バケモノの噂

藍崎乃那華

第1話

「ねぇ、259号線の噂知ってる?」

「259号線?」

「そう!そこの道の奥まで行った人で生きて帰ってきた人は1人もいないんだって。だから、道の奥には人殺しが住んでて、来た人は全員殺してるって噂だよ。」

「そんな、子供じゃないんだから笑」

最近こういう噂話、多いなぁ……。もし本当に人殺しが住んでてみんな殺されてるなら、立派な殺人罪に該当するから警察が動かないわけないだろうに。

けれど、時々想像してしまう。噂が本当だったらな、って。もし私がその道の奥まで行ったら、本当に殺されてしまうのだろうか?だとしたら、どんな化け物が住んでいるのだろう?想像すると少しワクワクした。現実的に考えれば有り得ないことだから、例えダークな内容でも想像すると面白かった。

「だから、梨々も間違えて259号線行かないようにね?もし奥まで行ったら、戻って来れないかもしれないよ。」

「まさか。でも、気をつけるね。ありがとう!また明日!」

「うん!」

この時は全く信じていなかった。道の奥に、人殺しが住んでいるなんて。


「何でいつもあなたはこうなのよ!」

「それはお前がちゃんとしないからだろ!」

まただ……。私が物心ついた頃から、私の母と父は喧嘩してばかりだ。離婚するのも時間の問題だろう。最近は、私にもそのトバッチリのようなものが飛んでくるので、少しビクビクしている。この前は、食器類全部私に投げられて腕を切ったばかり。その前は、父から思いっきり殴られた気がする。

私の体の服で隠れる部分は、傷だらけだ。全て深い傷では無いけれど、私の心には深く刺さっていた。


『もし、あの道に行けばこの現実から逃げれるかもしれない。』


私の頭にこの考えがふと浮かんだ。

その瞬間、手ぶらのまま外に駆け出した。そして、259号線を目指して走り続けた。

「ついた……。」

夜ということで奥の方はよく見えない。けれど私は迷わず奥の方へ走った。どんな化け物が待っていようと、今の家よりはマシなのだから。

「あれれ?迷っちゃった?」

目の前に私と同じぐらいの年齢の女の子が立っていた。

「えっと、ここには化け物が住んでるって……。」

「あ、私の事かもしれない。私、パッと見人間なんだけど、妖怪というか幽霊というか、そっち系の類なもんで。まぁいいさ、この先に私たちの家がある、よかったら泊まってかないか?」

