第5話魔力

あれから三ヶ月。

私は今、施設の魔法師に魔力の扱いについて教わっている。

魔力を使えば、身体能力を何倍にも強化することが出来るらしく、再生能力も上がるらしい。

つまり、筋繊維の再生が早まり、より早く身体を鍛える事が出来る。

魔力の扱いさえ覚えれば、訓練の効率も上がるはず。


「ふ〜む…凄まじい才能だな。教え始めてから、まだ一週間しか経っていないのにも関わらず、ここまで魔力操作に長けるとは…」

「そんなに凄いことなの?」

「当然だとも564番。本来、このレベルの魔力制御技術を身につけるには、最低でも一ヶ月は掛かる。しかし、563番は一週間が身につけた。これは、宮廷魔法師として働けるほどの才能だぞ」

「はぇ〜、よく分かんないけど、563番は凄いってことだよね?」

「当たり前だ。これは、私の方から推薦すべき才能だな」


人が集中してるのに、お構いなしに騒ぎ立てるバカ二人。

推薦が貰えるのは嬉しいが、正直うるさい。

特に魔法師。

教え子の優秀さを語りたいのはわかるが、こんなにうるさくしては、かえって教育の邪魔になる。

大人なんだから、それくらい理解しほしい。

その点、夜に訓練出来るのは素晴らしい。

余計な雑音が少なく、活発に動く人の気配も少ないから、気が散ることもない。

…564番が変な寝言を言わなければ。


「ん?魔力が乱れてるぞ、集中しろ」


お前が言うな。

お前が騒がしくするせいで、魔力が乱れてるんだよ。

必要な知識を本にまとめて死んでくれないかな?

…ふぅ。

こういう考えが魔力を乱す原因になる。

落ち着け…落ち着け563番。

これくらいなんてことない、564番に抱き枕にされ、散々涎を付けられた時に比べればなんてことないんだ。

…よし、落ち着いてきた。


「ふむ、魔力が安定してきたな。私は仕事があるからもう行くが、一人でも訓練は欠かすなよ?」

「…」

「これだけ集中していれば、特に問題はなさそうだな」


そう言って、魔法士は去っていった。

さて、ここからが問題だ。

今は、564番と二人っきり。

五歳児の忍耐力では、まず間違いなく私にちょっかいへかけてくる。

そして、私が反応しないごとにエスカレートしていく。

かと言って、適当に反応すれば面白がって何度もちょっかいをかけてくる。

子供は可愛いが、相手をするのは面倒だ。

すると、最初はちょこんと座っていた564番が、徐々に私に近付いてきた。


「…」


ほら、もう飽きてきてる。

そのうち頬を突いてきたり、抓ってきたり、最悪噛み付いてくるぞ。

面倒だ…本当に子供の相手は面倒だ。

564番を泣かせないようにしつつ、訓練に支障が出ないようにする。

一緒に鍛えるとかはどうだろう?

…いや、魔力操作にはかなりの集中力が必要だ。

564番ならすぐに飽きて、私にちょっかいをかけるてくる。


「遊ぼうよ、563番」 


そう来たか…

この二人しか居ない状況で、遊びの誘いを断るのはまずい。

勝手に何処かに行かれると、連帯責任で私まで被害を受けるかも知れない。

…仕方ない、遊んであげるか。


「いいよ、564番。何して遊ぶ?」

「やったー!!じゃあ、前にやってた『すもう』をやりたい!!」


相撲か。前に一緒にやったときは、いい勝負が出来て大喜びしてたからね。

無駄に疲れるけど、かなり力を使うから訓練にはなる。


「じゃあ、相撲をしましょう。ルールは覚えてる?」

「バッチリ!!」

「わかった。じゃあ、準備して」


そう言うと、564番は私が教えた構えをとる。


「はっけよぉ〜い…のこった!!」


私の合図を待っていた564番は、勢いよく正面から突っ込んできた。

軽く受け流して、地面に手を付けさせることも出来るけど、それだと面白くないし、大人気ない。

だから、あえて正面から受け止めた。


「うう〜!!」

「くぅ…」


私は、そんなに相撲に興味がなかったので、決まり手はほとんど知らないし、564番は、そもそも相撲が何か知らない。

だから、技のないただの押し合いになっている。

そして、五歳児の体力では、その押し合いも長続きしない。


「「はぁ…はぁ…」」


私達は鍛えてるから、地球の…もっと言うと、現代日本の五歳児よりは遥かに体力がある。 

それでも、大人と比べると大したことはない。

…そろそろ私もキツくなってきた。

五歳児相手に負けるのは癪だけど、そんな理由で負けを認めないのは大人気ない以前の問題だ。

負けてあげよう。

私は力を抜いて、564番を受け入れる。


「うわっ!?」

「わわっ!?」


見事に564番に押し倒された。

普通に痛い。

現代日本の五歳児なら確実に泣いている。

しかし、ここの五歳児はそんな事では泣かない。

しっかりと教育を受けているからね。


「イタタ…564番の勝ちだね」

「…ねえ、563番。わざと負けてない?」

「え?」


気付かれた!?

