エピソード31



ホテルに戻ったのは夕食の時間ギリギリだった。

ロビーに入ると西田先生が仁王立ちをしていた。

「西田ちゃんどうしたの?」

麗奈が不思議そうに尋ねた。

「お前達を待っていたんだ」

そう言った西田先生は明らかに怒っていた。

……もしかして、海斗達がケンカしたのがバレたとか……。

「なんでだよ?」

西田先生が怒っている事に気付いていないのか、不機嫌な声を出した海斗。

「夕食は何時か知っているよな?」

「は?何時だっけ?」

海斗が麗奈の顔を見た。

「私が知っているはずないでしょ!!」

麗奈が自信たっぷりに言い放った。

「アユム何時か知っているか?」

「えっと……19時30分じゃなかったか?」

「そうそう、19時30分からだ」

海斗が答えると西田先生は大きな溜息を吐いた。

「俺は空港で19時から食事だから18時30分までにホテルに戻ってくるように言ったよな?」

「そうだったか?」

海斗が首を傾げるとアユムと麗奈も首を傾げた。

「もう、いい。早く飯を食って来い」

「「「はーい」」」

西田先生の横を通り過ぎた時、海斗が舌を出して笑っていた……。

ぴったりと息が合っている3人を少しだけ尊敬した。

ホテル内にあるレストランで食事を終えた私達は階の違う海斗とアユムと別れて、麗奈と自分達の部屋に向かった。

そして、部屋に入った私は驚いた。

修学旅行で泊まるとは思えないくらい豪華なツインの部屋。

一体、この修学旅行はどのくらいのお金が動いているんだろう?

支払いは蓮さんが全てしてくれているから全く検討がつかない。

相変わらず蓮さんは、私がお金の話をすると『金の心配なんかするな』って怒るから聞けないし……。

「美桜!!」

「……うん?」

「お風呂行こう!!」

「えっ?」

……えっと……。

お風呂に行こうって事は一緒にお風呂に入ろうってことだよね?

お風呂に入るって事は裸にならないといけないでしょ?

……ってことは背中の傷を麗奈に見られちゃうってこと!?

……無理だし!!

麗奈の事だからちゃんと話せば分かってくれると思う……。

……でも、今は話したくない。

いつか、私が過去の壁を乗り越えた時に話したい。

だけど、なんて言って断ればいいの?

せっかく誘ってくれているんだから……。

……あっ!!そうだ!!

「ご……ごめん!麗奈……今、生理中だから一緒に入れないの」

「そっか~。残念」

私の癖に気付く事も無く信じてくれる麗奈。

「ごめんね」

私は罪悪感を感じながら麗奈に謝った。

「そんなに気にしなくてもいいよ。今日は私もここでシャワーを浴びようっと」

「へ?なんで?大きいお風呂に入っておいでよ」

「いいの!!明日もあるし。今日は美桜と一緒にいる」

「……麗奈……」

麗奈の心遣いが嬉しかった。

いつか必ず話すから……。

麗奈の人懐っこい笑顔を見ながら心の中で誓った。

「ねぇ、美桜」

「なに?」

「神宮先輩とHした?」

「……はぁ?」

シャワーを順番に浴びて、冷たいお茶を飲みながらタバコを吸っていた私に、麗奈が突然の質問をしてきた。

「神宮先輩ってどんな感じ?」

……。

『どんな感じ?』って聞かれても……。

「……どんな感じなんだろう?」

「もう!!美桜、私が聞いているんだけど!!」

「そ……そうだよね」

「で、神宮先輩ってどんなHするの?うまい?」

瞳をキラキラと輝かせてジリジリと迫って来る麗奈。

私は顔を引きつらせて後退りした。

……出来る事ならこのままどこかに逃げてしまいたい。

……だけど、残念な事にすぐにベッドに置いてある大きな枕に行く手を塞がれてしまった……。

大きな溜息を吐いて逃げる事を諦めた私は小さな声で呟いた。

「……分からない……」

蓮さんとHなんてしたことのない私には、そう答える事しか出来なかった。

……まぁ、蓮さんに限らずそういう経験なんてない私には、蓮さんとHをしていたとしても上手いかどうかなんて分からないんだけど……。

「分からない?」

「うん」

「それって……」

「……なに?」

「『まだ』ってこと?」

「う……うん」

「……」

無言で私の顔を見つめる麗奈。

「……なんで黙るの?」

「……美桜と神宮先輩って付き合ってどのくらい?」

「えっと……3ヶ月とちょっとくらいかな」

「一緒に住んでるんだよね?」

「うん」

「それで、まだ何もしてないの?」

「……うん」

「一緒に寝ないの?」

「……それって答えないといけないの?」

「うん!強制!!」

き……強制って……。

でも……今の麗奈には逆らわないほうがいい気がする……。

麗奈の勢いに身の危険を感じた私は聞かれた事には答えたほうがいいと悟った。

「……一緒に寝る……」

「キスは?」

いやいや、麗奈さん……。

そんなに単刀直入に聞かれても……。

「……たまに」

「たまにって……」

「……」

「……」

この沈黙が気まずいんですけど……。

何か話さないと……。

なんか……。

「あっ!!あとお風呂にも一緒に入ってる!!」

「お風呂!?」

驚いた声を出した麗奈。

……私……。

また、余計な事を言ったかも……。

「美桜、神宮先輩に大事にされているんだね」

「……へ?大事?」

「うん。なんか羨ましい……」

……羨ましい!?

私が?

今まで人に羨ましがられる事なんて一度もなかった。

蓮さんとの出逢いは、確実に私の人生を変えている。

「私には、アユムがいるからいいけど!!」

「そうだよ!麗奈とアユムは仲良しだもんね」

麗奈が幸せそうに微笑んだ。

それから数時間、私と麗奈はお互いの彼氏自慢で盛り上がった。

女友達と時間を気にせずお喋りをする……。

これも、私にとっては初めての体験だった。

その楽しい時間は夜明け近くまで続いた。

眠る事に不安を抱いていた私。

でも、そんな心配は必要なかった。

途中、心配そうな声の蓮さんから電話があった。

麗奈から冷やかされながらも『大丈夫!!』と告げると、蓮さんは安心したようだった。

話疲れた私はいつの間にか眠りに落ちていた……。

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