英雄擬きの英雄譚

野上獅子

第1話

 己の魂を武器に変え、魔術を行使しながら戦う騎士シルヴァリエと呼ばれる者が存在する現代。プロリーグも存在し、最早世界共通の競技にまで発展したそれは最早知らない者は居ない程になった。各国は騎士の育成機関を設立し、騎士の育成に力を注ぎ始める。

 そんな現代には騎士の家系というものが存在している。例えば、戦時中に騎士としてその力を遺憾無く発揮し、英雄と呼ばれた男の末裔であったり、元々貴族で潜在的な騎士が多く産まれた家系であったりと様々な形で存在する。

 勿論、その家系に産まれたからと言って騎士になる事無く生きていく事は出来る。だが騎士の家系に産まれたからには、と才能が皆無で無い限りはその道を歩まざるを得ない。そんな世界で突然変異イレギュラーが産まれた。

 騎士の家系であるにも関わらず、騎士としての才覚を何一つとして持たずに産まれてしまった男の子。長男と同じ様な魔術の才能を、と期待されていたのに魔術適正は最低ランク。しかも属性は血縁関係者には存在していない雷。身体能力も同世代に産まれた子供達に比べれば貧弱そのもの。武装によっては騎士として雷という属性を活かせると思ってみたものの、齢五つの時に顕現させた武装は一振りの刀。何も拵が無い白鞘の刀であった。

 少年の兄弟は皆が派手な武装なのに何故この子はここまで地味なのかと頭を抱えてしまう程に凡庸そのもの。やがて両親は才覚の無い息子に失敗作の烙印を押して、他の兄弟に執着するようになったが誤算があった。

 少年に騎士というものを教えてしまった事である。幼い子供が簡単に諦め、捨てきれるような夢では無く、憧れに憧れて現実という物を受け入れられるワケがない。

 そしてそんな失敗作には他の兄弟には無い才能があった。他の兄弟には剣の才能、魔術の才能と色々持っていた。だが、失敗作だけが持ち得ていた才能。それは何か。一重に......不屈の闘志である。

 諦めきれないのだから成る。その為に必要な事は何か。足りない物だらけの自分に出来る事は何か。それだけを考え、只管に反復練習を繰り返した。身体能力を向上させる為に筋トレ、自分の魂である武装を使い熟す為に素振りと剣術の稽古、魔術を扱う為の知識と技術を磨いた。

 それを齢五つから教育機関に入学する為の試験までの十年間、我武者羅に繰り返した。馬鹿にされる事もあったし、虐められる事もざらであった。だが、それでも諦める事は無かった。

 諦めが悪く、それしか知らないのだ。両親が自分の事を無視して冷たい態度を取ろうとも使用人にストレスの捌け口にされたとしても、何があっても諦めなかったのだ。四季が移ろう中で、マメがいつの間にかタコになり、貧弱だった肉体は鋼の様な硬さを得た。剣術は学ぶ機会が無かったから我流で編み出した。魔術は一つの事を極めたせいで他が全く出来ない。基礎中の基礎しか出来ない。しかも練習中に感電した傷痕は齢十五となった今でも痛々しく残っている。そうして手にしたのは研ぎ澄まされた剣技と身体能力。そして平均以下の魔術。

 事前に受けた騎士適正検査での総合評価はランクD−の平均以下。入学もギリギリという判断が下された。

 そんな失敗作────上泉 景明かみいずみ かげあきの物語が始まる。


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 春。それは出会いと別れの季節。桜並木を歩きながら景明はとある学園の門の前に立つ。

 その学園は『国立騎士育成機関陣來じんらい学園』。最高峰の騎士育成カリキュラムに充実した機材を有する日本国内で最高峰と呼べる育成機関である。その学園の入学式の為に学園内を見学しながら目的の講堂まで向かう景明。


(成程、流石は国立の育成機関。かなり金を掛けたんだろう、良い設備が整ってる。でも、きっとこの学園にも差別はあるんだろうな)


 景明は自身の黒髪を揺らしながら廊下を進む。やがて講堂に到着し、指定されていた席に座る。最後尾に位置する自分の席を見て、席順がどういう物なのかを理解した。


(ランク順ね。俺の横にいるヤツもきっとDランクなんだろうな。D−なんて聞いた事ねぇし、多分俺だけか)


