第10話 刃物を扱うということ

「流石だな、563番。訓練を初めてから一週間でここまで成長するとは…」


武器を使った戦闘の訓練を始めてから一週間。

基礎的な事は全て覚え、応用も大体半分くらいは覚えた。

残りの半分を学習して、後は自力で改良していくだけ。

我ながら、中々にいい成長ぶりだと思う。


「それだけのことが出来るなら、わざわざ俺が教えることも無さそうだな」

「そうですかね?いくら技術習得ができても、私には圧倒的に経験が足りていませんので…」

「経験か……よくもまあ8歳の子供の口からそんな言葉が出てきたものだ」


確かに、経験が足りないなんて8歳の子供が言う事じゃない。

もう遅いけど、あまりこういった大人びた態度を取り続けるのは良くないだろう。

大人っぽくなろうと、必死に背伸びしていると思われているならいいが、そうじゃないならまずい。

既にそうだけど、悪魔か何かが取り憑いた人非ざる何かと扱われ、殺されるのは嫌だ。


教官の言葉が想像以上に心に刺さり、深刻に考えていると――


「経験ばっかりはどうしょうもないからな…まあ、これから沢山学べば良いじゃないか」


私の心配を他所に、気遣いが出来ない教官は適当なことを言って能天気に笑っている。

そんな姿を見せられると、なんだか心配するのが馬鹿らしくなってきた。

別に子供がする分にはおかしいだけで、何も悪いことはしていないんだ。

深く考えるのは止めよう。


「じゃあ、手合わせお願いします」

「手合わせねぇ…言っておくが、手加減はしないからな?お前相手に下手な手加減をすれば普通に負けるからな」

「そうですね。せいぜい教官としての威厳を失わないように、頑張って下さい」

「ハッ!ガキが調子に乗りやがって…大人の強さってモノを教えてやるよ、クソガキ」


真剣な表情と声で分かりやすく教官を挑発すると、全力で魔力を使いながら短剣を構える。

教官も獲物を構えると、手招きをして先手を譲ってくれた。


「シイッ!」


全力で踏み込み、私の出せる最高速度に近い速さで短剣を振るが…


「甘いぞ563番!」


教官には防がれてしまった。

やはり、速さと経験が足りない。

たかが8歳だとコレが限界だな…

まあ、8歳でこれだけ出来るなら大金星。

この手合わせで教官の戦い方を吸収し、踏み台にしてやろう。


私はその後も何度も短剣を振り続け、実戦の動きというものを学習していった。









「ノルドよ。あの子の調子はどうだ?」


フレーラの部屋にやって来た教官は、そんな質問をされる。


「ハッ、フレーラ様。我々の想像以上の成長ぶりを見せています。率直な意見としては、並の盗賊相手では充分通用する実力を持っています」

「ふふっ、訓練を始めてから一週間だぞ?冗談は止すんだ、ノルド」


まだ訓練を始めてから一週間。

既に実戦で通用するレベルにまで成長しているなど、とても受け入れられる話ではないだろう。


しかし、教官――もとい、ノルドは袖を捲って腕に巻きつけられた包帯を見せ、真剣な表情で話を続ける。


「コレは、彼女との手合わせで負った怪我です。子供の小柄な体格を活かし、上手く懐に潜り込まれまして…」

「懐に潜り込まれた?それはお前の得意分野だろう?なのに、逆にお前がそれをされるとは…」


相手の懐に潜り込むのはノルドの十八番だ。

しかし、今回は逆にそれをやられてしまった。

そして、相手の懐に潜り込むという戦い方を教えたのは他でもないノルド。

ということは…


「ええ。彼女は私から多くの技を盗みました。正直に言いますと、彼女は非常に危険な存在です。8歳であるにも関わらず、あれ程の戦闘能力を有し、高い学習能力と知力を兼ね備えています。まるで、何かが憑いているとしか思えません」


