エピソード32

「違うって言ってるだろ!!」

「あはは!!美桜ウケる!!」

「二人ともいい加減にしろよ。紺野さんが困ってるだろ!!」

早朝のホテルの部屋。

私と麗奈は突然乱入してきた、海斗とアユムに叩き起こされた……。

乱入してきた二人は、遠慮なしに部屋の電気を点けて『起きろ!!』と言った……。

突然の状況が飲み込めず瞳を擦りながら唖然とする私の顔を海斗が覗き込んできた。

「今日お前具合が悪くなる予定だったよな?」

「……うん」

「俺達も協力してやるから練習しよーぜ」

「……はぁ?練習?」

「あぁ」

ケイタイの時計を見ると5時過ぎ……。

こんな早朝にも関わらず銀髪もきれいにセットされグリーンの瞳で完璧な海斗。

優しく麗奈を起こしているアユムも絶好調に爽やかだ。

……一体、この人達は何時に起きたんだろう……。

「……お願い……タバコを一本だけ吸わせて……」

麗奈が寝起きの顔で言った。

「よし、5分だけ時間をやる」

私と麗奈は海斗の許可を得てタバコを吸った。

寝起きの頭では『なんで海斗の許可が必要なの?』という疑問さえ考え付かなかった。

タバコのお陰で徐々に覚醒していく頭。

それに伴って私の頭の中には疑問が次々に溢れてくる。

「……練習って何するの?」

タバコを灰皿に押し付けながら海斗に尋ねた。

私の言葉に海斗は不敵な笑みを浮かべた。

「今日お前は、腹が痛くなるんだ」

「……お腹が?」

海斗はアユムと顔を見合わせてにっこりと笑った。

二人の笑顔にこの上ないくらいの嫌な予感を感じた私。

「楽しそう~!!」

麗奈が寝起きにも関わらず楽しそうな声を上げた。

……意味が分かんない……。

なんで、私の仮病に練習がいるんだろう?

麗奈に西田先生を呼んでもらって、その時私がベッドの上でお腹を押さえて蹲ってればいいだけの話でしょ!?

「始めるか」

立ち上がった海斗の瞳がキラキラと輝いていた。

「ひ……必要ないから!!」

「あ?」

「練習とかする必要ないでしょ?」

「分かってねぇな」

「はぁ?」

「西田を騙そうと思うなら、かなりの演技力が必要だ」

「……そうなの!?」

「当たり前だろ。なんも考えてなさそうな顔をしてるけど、あの蓮さんとケン兄の担任だったんだ。他の教師と一緒にすんな」

……『なんも考えてなさそうな顔』って……。

なんか西田先生が可哀想……。

「そっか……」

海斗の言葉にすっかり洗脳された私は、『練習しなきゃっ!!』と思い込んでしまった。

私が大きく頷くと海斗は、満足そうな笑みを浮かべた。

その笑みの下にある海斗の思惑になんて私が気付くはずもなく……。

こうして海斗の容赦ないスパルタな演技指導は始まった。

始まって数分後には映画監督なみの海斗のダメ出しに私はこの作戦に乗ってしまった事に後悔した……。

『腹が痛いのになんで頭を押さえているんだ?』

『なに不貞腐れた顔してんだ?どうせするなら痛くて苦しそうな顔をしろよ』

『どうせなら軽く泣いてみるか?』

……悲しくもないのに泣ける訳ないじゃん……。

次々に出される要求に大きな溜息しか出てこない。

「だから、違うって言ってるだろ!!」

呆れたように溜息を吐く海斗。

「あはは!!美桜ウケる!!」

海斗に睨まれながらも演技する私を爆笑する麗奈。

「二人ともいい加減にしろよ。紺野さんが困ってるだろ!!」

保護者らしく二人に注意してくれるアユム。

ホテルの部屋の大きな窓から見える空が明るくなり始めた頃やっと海斗の演技指導は終わった。

結局、叱られるばかりで何も出来なかった私。

「このくらいでいいか」

海斗のその言葉に一番驚いてしまった。

「えっ?もう、いいの?」

「お前の演技力はどんなに頑張ってもこれが限界だ。とりあえず、西田を呼んで布団を被っていろ。後は麗奈がうまくやってくれる」

……ありがとう……。

じゃなくて!!