 なんて事を考えながら入学式の始まりを待つ。すると後からぞろぞろとやって来た新入生は全て前列へと座っていく。それはつまり、入学前の適正検査で平均もしくは平均以上と判断された騎士の家系産まれなのだと理解するのには難しく無かった。

 そこから入学式が始まり、理事長が壇上に上がる。


『えー、理事長の天津 御琴あまつ みことだ。新入生の君達にはおめでとうと賛辞を送るべきなのだろうが、生憎だが賛辞は無い。

 この学園は実力主義。考査で課された課題をクリア出来なければ退学となる。ここにいる多くの生徒の半数以上が卒業前に消えていく。そして勝ち上がった者だけが騎士として世に出ていく事となる。そんな君達に送る言葉はただ一つだけ。勝て、勝って頂に昇ってみせろ。......以上』


 会釈をしてから壇上から降りた理事長に景明は目が合う。昔からの知り合いである為、その一瞬で何を言いたいのかを理解して読み取る。


(終わったら理事長室に来いとはね......)


 直後、適正検査で首席を取ったであろう女子生徒が壇上へと上がる。その女子生徒はまさに女騎士と呼ぶに相応しい出で立ちをしていた。漆黒の長髪を一つに結び、微塵も隙を見せない歩き方をしている。

 そして上がると同時に募らせていたであろう苛立ちを解放させた。


『この入学者の中に、騎士ランクD−の落ちこぼれがいるという事を小耳に挟んだわ。落ちこぼれだという自覚があるのなら、この場から即刻立ち去りなさい!』


 学園首席の言葉に誰もが言葉を失う。反論しようにも実力勝負になったら負けると分かっているからだ。

 席順がランク順である事を理解している者が自分以外のランクを知らないから少ないのは仕方の無い事だが、前列の方でも早く名乗り出ろとキョロキョロと辺りを見回している。

 そんな状態にしびれを切らした景明は大きく溜め息を吐いて立ち上がると、壇上の前へと向かう。


「俺の事だ。アンタが探してる騎士ランクD−の落ちこぼれってのは」

『......何処かで見た顔ね、私の名前は藤宮 冬華ふじみや とうか。貴方の名前は?』

「......自分から名乗るとはね、落ちこぼれ相手でも礼儀は尽くすって訳か? 俺の名前は上泉景明」

『上泉......あの上泉家で間違いは無いのかしら?』

「あぁ。恐らく、ここにいる全員が一度は聞いた事がある。剣神上泉明久の孫だ」


 景明の言葉に冬華を始めとしたその場にいる全員が目を見開いて彼を見た。自分の眼前に映る男が最強の騎士と言われた男の孫であるのかと、それと同時にそんな偉大な騎士の孫が落ちこぼれなのかと。


『傑作ね。剣神の孫が落ちこぼれなのだから』

「あぁ、知ってる。もうかれこれ何十年も失敗作だって言われ続けて、居ない者だと思われて来たから。でもな、俺はここに不幸自慢をしに来たワケじゃないんだ。死んだ爺さんの願いの為にここに来た」

『願い?』

「この学園の天辺取って剣神祭で優勝する。それが爺さんの願いだ」


 冬華の言葉に頷く事もせず、淡々と自分の目的を話す。景明の目的を聞いた彼女は心底バカにしたように笑いながら言葉を返した。


『そこまで行くと無様としか言えないわね。この学園で天辺を取る? 学年唯一のAランクである私や学園最強の生徒会長に勝って? 現実が見えてないにも程がある』

「失敗は存在しない、成功する前に投げ出すから失敗なんだ。そして痛みを伴わない成長に意味は無い。どっちも死んだ爺さんの言葉だ。まだ短い人生しか生きてないけど、どっちもその通りだと思う。......例え死ぬ事になったとしても、俺は実現させてみせる」


 景明が宣言した瞬間、冬華は壇上から降りて景明へと自身の武装である剣の切っ先を彼へと向ける。


「そこまで言い切るからには大層な自信がお有りのようね? 私に勝てたら在籍する事を認めてあげる。但し、負けたらこの学園から即刻去ってもらう。どうせ落ちこぼれなんだから、考査で退学になるのと変わらないでしょ?」

「慣れてる事とは言え心底ムカつくんだよ、その落ちこぼれ発言は。だから今決めた。テメェは絶対、俺の目の前で跪かせてやる」


 こうして落ちこぼれ・失敗作とバカにされ続けて来た男と誰からも天才だと崇められて来た女の決闘が決まった。

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