第6話呼び出し
夜
「一緒に寝よう、563番」
ベッドの端に寝転がった564番が、空いているスペースをパンパン叩く。
私を呼ぶ声はとても楽しそうで、目はキラキラ輝いていた。
元々ベッドで寝ようと思ってたから丁度いい。
少し狭いが、寝られないほどではない。
「そうだね。一緒に寝てあげるよ」
私がベッドに入ると、564番が嬉しそうに私の手を握ってきた。
そして、何かを待っているかのように期待の眼差しを向けてくる。
意味を察した私は、赤子を眠らせるように背中をトントン叩きながら、子守唄を歌う。
564番はそれで満足したのか、目を閉じて呼吸を整え始めた。
このまま寝るつもりなんだろう。
私の子守唄が三週目に入りそうな頃、564番はスウスウと寝息を立てて眠った。
「おやすみ。564番」
私は、そおっと564番の手の中から自分の手を抜くと、物音を立てないようにしながらベッドを出る。
そして、胡座を組んで魔力操作の訓練を再開する。
昼間は途中で何度も邪魔が入ったせいで、あまり集中出来なかった。
けど、誰もが寝静まった夜なら邪魔が入ることなく訓練する事が出来る。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませば、魂から溢れ出し、全身を回っている力の流れを感じる事が出来た。
私はそれを粘土のようにこねる。
ある程度操れるようになれば、今度はそれを水のようにサラサラにして血管へ流し込むイメージをする。
魔力操作はそれの繰り返し。
ひたすら魔力を練っては血管へ流す。
全身を回った魔力は、途中で魂の近くに集まる。
それを練っては血管へ流す。
回数を重ねるごとに、魔力の質は上がっていく。
分かりやすく言えば、密度が上がっているというのが近いだろう。
魔力の量は減るが、その分少量で強力な魔力が出来上がる。
魔力は基本『量より質』だ。
もちろん、素人の場合は量が重視されるが、熟練者になるとそうはいかない。
技量が同じの魔法師が二人いたとする。
一人はそのままの魔力を百使うが、もう一人は鍛え上げた魔力を十使う。
その場合どちらが勝つか?
答えは後者。
イメージとしては、強力な扇風機の風とコンプレッサーという空気を圧縮する機械の風をぶつけ合っているようなものだ。
空気を風にしてそのまま流すより、圧縮した空気を放出したほうが威力が高い。
あくまでコレはイメージだが、『鍛えた魔力は強い』ということが分かれば十分だ。
「ふぅ…すぅ〜…ふぅ」
呼吸はゆっくり、吸うときは長く、吐くときは短く。
呼吸で魔力操作の訓練を邪魔したくない。
そうやって息を整えながら魔力操作をしていると、こちらへ近付く足音が聞こえてきた。
私は急いでベッドに戻ると、気付かれないように寝たフリをする。
そして、足音が私の居る牢の前に来ると止まり、鍵が開く音が聞こえた。
「こい、563番」
……何かしただろうか?
私が何かやらかした記憶はない。
では何故私は呼ばれているんだろう?
そう疑問に思いつつ、ベッドからゆっくりと出ると、ゆっくり扉を開けて外に出る。
外にはよく見かける看守が居た。
「―――様がお呼びだ」
…は?
小声で言われたせいで聞こえなかった。
こういう時は、聞こえなかったという態度を取って、相手の方から言わせよう。
聞き取れないような声で話す方が悪い。
「聞こえなかったのか?フレーラ様がお呼びだ」
「…フレーラ?」
どこかで聞いた覚えのある名前だ。
確か、看守が話し合っている時に何度か聞こえてきた名前。
皆揃って『様』をつける当たり、かなり地位は高そうだが…
「お前は知らないだろうが、フレーラ様は国内でもトップの影響力を誇る豪商だ。そして、この奴隷育成所のオーナーでもある」
「オーナー……つまりは私の御主人という事か?」
「そうだ。くれぐれも失礼のないようにしろよ?」
「もちろんです。奴隷が主人の機嫌を損ねるような事をすれば、何が待っているかは想像に難くありません」
「……なぁ、お前本当に五歳児か?」
「それ以外にどう見えるんですか?」
「どうって……五歳児だな…」
今更子供らしい振る舞いをするつもりなんて無い。
演技をするだけ面倒だし、そんな事をするよう余裕があるなら鍛錬に勤しみたい。
それに、嬉しい誤算もあった。
(国内でもトップの影響力を持つ豪商…才能を買われ、懐刀として活用してもらえれば、将来は安泰だ。…一生奴隷というのは嫌だが)
フレーラという商人…一体どんな人間なんだろうか?
できれば、優秀な部下を大切にする人間性の持ち主だといいんだが…
出生ガチャを外した以上、せめて上司ガチャくらいは当たってほしいものだ。
私は、そんな願いが叶うことを祈りながら、看守の後に続いた。
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