第7話 圧倒


 迷宮【アパスタス天空塔】前広場。そこには酷い風景が広がっていた。探索者達側は死者こそいないが、段々と強くなる魔獣達に太刀打ちできない探索者が増え、少しずつ戦線は下げられつつあった。

 原則、迷宮崩壊は迷宮主を討伐しないと治らない。通常の迷宮だと、高レベル探索者が一気に凸って終わらせるのだが、層構造の迷宮にそんな技は通用しない。

 恐らくここを突破できるであろう特級探索者を呼ぶには時間がかかり過ぎる。それまでには街は陥落しているだろう。アパスタスの放棄は確実となる。

 街の存亡をかけて戦う探索者達も既に限界を迎えている。今立ってまともに戦えているのは中級のみ。それも少しずつ押されていて、上級魔獣が出て来れば一気に全滅するだろう。


「エスト、決断しろ。これ以上は持たんぞ」


 中級パーティー【蓬莱の戦士】のパーティーメンバーであり、大剣を扱うメフアはリーダーであり、支援能力持ち、そしてパーティーの指揮を担当するエストにそう告げた。

 【蓬莱の戦士】は街随一の戦力であるにせよ、既に瀕死状態。刀使いの傀儡はどんどんとスピードや威力が落ちてきていて、魔法使いのマナはオーラ(魔力)切れが近い。聖女ミミもこれ以上の能力使用は厳しいだろう。何より支援能力者のエストは能力使用過多により今にも倒れそうになっている。

 大剣使いのメフアは一撃の威力を上げることで他の4人よりは疲労が少ないが、それでも限界、満身創痍だった。


「でも……諦めるわけにはいかない! ここで下がればアパスタスは二度と戻らない!」

「わかっている。だが、ここで死んで情報を残さないよりはマシだ。無駄死にするより生還することを考えろ」

「……わかった。撤退だ。他の探索者が撤退するまでは持たせる」

「最善だな。そして最後に奮闘させてもらおうか」

「あぁ。【付与・全ステータス上昇付与】! 行くぞ!」


 エストが能力、付与をかけると探索者が全員がもう一度構え、全力を出す。全部の討伐はできないが、時間稼ぎに徹する。それが目的だった。

 だが、それでもすぐに限界になることには間違いなかった。

 数分後、満身創痍な探索者達の前についに上級魔獣が現れた。緑色の巨体でゴブリンやらオークやらよりも遥かに大きく、強い。


「こんなの……見たことねぇぜ」

「撤退だ。もういいだろう。全力で走れ!」


 全員が自衛をしつつ全力で逃げる。魔獣はどんどんと街を侵食していく。アパスタスが落ちるのも時間の問題だった。

 エストとメフアも家屋の屋根上を通って逃げる予定だった。彼等が屋根上に登った時、不可思議な出来事がおきた。


 ボトッ……。

 大きく鈍い音、振り返るとそこには先程まで威勢を払っていた巨体魔獣の死体。そしてその上に少年が立っていた。


「誰だ……こんなところになんで?」

「あれはスペル……」

「スペルというとお前が昨日負けた相手か? 確かティグナッド家の……」

「そうだ、勘当されたらしいがな」

(確か【時空】の能力者だったなオーラを使うともいっていたか? でもなんであんな場所にいるんだ?)


 エストがそれを考える間もなく、衝撃の光景が広がった。


 ボトッ、ボトッ、ボトッ、ボトッ……。

 そう、次々に上級魔獣の死体が出来上がっていったのだ。

 既に今何が起こっているのかを知る人物は本人以外には存在していなかった。



  ・・・・・



 数分前。


「次はここから出ないといけないな」


 ゲルデスを倒したスペルは地底からの脱出方法を探っていた。


(出入り口のようなものはない、なら僕はどうやってここにきたんだ?)