それって私が頑張る必要なんてなかったんじゃ……。

驚きのあまり瞬きすら出来ない私に海斗が鼻で笑った。

「沖縄の朝日でも見ながら一服するか」

「……はい?」

「いい思い出だろ?」

……。

そう言えば……。

蓮さんがカフェで『最後の旅行だから思い出をいっぱい作って来い』って言った時、海斗もいたんだった……。

ふと見ると麗奈とアユムが穏やかな笑顔で私を見つめていた。

仮病の練習だなんて口実だったんだ……。

最高の思い出をプレゼントしてくれた3人。

この先、この4人で沖縄の朝日を見ながら一服することなんてないはず……。

「……ありがとう」

3人の優しさに涙が溢れそうになった。

「今頃、泣いてるんじゃねぇよ」

ぶっきら棒に海斗が言う。

「美桜~!泣いちゃダメ~!!」

そう言いながら涙目の麗奈。

「海斗が苛めるからだろ!!」

海斗を叱りながらティッシュを差し出してくれるアユム。

……私は一生忘れない。

3人の優しさも、今日見た眩しい朝日も、このタバコの味も……。

……ありがとう……。

私は何度も心の中で呟いた。

「西田ちゃん!?美桜、お腹が痛いんだって!!すぐに来て!!」

麗奈からの内線を受けた西田先生が大きな身体で足音を響かせながら部屋に走り込んで来た。

「紺野!大丈夫か?」

その質問に頭まで被っている布団を脱ぎ捨てて『大丈夫です』と言いたい衝動に駆られたけど必死で我慢した。

海斗に言われた通り口を開かず首を横に振る。

「紺野の保護者は……神宮だったな。ちょっと連絡してくるから……少しだけ待てるか?」

「……はい」

私が小さな声で呟くと西田先生はまた大きな足音を響かせて部屋を飛び出して行った。

「ちょっと休憩!!」

麗奈が布団を捲って顔を出してくれた。

「……苦しかった……」

私は大きく深呼吸した。

ベッドの脇に立っている麗奈と、麗奈が寝ていたベッドに腰を下ろしている海斗とアユム。

「西田ちゃん完璧信じていたね」

嬉しそうな麗奈。

西田先生、完璧に信じていたんだ。

……って言うことは……。

さっき、海斗が言ったことは、やっぱり嘘だったんだ。

平然と私を騙した海斗と見事に騙された私。

今日の演技大賞は、受賞確実だった麗奈を抑えてまさかの海斗に決定だろう……。

……私の頑張りって……なんだったんだろう?

「神宮先輩って何時頃こっちに着くんだろう?」

「……何時に着くのか聞くの忘れた……」

「は?聞いてないの?」

麗奈が瞳を丸くした。

……やばい……。

また、ツッコまれてしまう……。

「……忘れちゃった……」

とりあえずこの場を笑って乗り越えようとした私。

私につられて笑った麗奈と苦笑したアユムといつものごとく大きな溜息を吐いた海斗。

「蓮さんなら昨日の夜からこっちにいる」

「「そうなの!?」」

見事に麗奈と私の声がカブった。

私もやっと麗奈と息が合ってきたみたい。

小さな嬉しさを噛み締めていると、麗奈が口を開いた。

「なんで海斗が知ってるの?」

「俺と蓮さんが連絡を密に取っている事を知らないほうが不思議だけど?」

……確かに……。

私の警護係りに任命されている海斗が蓮さんと連絡を取っているのは全然不思議な事ではない……。

「じゃあ、もうすぐ神宮先輩に会えるね」

麗奈が私の顔を覗き込んだ。

「……うん」

麗奈の言葉に私の胸が高鳴った。

「来たぞ」

海斗が呟くと麗奈が勢い良く私の顔に布団を被せた。

暗い布団の中で息を潜めていると、けたたましい足音が部屋の中に入ってきた。

「紺野!!」

息切れ気味の西田先生の声。

……名前を呼ばれたけど答えていいのかな?