何かが憑いている。

それは言い得て妙な言葉であり、この施設で働く誰もが563番へ抱いている考えだ。


それもそのはず。

563番は前世の記憶を持つ転生者。

記憶がその存在を構成するのであれば、563番の体には他人が入っているようなものだ。

つまり、『何かが憑いている』という表現は当たらずとも遠からずなモノなのである。


当然、フレーラも同じような考えを持っているが……


「例え563番に何かが憑いていたとして…何か問題があるのかね?」

「は?」


その事について、全く気にしていなかった。


「例え563番に悪魔や悪霊が憑いていたとして、それが何だというのだ」

「それは不味いでしょう。悪魔や悪霊ですよ?」


ノルドは口をへの字にしながらフレーラを説得しようとする。

しかし、フレーラは顔色一つ変えない。


「そうだな、どちらも恐ろしい存在だが…563番の体にはしっかりと隷属契約が施されている。悪霊にはこの契約は破棄できないし、契約を重んじる悪魔には力があったとしても出来ない事だろう」

「それは…確かにそうですが……」

「ならば、例え悪魔や悪霊が憑いていたとしても、首輪が付けられている状態。意のままに利用できるではないか」


隷属契約によって縛られている563番の体を使っている限り、悪魔や悪霊はフレーラを殺すことは出来ない。

さらに、悪魔や悪霊をフレーラの意志で操ることが出来る。

そう考えれば、例え563番に悪魔や悪霊が憑いていたとしても、問題は無いだろう。


「それに、危なくなったら何処かの貴族にでも売ればいい。自由になった悪魔や悪霊が私を殺しに来ない保証はないが…その時はその時だ」

「…死を受け入れるのですか?」

「死ねるだけマシだろう?相手は悪魔や悪霊だぞ?」


死後魂までも食い物にされないのなら、それだけマシというもの。

フレーラは悪魔や悪霊を全く恐れてなどいなかった。


「それに、悪魔や悪霊が殺すのは私だけだ。私が死んだところで我が商会は残る。私が積み上げてきたモノが後世に残るのであれば、私の生きた証が残されるのと同義。何も恐れる事はない」

「そう…でしょうか」

「そうだとも。……まあ、563番に宿っているモノが悪魔や悪霊ではなく、天使であればちと不味いがな」


もし天使が宿っているのであれば、フレーラが殺されるだけでは済まない。

一族郎党皆殺しは当然として、商会そのものを完全に破壊されるだろう。

その過程で一体どれだけの被害が出るか…


「天使、ですか……まあ、一番あり得ない話ですね」

「そうだな。それに563番はとても8歳とは思えない言動を見せるが…あまりにも無知だ。何かが憑いているというよりは、異常に学習能力が高いだけだと考えれば良い」

「それもそうですね。となると、やはり彼女には刃物を扱うということがどういう事かを、教えたほうが良さそうですね」


ただ賢いだけの子供なら、刃物を扱うことの何たるかを教育する必要がある。

短剣は立派な凶器であり、時として自らや自らの大切なものを傷付ける原因になりうる。

故に、刃物を扱うことの何たるかを教育する必要があるのだ。


「そうだな、その教育をしっかり頼むぞ?いくら隷属契約があったとしても、みだりに他者を傷付けるような者を近くには置きたくないからな」

「ハッ!お任せ下さい、フレーラ様」


ノルドはいい声で返事をする。

フレーラはそれを見てニッコリ笑うと、ノルドに退室を促した。


ノルドが去った後の、誰も居ない部屋。

そこで、フレーラはほくそ笑む。


「やはり、私の見立ては間違っていなかったな。563番」


563番の事を大層気に入っているフレーラは、それまで抑えていた感情が溢れ出し、笑いが止まらない。

たった一週間で、自分の持つ部下の中でも強い部類に入るノルドに一撃当てられる程になったのだ。

お気に入りの成長は嬉しいものだろう。


「将来、お前は私の身辺警護の隊長になるだろう。この施設を作って以来の最高傑作は、間違いなくお前だ」


手を合わせて指先をトントンと打ち合わせる。

引き出しから鏡を取り出すと、魔力を流して込められている術式を起動する。

すると、鏡に564番と抱き合うように寝ている563番の姿が映し出された。

その姿をニンマリと笑みを浮かべて眺めたあと、鏡を引き出しに戻して仕事に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでも世界は廻る 〜異世界転生したOLは、気ままに生きる〜 カイン・フォーター @kurooaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