時期から普通に続いていた。

 その後、俺はおみくじを引いていない。何だったのかと思うが引いていない。

 今のところはまた鎧になることもない。

 幸せな日々を送っている。

 あのリモネとか言う女の子がどうしているのかが気がかりではあるが、幸せである。

 一応、結婚も出来た。

 俺なんかには不釣り合いな可愛い女の子だ。

 フリルって子とはあまり似ていない。残念だが、転生というワケではないみたいだ。

 俺を着ていたフリルって子。その仲間らしいリモネって子やアラリスって子。ミナって子とはそれ以来、縁がなかった。

 今はどこで何をしているのだろうか。

 そんなことを思いながら、出来たばかりの伴侶にそんな珍体験を話そうかと迷う俺は幸せなのであった。

 さあ、今日は仕事の新しい企画のプレゼンだ。




 了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で鎧になって美少女に着られた話 一(はじめ) @kazumihajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