そんなことを悩んでいると……。

「西田ちゃん!!連絡とれた?」

焦った様子の麗奈の声。

……麗奈って……。

演技が上手い気がする。

「あぁ。偶然、仕事でこっちに来ているらしいんだ。すぐ迎えに来て病院に連れて行くそうだ」

「……そっか。良かったね、美桜」

麗奈が布団の上から身体を擦る。

「西田ちゃん、美桜の迎えが来るまで私達がついているからもういいよ」

「えっ?だが……」

「大丈夫だってもうすぐ朝食の時間だよ。早く行った方がいいって。美桜が帰ったら私達も朝ごはん食べるから残しといてね」

「そ……そうか?じゃあ、頼むな」

「うん、任せて!!」

大きな足音で西田先生が部屋を出て行ったことが布団を被っていても分かった。

「美桜、もう大丈夫だよ」

麗奈の声に私はモソモソと布団から顔を出した。

「ありがとう!!」

3人は私の言葉に満足気に笑った。

「楽勝だったな」

「私の演技が良かったんだよ!!」

「バカな事いうな。俺のシナリオが良かったに決まってんだろーが」

海斗と麗奈の口論に私とアユムは顔を見合わせて笑った。


◆◆◆◆◆


しばらくしてドアをノックする音が聞こえ皆がドアに注目した。

「美桜」

昨日の朝に聞いたはずなのに……。

ずっと聞きたかった声。

ケイタイを通してじゃなく、その低い声は私の耳に直接響いた……。

部屋の入り口のドアの前に立っているのは紛れもなく会いたくて堪らなかった蓮さんだった。

嬉しくて動く事さえ出来ない。

名前を呼びたいのに……。

その胸に飛び込みたいのに……。

抱きしめて欲しいのに……。

私の身体はベッドに縛り付けられているみたいに動かない。

「お疲れ様です」

海斗がベッドから立ち上がり蓮さんに頭を下げた。

「海斗、美桜が世話になったな」

「いいえ」

「神宮先輩おはようございます!!」

麗奈とアユムが少し緊張した笑顔で蓮さんに声を掛けた。

「おはよう」

穏やかな笑顔の蓮さんに見つめられた二人は頬を赤くして照れていた。

「よし、飯食いに行こうぜ」

海斗の言葉に麗奈とアユムが頷いた。

「美桜、良かったね。来週学校でね」

「……うん」

「それじゃ、蓮さん失礼します。なんかあったらすぐに連絡してください」

「あぁ、ありがとう」

蓮さんに頭を下げて3人は部屋を出て行った。

「美桜」

蓮さんがベッドに近付いて来て、腰を下ろした。

「どうした?本当に具合が悪いのか?」

大きくて温かい手が私の頬に触れる。

「……蓮さん」

「うん?」

優しく私を見つめる漆黒の瞳。

「……会いたかった」

その瞳を見たら全身から力が抜け、安心感に包まれた。

いつもなら照れて言えない様な言葉がすんなりと私の口から零れ落ちた。

いつもと違う私に一瞬驚いた表情を浮かべた蓮さん。

だけど、すぐに嬉しそうに表情を崩した。

「……俺もだ」

優しい笑顔を浮べた蓮さんの言葉がとても嬉しかった。

蓮さんも私と同じ気持ちでいてくれたんだ……。

それだけで涙が溢れそうになる。

蓮さんの長い指が頬に触れ、反対の頬に蓮さんの唇が触れた。

私の鼻は蓮さんの甘い香りを感じ取った。

蓮さんが私の傍にいる……。

徐々に実感が広がった。

蓮さんの唇が私の頬から離れた瞬間、私は蓮さんの背中に手を回し、広い胸に顔を埋めた。

しばらく、蓮さんは何も言わず私の頭を撫でていてくれた。

蓮さんの温もりに包まれ心地良さを感じていると、頭の上から優しく低い声が聞こえた。

「美桜」

「うん?」

「寝るなよ?」

顔を上げると優しく穏やかな眼差しが私を見つめていた。

「やっぱりダメ?」

「今日は思いっきり遊ぶぞ」

子供みたいに瞳を輝かせている蓮さん。

「そうだね!!」

そんな蓮さんを見て私のテンションも急上昇した。

「よし。早く着替えろ」

着替えろ?

