第9話 それからしばらくして

誰もいない夜の訓練場で、誰かが棒を振る音がする。

これはいつもの事であり、見回りの職員も何も言わない。


私は八歳になり、正式にフレーラ様のお気に入りとして大切にされている。

お気に入りになった時に、私は564番の待遇改善を懇願した結果、別に目立った才能があるわけでもないのに、564番は施設内でもトップの好待遇を受けている。

そのおかげで生育がしっかりと進み、他の子と比べて体格が良くなった。

今はその恩恵を受けられているけれど…いずれ大きくなったら、戦力外通告を受けるかもしれない。

だから、564番には魔力制御をマスターしてもらっている。

肉体面はそんなにだけど、魔力は結構優秀なんだよね。564番。


「ふぅ…」


素振りを終えた私は、いつもの道を通って自分の部屋へ戻る。

するとそこには、魔力制御を行っている状態で私のベットに座る564番の姿があった。


「また一緒に寝たいの?」

「うん!私、563番が好きだから!」


何故か、564番は今でも私に懐いている。

確かに、この奴隷にしては好待遇過ぎる暮らしができるのも、魔力が使えるようになったのも私のおかけだ。

私はこの子に色々なモノを施してきた。

好かれて嫌な気はしないけど、こうも毎日毎日ピッタリくっつかれると面倒だ。

私は抱きまくらじゃないんだから…


「むにゅ〜」

「ふふっ、可愛いね」

「えへへ〜」


私に抱きついて可愛らしい声を出す564番の頭を撫でてあげると、とても嬉しそうにする。

個人差なのか、食べてきたモノの違いなのか、私のほうが背が高く成長している。

そのため、『少し背の低い妹を可愛がる姉』と『優しい姉に甘えるのが好きな妹』という風に見られる事もある。


……そんなに顔似てないのに。


「ずっと一緒に居たいよ。563番」

「そうね。ずっと一緒に……居られたらいいね」


私達はフレーラ様の奴隷だ。

気分次第で始末されたり、身代わりとして殺されるかもしれない。

ましてや、564番には才能がない。

私と一緒にいたくて必死に努力してるけど…差は開く一方だ。


「…ギュッてして」


564番も、いつまでも私と一緒に居られる訳じゃないということは、子供ながらに分かっている。

だから、最近は私に甘えてくる事が増えた。

私が甘やかし過ぎてるというのもあるけれど、564番はかなり弱い。

私を頼りすぎて、一人で生きていけるほどの精神力が備わってない。

もちろん、八歳児そんな事を求めるほうが間違ってるんだけど…ここは日本じゃない。

たとえ子供でも、一人で生きていく術を知っていないといけない。


でも、564番はそれをまだ身に付けられていない。

これ以上、564番を甘やかすのは彼女のためにならないだろう。

でも…それでも……


「563番。フレーラ様がお呼びだ」


複雑な気持ちで564番を抱きしめていると、外から職員に呼ばれた。

どうやらフレーラ様が私の事を呼んでいるらしい。

今日は一体何のご用だろうか?


「564番私はちょっと行ってくるから。鍛錬の時間になったら、遅れないようにするのよ?」

「うん…」


564番は寂しそうな顔をしながら私から離れると、名残惜しそうに私の手を握る。

私は、その手を頬に当てると優しく微笑みかける。

そうすることで、ようやく564番は私から離れてくれた。


「今行きます」


扉の向こう側にいる職員にそう言うと、564番に手を振って部屋を出る。

部屋を出ると職員が苛立ちを見せながら私の事を見下ろしていたが、部屋の奥にいる564番を見て私が遅れた理由を悟ったらしい。


「あまり甘やかしすぎるなよ?アレもうちの大切な商品なんだ。しっかり強くなってもらわないと困る」

「でしたら、魔法教育に力を入れたほうがいいと思います。564番は魔力に関する適性が高いので」 

「魔法教育か……考えておこう」


564番は身体能力は並程度だが、魔力に関する適性が高い。

完全に魔法使い向けの才能だ。

身体能力が高く、魔法に関する才能がない私とは別種の才能。

もし、564番が魔法で強くなれるのなら、フレーラ様の目に留まるだろう。

そうなれば、あの子も少しは救われ――あれ?