本当に負けたように偽装したはずなのに…


「私、そんなに弱くないもん」

「別に手は抜いてないよ。私は普通に負けたのよ?」

「ほんとに〜?」


あれか、子供の異様に鋭い勘か?

子供は、時折異常なまでに鋭い勘を見せる事がある。

昔、嫌いな同僚の子供と話し時、『おばさん、ママのことキライなの?』と言われ、かなり焦った。

もちろん、その同僚も焦ってたけどね。

まあ、そんな事があり、子供の勘というのは侮れない。


「564番は、どうして私がわざと負けたと思ったの?」

「う〜ん…なんとなく」

「な、なんとなく、ね?」


ほらね、やはり子供の勘は侮れない。

さて、どうやって言い訳しようか…

私が言い訳を考えていると、564番が話し掛けてきた。


「563番」

「なに?」

「私も魔力使いたい」


なんてこった…五歳児に魔力を教えるなんて、そんなの一種の苦行だ。

面倒くさがりで、飽きっぽい五歳児に魔力操作はまだ早い。

しかし、


「いいよ。教えてあげる」

「ほんとに!?やった〜!!」


ここで断ったところで、相手は五歳児。

ヤダヤダと、駄々をこねるのは目に見えている。

それに、他人の魔力を操るのは難しいらしい。

私にとってもいい訓練になるだろう。

すると、564番がちょこんと胡座を組んで、ニコニコしている。

私の真似か…

魔力操作の体勢が良く分からなかったので、私は瞑想でもするように胡座…と言うよりは、座禅を組んで魔力を操っている。

その真似だろう。


「ちょっと気持ち悪いけど我慢してね」


他人の魔力を操るのは、よほど魔力の扱いに長けた人物でないと、相手に不快感を与えてしまう。

私もあの魔法師に魔力をいじられた時、体の中を掻き回されるような不快感に襲われた。

564番が、我慢してくれるといいけど…


「う〜…」

「気持ち悪い?」

「うん」

「そうだよね。でも今は我慢して。それに、魔力を使う感覚を覚えないと、この訓練が無駄になるよ?」

「それはイヤ!!」


私が軽く諭すと、564番は大きな声を出して嫌がった。

そんなに気持ち悪いのか。

確かに、私の魔力操作の練度はあの魔法師に比べると、遥かに劣る。

きっと、私以上の不快感に襲われてるに違いない。

でも、あの魔法師ではなく私にお願いしたのは564番だ。

これくらいは我慢してほしい。

しかし、五歳児の忍耐力はもう限界のようだ。

564番が、ぷるぷる震えている。


「う〜〜!!もうイヤッ!!私魔力使えなくてもいいもん!!」

「そっか。じゃあ、お昼寝でもする?」

「うん、563番の膝に乗って寝る」


しょんぼりした564番が、私の膝をポンポン叩くので、私は魔力操作をする体勢、胡座を組む。

すると、564番は足が交差しているところに頭を置いて、満足そうにニコニコする。

こういうところは可愛らしいけど、ちょっとワガママなのが玉に瑕なのよね。


「563番は、また魔力操作の訓練するの?」

「そうだよ。私は少しでも強くなりたいからね。せっかくの才能だ、有効活用しないと」

「ふ〜ん」


前世でもよく見てきた。

努力するのが面倒で、才能をドブに捨てる愚かな者。

少し努力するだけで結果は大きく変わるのに、勝手な妄想と周りの圧力に負けて、怠惰に過ごす愚かな人間。

私は、そういう無能共が大嫌いだった。

564番は子供だからまだ許そう。

五歳児にそんな事を言っても、余計に自信を無くすだけだ。

しかし、中学生から高校生あたりの人間。

お前等はダメだ。

何が、『俺才能無いからよぉ〜』だ、それは才能が無いとは言わない。

お前が怠けているだけだ。

そして、真実を知ったところですぐに目を背ける。

何もしないクズのくせに、人様に偉そうな口を利くな。


「ふぅ…」


いけない、いけない。

こういう事を考えるから魔力が乱れるんだ。

平常心、平常心を保て563番。

私は心を落ち着かせて、魔力操作を再開する。

血が心臓の働きによって、血管を通り全身へ行き渡るように、魔力を血液に乗せて全身へ循環させる。

魔力操作は、イメージと努力のモノ。

慣れれば簡単に行えるが、そうなるまでには相当な努力が必要だ。

スヤスヤと膝の上で寝る564番の姿を確認した私は、門限まで本気で魔力操作の訓練をすることにした。




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