……そうだった……。

まだパジャマ姿だった……。

「うん」

私はベッドを降りクローゼットの中から荷物の入ったバッグを引っ張り出した。

数日前に買って貰った洋服をベッドの上に広げた。

パジャマのボタンに手を掛けて気付いた。

「……蓮さん」

「うん?」

「着替えようと思うんだけど……」

「あぁ、早く着替えろ」

「う……うん。着替えるからあっち向いててくれる?」

「あ?俺の事は気にすんな」

……はい?

気にするな?

そう言われても……。

ものすごく気になるんですけど!?

「……すぐ終わるから……お願い!!」

私のお願い光線に蓮さんは小さな溜息を吐いた。

「仕方ねぇな」

……よかった!!

私のお願い光線もたまには役に立つじゃん!!

そんな事を考えながら再びパジャマのボタンに手を掛け……。

「……なにしてんの?」

「あ?お前が見るなって言ったんだろ?」

「うん、言った」

「だから出来るだけ見ねぇようにしてんだ」

「……」

……出来るだけってなに?

マジで意味が分からないんですけど……。


私のお願い光線を受けた蓮さん。

あの時、私のお願い光線は確実に蓮さんに届いたはず……。

……なのに……。

今、蓮さんは反対を向いている訳でも私から視線を逸らしている訳でもない。

さっきまでと違うって言ったら……。

タバコを挟んでいる左手の反対の手が申し訳ない程度に額にくっ付けられている。

……蓮さんはその手で視線を遮っているつもりかもしれないけど……。

私から見たらその右手はなんの役にも立っていない気がするんですけど……。

驚きを隠せない私に蓮さんが言い放った。

「早く着替えろ。じゃないと見るぞ」

……はぁ?

『早く着替えないと見るぞ』って言った!?

今だって見る気満々でしょ!?

……どうやら私のお願い光線は全く蓮さんに効かなかったみたい……。

……って事は、これ以上私がなにを言ったとしても蓮さんは反対を向いたり視線を逸らしたりはしてくれないんだろう。

そう悟った私は大きな溜息を吐いて諦めた。

……こうなったら……。

私は必死で頭を回転させて“どうしたら出来るだけ蓮さんに見られず着替えられるか?”を考えた。

数十秒後私の頭の中には完璧なシナリオが出来上がった。

私に遠慮なく向けられている蓮さんの視線。

その視線に自分の視線を合わせるとにっこりと微笑んだ。

私に笑いかけられた蓮さんは、私につられたのか笑みを浮べた。

よし!!

その瞬間私は蓮さんに背中を向けいつもでは考えられないくらいの速さでパジャマのボタンを外し今日着るワンピースをスッポリと被った。

その時、私の行動に驚いて呆然としていた蓮さんが我に返って口を開いた。

「おい」

「なに?」

「なんでそっち向くんだ?」

「蓮さんがあっちを向いてくれないから」

「あ?」

そう言いながらも私は素早くワンピースの中でパジャマを脱いだ。

最後の『あ?』が閻魔大王への変身の呪文だという事は分かっている。

私は急いで蓮さんの方へ向きなおした。

ここでタイミングを外すと蓮さんは確実に閻魔大王に変身しちゃう。

私と視線がぶつかると蓮さんの表情が変わった。

よし!!

私の作戦勝ち!!

着替えを見られる事も、閻魔大王に変身する事も阻止出来た。

あとはパジャマのズボンを脱ぐだけ。

……でも、ここで少し悪くなっている蓮さんの機嫌を直しておかないと……。

……もしかして……。

今日の私って完璧じゃない!?

ダメ、ダメ!!

ここで気を抜くといつもと同じ展開になってしまう……。

それは避けたい!!

「ねぇ、蓮さん」

「ん?」

「今日はどこに行くの?」

「そうだな。観光してもいいけど。どこか行きたい所あるか?」

「どこでもいいの?」

「あぁ、美桜が行きたい所でいい」

「……海……」

「うん?」

「私、海に行きたい」

「海?」

「そう、海!!」

蓮さんが優しい笑みを浮べた。

「水着買いに行くか?」

「……はい?」

「水着は必需品だろ?」

「……今、10月ですけど?」

「分かってる」

「本当に分かってる?」

「あぁ、それがどうした?」

「もう、泳げないでしょ?」

「……」

「……?」

私達の間に沈黙が流れた。

でも、その沈黙は蓮さんの楽しそうな笑い声で破られた。

……なに?