「…どうした?」

「い、いえ!なんでもありません!」


魔法が使えれば、564番も救われる。

そう考えたとき、何故か胸が苦しくなった。

564番が救われたら、私のもとから離れていってしまうかも知れない。

もう私に甘えてくれないかも知れない。

そう考えると……


「――ぃ!―ぉい!おい!563番!!」

「は、はい!?」

「何をボーっとしている。フレーラ様の部屋はすぐそこだぞ?そんな腑抜けた表情でいていいと思っているのか?」

「すいませんでした。少し、考え事を…」


職員に怒られてしまった。

確かに、フレーラ様が待つ部屋はすぐそこだ。

こんな腑抜けた表情ではいけない。

顔に手を当てて表情を整えると、いつもの冷静で何事にも動じない鉄仮面を被る。


先に職員さんがノックをしてフレーラ様の部屋に入り、続いて私が入る。


「よく来たな563番!コレを見たまえ」


何やらご機嫌なフレーラ様は、私の背中を押しながら様々な武器が置かれている机の方へ向かう。


「コレは…フレーラ様のコレクションでしょうか?」


私のよく知る武器が全て揃っている。

剣、槍、杖、斧、弓、棍棒、暗器。

豪商というだけあって、レパートリーが豊富だ。

一体どれ程の数の武器があるのやら…


「コレクションか…確かにコレクションとも言えるな。コレは、お前が使う武器だからな」

「……はい?」


わ、私が使う武器?

ずっと格闘技の訓練をしてきたけれど、武器は使った事がない。

前世では格闘技は齧った程度にやったことがあるけど、武器系は無い。


「この中から好きなだけ選ぶと良い。もし気に召すモノが無ければ言ってくれ。すぐに別のモノを用意しよう」

「は、はぁ…」


好きなのを選べと言われても…私は武器を使った事がないから分からない。

……適当に、振りやすそうな短剣二本で良いか。


「ほう?短剣を二本か…面白い」


子供の体だと重いものは振れないし、短剣くらいが丁度いい。

それに、これくらい小さいモノの方が素早い動きも出来るから都合も良い。

…後は、暗器でも使おうかな?


「ナイフと針。それは、牽制用か?」

「はい。投擲武器が欲しい時に使えればと」


魔力を操る才能はあっても、魔法の扱いは下手だ。

魔法という遠距離攻撃が使えない私には、こういった投げられるモノがあると良い。

まあ、後はその場で石か何かを拾って投げつければ事足りる。


「それだけで良いのか?」

「はい」

「そうか……今後は、それ等の武器を使った訓練もすると良い。その様子だと、まだ武器を使った訓練はしていないのだろう?」

「っ!?気付いておられたのですか?」


フレーラ様は、私が武器の訓練をしていない事に気付いていたのか?

一体いつから?

…はじめから?

私の、訓練メニューを把握していれば、はじめから知っていてもおかしくはない。

ただの奴隷のスケジュールを一々把握しているとは思えないが…もし把握しているのであれば、相当私のことを気に入っているんだろう。


「立場上、多くの猛者達と顔を合わせる機会があった。彼等はその立ち振る舞いから技が感じられるが…お前にはない。見れ分かるのだよ」

「なるほど…」


フレーラ様は国内で屈指の豪商だ。

様々な猛者を見てきている為、目が肥えている。

達人の技というものを知っている訳だ。

そして、私にはそういったモノが無い。

なるほど…やっぱり経験に勝るものはないわね。


「武器を使った戦闘の訓練も積むことだ。期待しているぞ?563番」

「はっ!必ずやご期待に応えてみせます」


そう宣言すると、フレーラ様は私に退室を促す。

職員さんと共にフレーラ様の部屋を出ると、試しに一度短剣を振り下ろしてみる。

短剣はブンッ!という音を立てて空を切り裂いた。


「流石の速さだな。だが、室内でそんなモノを振り回すのは良くない。場所を考えるんだ」

「…すいません」


確かに、こんな狭い室内で刃物を振り回すなんて危険極まりない。

私は何をやっているんだ…

少し考えれば分かることだ。

そもそも、刃物を振り回すのは危ないなんて、子供でも分かることのはずなのに。

本当に、何をやっているんだ…


「短剣の訓練は今度つけてやる。それまで、今みたいに屋内で振り回すなよ?」

「分かっていますよ。少し気が抜けていただけです」


今回の失敗は二度と繰り返さないように注意しよう。

フレーラ様のお気に入りとしてあるまじき幼稚な失敗。

二度とするまい…

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