第7話豪商フレーラ

監獄から出てまだ一度も入ったことのない建物へやって来る。

その建物は、入るどころか近付く事すら許可されない変わった場所。

何か重要な施設であることに間違いはないと思ってたけど…まさか、豪商のための施設だったとはね。

 

「この建物にフレーラ様が?」

「そうだ。もう一度言うが、くれぐれも失礼のないようにな?」

「大丈夫です。もう五回目ですよ?」


もう五回も同じことを言われている。

私は見た目こそ五歳児だけど、中身は日本の社会人。

見た目は子供、頭脳は大人とはこの事。

……たまに、精神が体に引っ張られる事もあるが。


「国内屈指の豪商ね…」


いったいどんな奴なんだろうか?

異世界ものの豪商というと、大抵悪役として出現する低身長の豚だ。

そんな奴が私の主人じゃないことを祈ろう。


そんな事を考えつつ、私は看守の案内の元やたらと豪華な廊下を歩き、やたら豪華な扉の前に来る。


「失礼します」


看守が扉をノックし、声をかける。

すると、


「入れ」


部屋の中から中年男性と思しき声が聞こえてきた。

看守は扉を開けると、私の腕を引いて半ば強引に部屋の中へ入れる。

そこには異世界ものによくある、王道の悪役商人といった雰囲気の中年男性が居た。


……まあ、そんな気はしてた。


「お前がここの従業員達の間で話題になっている神童か?」


神童?そんな呼ばれ方をしたことはないはず…

私の知らない所でそう呼ばれているのか。


「神童…かどうかは存じ上げませんが、噂になっている事に間違いはありません」

「ほぅ…?」


私は前世の知識から、とても五歳児とは思えないような敬語で話す。

そんな私を見たフレーラとか言うおっさんは、目を細め、品定めをするように私の事を見てくる。


私は、それを嫌がらないように気合で鉄仮面を貼り付ける。

フレーラはしばらく私を観察したあと、興味深そうな目を向けたまま話始める。


「教えたわけでもないのに下手に出る話し方をする……にわかには信じられん話だったが、意外とそうでもないのかもしれんな」

「…ご不快でしたか?」


腐ってもコイツは私の主人。

私の全てはコイツに握られている。

不快な思いをさせ、嫌われては私の未来に関わるが……


そんな心配とは裏腹に、フレーラは面白いものを見るような目で私を見ながら口を開く。


「いや。むしろ俄然興味が湧いた。どうせなら首輪をつけて手元に置き、成長を間近で見守りたいものだが……厳しい鍛錬をこなし、魔力を操り、技術面の吸収も早い。そんな戦いに天賦の才を持つお前を、ただの人形にしておくのはあまりにも愚かな行為だ」


……どうやら、私の考え過ぎだったようね。

心配は杞憂に終わった。


「フレーラ様に、薄汚れた私がこれ程までに褒めていただけるなど…光栄の極みです」

「フッ、随分とお世辞がうまいではないか。本当、実に面白い」


漫画やアニメにありそうなセリフを言っただけなんだが……想像以上にお気に召したようね。

このままコイツのお気に入りになれば、ある程度地位は確立されるんだけど…


「お前名は――無いんだったな。番号はなんだ?」

「563番です」

「では563番よ。これからも己を磨き上げる事に精進するのだ。お前ほどの才能があれば、いずれ私の懐刀として大いに活躍するだろう」


…これは、認められたということか?

気に入られた…かどうかは分からないが、期待はされているな。


私は胸に右手を当てて頭を下げ、話し始める。

ちなみに、このポーズはこの世界で『忠誠を誓う』だとか、『あなたを非常に尊敬しています』という意味のあるものらしい。


「かしこまりました。いずれフレーラ様のお役に立てるよう、誠心誠意努力いたします」


私がそう言うと、フレーラは立ち上がって私の横まで来ると肩に手を置いた。


「そうか…期待しているぞ?563番」


そう言って私の返事を受け取ると、身辺警護の部下を連れて部屋から出て行った。


私は、完全に扉が閉まり、足音がある程度離れたあたりでようやく尊敬のポーズを止める。


「アレがフレーラ様…流石は豪商、見る目がある」

「そうだな。にしても、本当にお前はどこでそんな言葉を覚えたんだ?」

「さあ?」


かなり雑でも、説明するつもりはないという意志を見せていれば問題はない。

それでキレるバカもたまにいるが、この看守は違う。

しっかりと気遣いができる人間だ。


「言いたくないか……まあいい。深くは詮索せん」


世の中の人間は、こういった人の気持ちを察する能力を身に着けた方がいい。

『相手の気持ちとか、自分じゃないんだから理解できるわけないし〜』とか屁理屈ぬかすバカどもは、一度記憶を消して生まれ変わるべきだろう。


まあ、そんな今はどうでもいい話は置いておくとして。


「……部屋に戻った方がいいのですか?」


ずっとこの部屋に居るわけにはいかない。

早く自分の部屋に戻って、魔力の鍛錬がしたいんだ。


「ん?ああ、そうだな。では帰るとしよう」


本当、この人は優秀だ。

人の気持ちを汲み取るのがうまい。

……まあ、『子供だから、早く寝たいと思ってるんだろうなぁ〜』と思ってるのかもしれないけど。


私は、看守の後に続いて豪商の館を出ると、そのまま自分の部屋へ戻った。


「早く寝ろよ?しっかりと睡眠を取って、明日の鍛錬に備えるんだな」

「わかっています。もしかすると、フレーラ様がご覧になられるかもしれませんしね…」


流石にフレーラ様が居る前で眠そうな姿を見せるわけにはいかない。

本当は魔力の鍛錬をしたかったけど…少しだけやって寝るか。

向こう一週間は睡眠時間に気をつけた方が良さそうね。


フレーラ様に見られてもいいように、私は早めに寝ることにした。

まだまだ夜は始まったばかりだけど…五歳児の体だ。

睡眠はしっかりと取るべきというのは当然。

やっぱり、魔力の鍛錬をせずに寝るか。


……決して、普通に眠かった訳じゃないからな?

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