なんで笑うの?

「まだ、泳げる」

「え?」

「ここは沖縄だろ?」

「そうなの!?」

「あぁ」

……知らなかった……。

沖縄ってすごい!!

確かに真夏なみの日差しだけど……。

まだ、泳げるなんて。

「……でも、水着は要らない」

「海に入らなくていいのか?」

「うん」

「なんで?」

「初めて蓮さんが私を海に連れて行ってくれた日の事覚えてる?」

「もちろん」

「あの日砂浜で一緒に海を眺めながらタバコを吸ったでしょ?」

「あぁ」

「あんな風に蓮さんと一緒に沖縄の海を眺めてみたい」

あの時

の私は蓮さんと一緒にいると安心感に包まれる事に気付いていたのに、必死で気付かないフリをしていた。

人と関わる事を恐れていた。

大切な人から捨てられる事が怖かったから……。

大切な人に捨てられるくらいなら大切な人を作らなければいいと思い込んでいた。

でも、今は違う。

私には大切な人がいる。

私は自信を持ってそう言う事が出来る。

私が変われたのは蓮さんのお陰。

初めて訪れた沖縄。

ここでの想い出の中に蓮さんにいて欲しい。

大切な人と一緒に想い出を作りたい……。

そう思った……。

「分かった。おすすめの海がある。そこでいいか?」

「うん!!」

「……だけどな……」

「なに?」

「いつまでその格好なんだ?」

蓮さんが私を指差した。

「えっ?」

「その格好で行くつもりなのか?」

蓮さんが指差したのは私の下半身。

「あっ!!」

パジャマのズボン……。

脱ぐのを忘れてた……。

恥ずかしさの余り慌てた私は急いで立ち上がると勢い良くパジャマのズボンを脱いだ。

焦りすぎてさっきまで気を付けていた事をすっかり忘れていた。

「ピンク」

背後から蓮さんの声が聞こえた。

「は?」

ピンク?

なんの事?

蓮さんの顔に視線を向けると悪戯っ子みたいな笑みを浮べている。

……まさか……。

「……見た?」

「見たんじゃねぇよ、見えたんだよ」

……ピンク……。

それは、間違いなく私の今日の下着の色だった……。

「悔しい!!」

「悔しい?なにが?」

「せっかくの私のシナリオが!!」

「シナリオ?」

「そう!!シナ……」

……あっ……。

言っちゃった……。

「そのシナリオの話、海に着くまでじっくりと聞かせて貰おうか?」

「いや……違うの……これは……」

「美桜」

「……はい」

「聞かせてくれるよな?」

「……」

「話したくねぇのか?」

「……」

「どっちだ?」

「……話します……」

「そうか、楽しみだな」

蓮さんがニッコリと微笑んだ。

……だからその笑顔が怖いんだってば……。

これで、海までのドライブの時間が恐怖の告白タイムになる事が確定してしまった……。

今日の私の頑張りは一体何だったんだろう……。

結局完璧だと思ったシナリオは失敗に終わりいつもと同じ結果になってしまった。

いつかは、私の作戦は成功する日が来るのだろうか?

こんなに、失敗ばかりだと成功なんてしないような気がする……。

さっきまで気分がウソみたい一気にテンションが下がってしまった。

……だけど……。

私の隣でタバコを吸っている蓮さんを見ていると……。

やっぱり私は安心感に包まれる。

「どうした?」

私を見つめる優しく穏やかな漆黒の瞳。

自信に満ち溢れている瞳。

私が大好きな瞳。

この瞳を見ていると私は蓮さんに触れたくて仕方なくなる。

……だから……。

私は蓮さんの頬に手を伸ばし、その反対の頬に唇を寄せた。

さっき、蓮さんが私にしてくれたように……。


深愛~美桜と蓮の物語~3【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深愛~美桜と蓮の物語~3 桜蓮 @ouren-ouren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