緩やかな崩壊

結騎 了

#365日ショートショート 220

「国民はなぜこの政党をこれほどまでに支持するのでしょう」

 アナウンサーは、カメラに向かって問いかけた。

「外交も、経済も、何もかも……。ここ二十年ほどで我が国は緩やかに崩壊しています。ひとつの政党がずっと政権を継続しているからです。それなのに、国民のこの政党への支持は思いのほか高い。もし風邪をひけば、薬を飲みます。ビタミンが足りなければ、果物を食べます。頭皮が気になり始めたら、育毛剤を使うかもしれません。しかし、国民はこの国家の危機に、政権の交代を望みません。対処をしないのです。なぜ、こういったことが起きているのでしょう」

 胸元で小さく手を挙げたのは、政治評論家の田口だ。

「えっと……。では、アナウンサーさん。例え話ですが、逆に質問してもよろしいでしょうか」

「はい?」

 きょとんと、アナウンサーは目を丸くした。

「あなたの会社、つまりテレビ局ですが、そこに新しい部長が転職でやってきたとします。彼はとにかく行動力があり、雇用形態も給与形態も、組織の在り方を根っこからどんどん変えようとします。あなたは一社員として、どう思いますか」

「えっと」。アナウンサーは少し考えてから… 「そうですね、さすがにちょっと待ってください、もう少し説明してください、という感じになるでしょうか」

「そうですよね」。田口は続ける。「人はね、変化に敏感です。変わりたがらない人が大多数です。さっきの例では、その部長のやり方の良し悪しはまず正当に評価されません。変えようと精力的に動いていることが、まず批判されます。変わる労力を押し付けられる人々によって、白い目で見られるのです」

 場は静まり返った。

「なぜ、今の政党が続いているのか。それは、続いているからです。政策の中身ではありません。みんな、変わることに臆病だから変わらないのです」

「では、どうして。歳を取った高齢者の方々がもう変われないのは、まだ感覚として分かります。しかし、20代の若者たちも、あの政党に票を投じます。なぜですか」

「生まれた時から、政権を握っていたからです。確かに、稚拙な政策ばかりかもしれません。国は悪い方向に向かっているかもしれません。しかしですね、玄関の前の埃が毎日一つずつ増えたとして、誰もそれを疎ましくは思わないのです。少しずつ緩やかに悪くなるその事実は、政権を握り続ける継続性の前には掻き消えます」

「そんな馬鹿な話が……」

 アナウンサーの激高を、田口はすっと静止した。

「ほうら、気づかないでしょう。この政治討論番組は月イチで収録しており、メンバーはいつも同じです。私はここ半年、少しずつ頭髪が失われています。本当に、少しずつです。気づきましたか。さあ、答えてください!私の頭髪が薄くなっていることに気付きましたか!ほら、言ってみなさい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緩やかな崩壊 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