第8話 戦闘訓練

落ち着かない…

今の私の状況は、物覚えが良いがために社内でかなり評価されている新人を見に社長がやって来たようなもの。

しかも、社長はその新人の仕事ぶりをすぐ側で見ている。

落ち着けるはすがない。


「どうしたの?563番」

「色々あるのよ…」


当然、564番が私の苦労を知るはずもなく…

子供の純粋な質問が、私の胃に更に負荷をかける。


「もう少し肩の力を抜きなさい。それでは魔力をうまく制御できないぞ?」

「緊張した状況下でも、本来のポテンシャルを引き出せるようにする訓練も重要だと思います…」

「……それもそうだが、それはもう少し魔力の制御技術が良くなってからにしよう。基礎を学習する段階で、そんな難しい事をしても意味はない」


ぐぅ……正論だ。

確かに、まだ基礎を勉強している程度の私が緊張した状況下での訓練なんて、気が早すぎる。

だからといって、この状況が改善するわけではない。

キョロキョロとあたりを見回してフレーラ様を探すのは滑稽に見えるかもしれない。

だから、どこにフレーラ様が居るか分からない状態でいつもの訓練をすることになる。


くそぅ…こんな事なら、期待させるような発言しなきゃ良かった。


「お?魔力が安定してきたな。その調子だ」

「563番凄い!」

「ちょっと黙れ…」


このバカ共が…人が集中してる横で騒ぐなっての。

魔力が乱れるだろうが。

ただでさえ面倒な魔力制御が、更に難しくなったら頭がおかしくなるわ。


……ん?頭がおかしく?

頭が……頭が……頭…頭?


「そうか…そうすれば良いのか」

「どうした?563番」

「どうしたの?563番」

 

頭だ…いや、正確には脳と言った方がいいな。

魔力を使うことで身体能力を上げることができるのなら、頭に沢山の魔力を回せば脳機能が向上するはず。

脳機能が向上すれば、思考加速的な能力が使えるようになるかもしれない。

そうすれば、処理能力が上がって魔力制御がやりやすくなるかも…


そう思い至った私は、魔力の循環を頭へ移し、脳の機能を強化する。

すると、急に風の音が強くなり、普段なら気にならない匂いも感じられるようになった。


「これは………脳の情報処理能力が向上したおかげか?」

「なに?ノウ、とはなんだ?」

「いえ、気にしないでください」


多分だけど、処理能力が向上したおかげで普段なら特に感じることもなく切り捨てられていた感覚が、鮮明に感じられるようになった。

もしくは、脳を強化する為に頭に魔力を集めた副産物として聴覚と嗅覚が強化された……いや、それだと視覚や味覚も強化されているはず。

でも、目が良くなったという気はしない。

と考えると、やっぱり処理能力の強化のおかげか…

ん?でも、今まで感じることのできなかった感覚がわかるなら、視覚情報もより処理されやすくなっているはず。

…そうか、視力自体は上がらなくても、動体視力は上がっているのかも?

サブリミナル効果で一瞬見えるものが、今なら簡単に理解できるかも知れないね。

それに、動体視力が上がれば相手の攻撃を読みやすくやる。

ある程度脳の強化ができるようになったら、次は目を強化するのもありかもね。


……というか、なんか凄く色々と考えられるな。

これも脳の強化したおかげかな?

色々と考えられるあたり、やっぱり思考加速を使ってる状態になってるのかなぁ…


「ふむ…少し魔力の制御が落ち着いたな。いいぞ、その調子だ」


お前が居なかったらもっと落ち着いて制御できるんだけどな!

あと、564番も居なければもっと効率は上がる。

こういう訓練は一人でやらせてほしい。

他の事に集中力を使うのは嫌なんだよ!


