第4話 蓮は朝両親と一緒に朝御飯を食べる

 ハンバーガー屋を出た二人はすぐ別れて帰途についた。蓮は一瞬家まで付いて来るのではないかと不安になったが、それも杞憂に終わった。


「じゃあ私家こっちだから、また明日。中井君」


 と、ハンバーガー店を出て左へと、つまり高校の方角へと帰っていった。おそらく、家が高校に近いのだろう。対照的に、蓮は右。駅構内を通って反対側の出口から自転車通学している。


(俺はもしかして明日から平凡には過ごせないのか?)


 蓮は青春を謳歌したいという思いはなかった。ただ、平凡に高校生活が送れれば、それで良かった。しかし、宇宙人を名乗る人と一緒に居ては平凡から遠い生活を送ることは容易に予想できた。だからこそ、できれば疑問だけで済んで欲しいところだ。


 蓮は今後どうなるのかという恐怖を持ちながら、駅の中へと入っていった。


     *   *   *


 翌日、蓮はスマートフォンのアラームに叩き起こされた。時間にして午前六時半過ぎ。一回目は寝ぼけてアラームを止めてしまったのだが、五分後にスヌーズ機能により、再びアラームが鳴り響いた。


 朝の気温は、摂氏十二度。日差しも入っていて、少し暖かいと感じるくらいだ。ただ、春眠暁を覚えずという言葉があるように、春先はついつい寝坊してしまうものだ。


 二回目のアラームでようやく目を擦る蓮。その後、スマートフォンの時間を確認する。通知は、来ていなかった。


 十秒ほど伸びをした後、体を起こす。そして、リビングに足を運んだ。蓮の家は一軒家であり、リビングは二階にある。対して蓮の部屋は三階に位置しているため、一度階段を降りなければならない。蓮は寝ぼけつつも階段を降りていった。


 リビングに入ると、右手にはキッチンとダイニングテーブルが、左手には炬燵とテレビがあった。冬の時期には寒いので炬燵で朝食を食べているのだが、最近は春にもなり、暖かくなってきたので、ダイニングテーブルで食事を取っている。そして今日も、ダイニングテーブルには、トースターでこんがり焼けたトーストが二枚と、ハムエッグ、レタスととトマトが入った野菜盛り、コップに注がれた牛乳が置かれていた。


 既に、父親と母親はテーブルに座っている。父はスーツを着て新聞を読んでいる。そして、母親の話を話半分で聞いている。


「あら、蓮。おはよう」


 母親は蓮に気付くと挨拶してくる。蓮も挨拶を返すのだが、そこで蓮は気付く。


 そう、父親がダイニングテーブルに座り、朝食をまだ食していないことだ。


 いつも、父親は仕事が朝早く始まるため朝六時には家を出るのだ。なので、平日の朝七時前にまだ家を出ていないのは珍しいことだった。


 こんな日もあるんだな、と思いつつも父親にも挨拶をする。


「おはよう蓮。寝坊助の蓮を見るのはいつぶりかなぁ」


「今日は仕事に行くのが遅いんだな、親父」


「まあね。今日は珍しく仕事が始まるのが遅い日なんだ。でも、いいじゃないか。たまにはこうして一家団欒朝食を取るのも」


「……………」


 蓮は少し黙った。別に不機嫌なわけではない。父親との関係が悪いわけでもない。ただ、いつも話をしない父親と朝食を摂ることに、むず痒さを感じているのだ。何を話されるのだろう。緊張で会話を続けられる余裕がない。


「ほ、ほら、蓮も来たことだし、朝御飯食べましょ」


 母親のフォローで、三人は朝食を食べ始めた。父親は「うまい、うまい」と料理を褒めながら食べている。母親は照れながら食べている。対して蓮は無表情のまま食べている。


 特に蓮は、なぜ朝から夫婦のイチャイチャを見せられなければならないのだろうかと思いながらハムエッグを口に放り込んだ。塩胡椒が効いていて、確かに美味しかった。


 そして、視線を左へ、正確にはテレビの方向へと目を向けた。対面に座る母親と右手に座る父親の視線から逃げるように。


 テレビは蓮がリビングに入った頃から付けられていた。おそらく父親が新聞を読む前に見ていたのか、あるいは母親が朝食を作った後に付けたのか、あるいは昨日の夜から付けっぱなしだったのか。


 いずれにせよ、テレビは付けられており、ニュース番組が流れていた。

 ニュースでは、芸能人のスキャンダルから刑事事件まで様々取り扱っていた。そして、その殆どが父親が呼んでいる新聞に掲載されていることだろう。


 そして、蓮はテレビ番組に取り上げられているニュースを流し見する。結局のところ、興味はそこまでないのだ。


「蓮、最近学校はどうだ?」


 唐突に父親から質問され、意識が再び父親に向く。一瞬、昨日の件の思い出して苦笑いしそうになる。


「別に。特に変わったことのない学校生活だよ」


「そうか。学校では楽しく過ごせているか」


「そんなに楽しくはない。逆に楽しいと思ったことはほとんどない」


 父親は再び「そうか」とだけ言い黙ってしまった。会話としては一瞬で、この後長続きするようには感じない。この後も緊張と面倒臭さが混じった回答をしてくるだろうと予想したのか父親は肩をすくめて質問するのを止めた。


 蓮は再びテレビを見る。ニュース番組は特集の時間となった。その時間は身近なニュースを取り上げている。ある時は店の宣伝を。ある時はイベントの宣伝を。しかし、今日はその二つとも外れていた。


「さて、今日の特集はコチラ! 『最近関東地方で確認される未確認飛行物体について!』」


 蓮は牛乳を飲みながらテレビを観ていた。しかし、衝撃的なニュースに気管に入りそうになる。ギリギリのところで吹き出すことは避けられた。しかし、その挙動はあまりにも不自然で、父親に心配された。


「蓮、大丈夫か?」


「ああ、気管に入りそうになった」


「おっちょこちょいだなぁ」


 うるせぇ、と心の中で呟く蓮。しかし、それどころではなかった。再びテレビに注目する。


「最近ツ○ッターやイン○タグラムなど、SNSで多くの未確認飛行物体の目撃動画が投稿されています!」


 アナウンサーが説明を始める。そして、SNSに投稿されたであろう動画が流れた。よく見ると、確かに一点の光が東京の夜空で動いているように見える。それはあまりにも俊敏で、現在の科学ではとても成し得ない速さである。


 また、これらの動画は一種類だけでなく、何本もの動画が流れていく。アナウンサーや解説者はこの飛行物体をあたかもUFOであるように解説している。そして、それはアナウンサーと解説者の会話が終わり、専門家の見解でも同様な意見がとられた。


「これは、未確認飛行物体でいいと思います。今の人類の科学では実現していませんし、火球とも考えにくいでしょう。ただ、断言をすることはまだ出来ませんので、より専門的に調査する必要があると思います」


 専門家の見解はさておき、蓮はより正確な答えを得れそうな人を思い浮かべた。そう、いちごなら、どう答えるだろうか。


 馬鹿馬鹿しい内容だと重々承知している。けれど、もし宇宙ヲタで頭のおかしい人ではなく本当に宇宙人だとしたら……。


「まあ、それはないと思うが」


「どうした、蓮」


「いや、なんでもない。ご馳走様。そろそろ学校に行ってきます」


「ああ、いってらっしゃい」


 父親の微笑みと母親のいってらっしゃいと言う声を背中で受け取り、蓮はリビングを後にした。

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少年は謳い、少女は笑う 春乃ねこ @haruno-neco

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