妖怪、幽霊と聞いても驚かなかったし疑いもしなかった。あまりに辛い現実に、正常な判断が出来なくなっていたのかもしれない。

「ありがとうございます。」

さらに奥へと進んでいく。すると、暗闇の中に光る家が見えた。

「さささっ、あんまり綺麗じゃないけどあがって!」

いや、全然私の家より綺麗なのだけれど……そう思ったけれど口には出さなかった。

家の中には見るからに人間じゃない人がいた。足がなくて浮遊してる人とか、座敷わらし?みたいな見た目をしている人とか。

「迷っちゃった系?たまにいるんだよね、そゆ人。今日は泊まってきナ、もう夜遅いんだしネ」

人殺しとは思えないほど、みんな優しかった。本当はやはり人殺しではないのだろうか。

「そこの部屋にベットあるからさ、そこで寝な。あ、心配しないで。見た目はみんな人間ぽくないっちゃないけど、襲ったりとかしないから」

「あ、ありがとうございます」

私の不安を予期するように教えてくれる。まぁ、どうせ私は現実から逃げるためにここに来たんだ。別に殺されても構わない、そう心の中で思いながら眠りについた。


「おーい、朝だよー」

「今日も起きなそう?」

薄らと私の頭上から声が聞こえる。

「あ、えっと、起きます。すいません、今何時ですか……?」

「お、今日は起きた!今はねー、7時かな。大体。」

「今日は?」

「あ、昨日一日中寝てたんだよ君。起こしても起きないからそのまま寝させといたんだけど。」

私、一日中寝てたんだ……。ここに来て、一気に今まで張りつめていたものが切れたのかもしれない。

「ご飯、出来てるから!一緒に食べよ?」

「ありがとう、ございます。」

ご飯……。何から何までして頂けてるこの事実に、私は少し戸惑った。

「ルカさんの作る飯は美味いぞ!」

「ルカさん?」

「ほら、あそこのさ、手だけの人。」

ほんとに手だけが空中に浮いている。しかもその手はしっかりと包丁を握り、料理をしている。

「すご……。」

私は現実離れしたこの光景に言葉を失う。妖怪とか正直バカにしていたけれど、本当にいたんだ。

「じゃあ、いただこう!今日もルカさんのご飯!」

みんな、ルカさんのご飯を笑顔で食べてる。それをみて、私も一口食べてみる。

「う、美味……。」

「でしょでしょ!ルカさんの作るご飯はきっと宇宙一美味いんだから!」

なぜかルカさん以上に食べている人が威張っている。その様子をみて、なぜか私は涙が零れた。いつだろう、こんな笑顔な食卓……。

「あらら、美味しすぎて泣いちゃった?」

「本当に、ありがとうございます……。」

私は泣きながら、ここに来た経緯を話した。家の環境が悪いこと、本当は人殺しが住んでいると思ってここに来たこと。

「人殺しか笑笑 まぁ、人間を遠ざけるにはそう言うしかなかったかもしれないな。」

「ここはね、ここら辺の地域にいる妖怪とか幽霊とかの集合住宅みたいなもんなんだ。昔はよくさまよってたんだけど、それがバレると人間たちに追い払われて、なぜか私たちはここに集まるようになった。そうしたら、人間たちは『この先はは幽霊たちのたまり場だ、近づくな』と言うようになってね。そこまでは私達も知ってたんだけど、いつの間にか人殺しとまで言われてたなんて、想定外だよ笑」

「ごめんなさい、そんな失礼なこと……。」

「でもまぁ、私だって幽霊になりたくてなったんじゃない。本当は人間でいたかった。だから、人間が羨ましかった。それで人間の住む世界にこんな姿で行っていたんだ。そりゃ私は人間に近いけど、各パーツなくなってる人間モドキみたいな姿をみて、恐怖を感じないわけが無いさ。」

涙を流しながら辛そうに笑っている姿を見て、私もさらに涙が溢れてしまった。

「あなたはここに死ににきた、みたいなイメージであってるのかな?もしそうなら、二度とこんなことはしないで。どれだけ辛くても、幽霊や妖怪になった後人間になることは、不可能だから。私たちが生きられなかった人間界で、私たちの出来なかったことを沢山して、人間界を精一杯楽しんでほしいな。」

その言葉を聞いた時ハッとした。

生きたくても生きられない人がいる、という事実を目の当たりにしたから。

家にいる時間は正直辛かった。殺された方がマシと思っていた。けれどその辛さにばかり焦点をあててしまい、友達と遊ぶ時間とか楽しい時間を捨てようとしまっていたことに、気付かされた。

「辛い時はここに逃げていいから。僕たちの生きれなかった人間界を、生きてくれ。」

人間以上に温かい言葉に、私はしばらく涙を流し続けていた。


「それじゃあ、気をつけてね」

「はい!」

私は、二日お世話になった妖怪さん幽霊さんに見送られ、家に戻ろうとしていた。

正直家に帰るのは怖いけれど。人間としていれるのは、今だけなのだから。そう言い聞かせていた。

「頑張ろ。」

後ろに誰もいないことを確認して、静かに呟いた。



「あの女の子、もう帰った?」

「帰ったよ。ここに来た時より、遥かに明るい顔で。」

私たちはあの女の子を見送ったあと、少しその子の話をしていた。

「それはよかった。俺たちの話を信じてくれたんだな。」

「そうだね。無事帰れたんだったら、信じてくれたってことだ。」

「ルカさんの作る飯は美味いが、俺たちを侮辱または殺そうと考えた瞬間、毒となり100パーセント死に至るらしいからな。」

「それが、私たちが人殺しと呼ばれる所以かもしれないね。」

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バケモノの噂 藍崎乃那華 @Nonaka_1212

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