しかし、無情にも一人で静かに鍛錬したいという目論見は潰える事になる。


「おーい!魔力の訓練もそこそこにして、いい加減こっちに来い!」

「ん?今日は戦闘訓練の日だったか?」

「そうだ!いつまでもそこで座ってないでこっちに来い」


どうやら今日は戦闘訓練もするらしい。

そんな話は聞いてなかったんだけど……まあ、わざわざ奴隷に報告するわけ無いか。

そんな事より、早く訓練場へ向かわないと。


「では、私はこれで」

「そうか。終わったらすぐにこっちに来るように」

「分かりました。…行くよ、564番」

「うん!」


魔力制御の先生にお辞儀をすると、564番の手を引いて戦闘訓練場へ向かう。

私はこの訓練はあんまり好きじゃない。

戦闘訓練は、一言で言えばバトルロワイヤル。

三十人近い同じ年齢の奴隷を一つの会場で最後の一人になるまで戦わせる。

正気とは思えないような訓練だ。

しかし、やらないと強くなれない以上、やるしかない。

何より、今日はフレーラ様が見ておられる。

あの方のような富豪や権力者は人が争う姿を見るのが大好きだ。

ボロボロになっても戦い続けるしかない。

この時ばかりは、女であることを恨みたくなる。

生物的に、私は男よりも力が弱いのだから。


「魔力を使えば少しは…」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」


魔力を使ってどうにかなるうちはそうしよう。

最初は魔力を使って戦うとして、あとからは気合でやるしかない。

私は、どのように戦闘訓練を乗り越えるかを考えながら戦闘訓練場へ走った。









戦闘訓練場


「ふんっ!」

「ぐえっ!?」


私は、殴りかかってきた同い年の男の子の腹を思いっきり殴る。

その一撃には魔力がこもっており、それだけでこの男の子は戦闘不能になった。

やはり、魔力を使った戦闘は慣れておくべきだ。

前なら何度も殴り合ってアザだらけになって勝ったのに、今は殴られる事もなく一撃終わらせた。

純粋な筋力よりも、鍛え上げられた魔力の方が大切かも知れない。


「おいお前」


そんな事を考えていた私の前に、一人の体型のいい男が立ちはだかった。


「……469番」


彼の名は469番。

前の戦闘訓練で引き分けた、五歳児にしてはフィジカルが強すぎる男。

あの時は何本も骨が折れて、身体中傷だらけになるほどだったけど、魔力を使えばどうなるか……


「勝負だ!この前の続きといこうぜ!」

「良いわよ。今度こそボコボコにしてあげる」


私が構えると、469番はいきなり殴りかかってきた。


「オラァ!」


私は、目と頭に魔力を回してしっかり469番の動きを見切ると、その拳を躱してみせる。

そして、できた隙を付いて魔力のこもったパンチを顔にぶつけた。


「ぐおっ!?…んのやろ!!」

「がはっ!?」


渾身の一撃を食らった469番はよろめきつつも私の鳩尾に重い一撃を当てる。


気合で耐えたか…

でも、気合で拳を耐えるのはお前だけじゃないぞ!


「お返しだ!」

「んぐっ!?」


私もコイツの鳩尾に重いパンチを食らわせて怯ませる。


もう躱すのは止めだ。

魔力を込めた一撃なら、私のほうが威力は上。

正面から殴り合えば、威力の高い方が勝つ!


「らぁ!」

「ぎゃ!?」


思いっきり顔を殴られた。

女の顔を殴るとか、男の風上にも置けないクソガキめ…


「あぁ!」

「死ね!」


ガードなんて無い。

回避なんてする気が微塵もない。

ただひたすら相手を殴り続ける。

殴られる度に痛みを発する箇所が増え、時には血が流れてきた。

それでも、私達は止まることなく殴り合う。

前回なら、終始469番が有利で、私が必死にしがみついているという感じだった。

でも、今は違う。


「はあっ!」

「ぐおぉ…んあぁ!!」

「くぅ…らぁ!!」

「ぐはっ!?……はぁ…はぁ…」


私のほうが押している。

もちろん、ノーガードの殴り合いをしたせいで、満身創痍と言っても過言ではない状態だ。

少しでも油断したら私が負ける。

有利とは言っても、勝てるかは分からないという状況だった。


「クソッ……いつの間にそんなに強くなりやがった…?」

「アンタこそ……そのバカみたいなパワーの拳に磨きがかかってる。…何食って生きてたらそんなに強くなるの?」

「ハッ!知らねぇな!!」


私の言葉に469番はやせ我慢をしながら、何故そこまで強くなったのか聞いてきた。

もちろん、今答えてやる道理はない。

教えてやるのは勝負がついた後だ。


「さて…このまま行けば私が勝てそ――あっ!アレ!!」

「は?何もなッ!?」


私は、無用心に私から視線をそらした469番の鳩尾に渾身の一撃をお見舞いする。

そして、こちらを向いた瞬間、反対の手で思いっきり殴る。

その勢いで469番は吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がった。

すると、469番は脂汗をかきながら私を睨んできた。


「てめぇ……卑怯だぞ…」

「ふふっ…別に、騙し討ちをしちゃいけないなんてルールはない。勝てばよかろうなのだよ」


私は脚に魔力を込め、無様に這いつくばっている469番に最後の一撃をお見舞する。


「がっ!」


魔力のこもった強烈な蹴りを食らった469番は、白目を剥いてその場に倒れた。

私は気絶したことを確認すると、後ろを警戒していない男の子の肩を掴み、180度回転させる。


「ぐはっ!?」


顔が私の方を向いた瞬間殴り、一撃で沈める。

そして、急に相手を取られてポカーンとしていたもう一人の男の子も殴り飛ばしてノックアウト。

その方法で残っていた全員を気絶させ、私は勝ち残った。



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