「……そうか、【突然現れた歪みに吸い込まれた】んだ」

(歪みをもう一度作り出すことはできないけど、時を戻すことはできる。歪みがあった状況に時を戻せば)

「【時空・環境時間逆行】」


 すると、空中のある一点が歪み、裂け目のようなものが現れた。


「グハッ……一応成功だね」

(時を戻す行為は危険を伴う知識通りだった。時の加速を速めたり、遅くする行為はそこまで精神ダメージが大きくないけど、過去に戻す行為はそれとは違う。本来とは別の時間の進め方をさせるのだから精神ダメージが途轍もなく大きい)

「お陰で数分戻しただけでこのざまだ。でもこれで元の場所に戻れる」


 スペルは足にオーラを込めて壁をつたって裂け目に入る。


(時を戻すとき、【10秒しか戻さない】【その10秒間の出来事を全て把握している】という条件のもとなら精神ダメージは皆無に等しい。知識にはあるけど、加減が難しい。空間把握も厳しい。暫くは時の逆行は避けた方が良さそうだね)


 裂け目の先は数分前までいた十層の景色だった。一つ違う点を挙げるとすれば……。


「凄い量の魔獣だな」


 恐らく中級・上級あたりの魔獣が蔓延っていたのだった。上級、下手したら最上級に匹敵する実力を持っていた悪魔・ゲルデスに比べれば弱いが、この街には中級までの探索者しかいないことを考えれば、かなり荷が重いだろう。


(恐らくもう溢れ出してる。迷宮崩壊を止めるために迷宮を攻略するより、被害を小さくすることが優先だね)


 そう考えたスペルは、剣を振って魔獣を倒しながら一層の方へと向かっていったのだった。



  ・・・・・



「何なんだ、あれは……」


 メフア達を筆頭とした探索者達は異常な光景を目の当たりにしていた。自身たちが撤退を余儀なくされた魔獣の軍団をひとりで、それも【オーラ使い】といえども探索者登録2日目の初級探索者が一撃で上級魔獣を倒す様は素晴らしく、美しいものだった。


(昨日とは動きが違う。オーラだけじゃない、あれは能力か? それなら瞬間移動? いや加速と減速? いやあれは……)

「【時空】」

「ティグナッド家長男は【無能力者】ではなかったのか?」

「いや、実際には【能力に制限がかかっていた】だけだ」

「制限? もしかして【能力封印】!?」


 能力封印、その存在を知るものはごく一部だ。

 生まれつき与えられる能力が何らかが原因で封印されていて、使用不可となること。だが、能力封印を解くことができれば、その能力は基礎熟練度が他の能力とは比べ物にならない程高くなると言われている。


「封印を解いたのか……。何があったのかは知らんが、これで被害が出ることはない。民間人は全員無事、探索者は一部は死んでいるだろうが、この規模の迷宮崩壊でなら極少数といえるだろうな」


 エストとメフアが屋根の上でそんな会話を交わしている間に、スペルはどんどん魔獣達を蹂躙していっていた。

 中級以下の魔獣は剣を一度振ることで殲滅し、巨体・高耐久が売りのオーク種の上級魔獣は一振りで切断。高スピードで攻めてきた上級魔獣はそれ以上の速度で一刀両断。いくら攻撃の手数が多くとも、彼には人擦りもすることなく倒されるのが関の山。


「俺には硬さも速さも関係ない」

(【時空】は端的にいえば【時間操作】と【空間操作】の上位互換。【空間操作】はいろいろな使い方があるけど、【重力操作】を使えば攻撃力を上げられるし、【空間操作】で空間移動もできる)

「空間は横の拡がりを、時間は縦の広がりを示す。俺の【時空】はその全て、つまり【世界そのものを支配する力】といっても過言じゃない」


 スペルは自身の力を全力で扱いながら戦う。


「能力の使い方は本能で覚えてる! オーラはサリア師匠に教わった最高品質のもの! 俺を上級程度が止められると思うな!」


 上級魔獣に対して、圧倒的な力を見せていたスペルだが、突然戦況は一変した。

 最上級魔獣、それは上級魔獣に圧勝できる程度の実力では到底及ぶ相手ではなかった。

 スペルはその洗礼を受けることとなった。

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