第40話 路 -memory- (最終話)
ピンポーン
「陵だ!出なくてもいい!話を聞いてくれ!家にいるのはわかっている!」
大声を出す陵の声は、間違いなく家の中にまで聞こえていた。
その声に気づいたあたしは一階に降りて、カメラ付きスピーカーフォンのモニターをオンに切り替える。
姉は二階にいるから、その声は聞こえているはず。
「あの転機となった件について、新たな事実がわかった。その前に確認するが、あの件の原因となった
スピーカーフォンを通して聞こえてくる陵が何を言ってるのかわからない。
「知らないだろ?知っていたら今の態度は説明がつかない」
カメラにアップで映る陵の顔は遠ざかり、代わりに学生証がズームアップしてきた。
「これが君たちの言う、覚えているはずの
あたしはそれを見てハッとなった。
「………嘘…知ってる鼓亮の面影がある。それじゃ、まさかあたしは全く関係ない陵に濡れ衣を着せてしまったというの!?」
これまでずっと、どうにも違和感はあった。
住んでいるところは違っていたし、何よりずいぶん面影が薄かった…というより別人にしか見えなかった。
陵は今、初めて家に勉強会と称してお邪魔した時に見た卒業アルバムを思い出していた。
その中に
少し前。
「これは…」
先を歩く同年代と思われる男が落としたものは生徒手帳だった。
拾う時に摘んでいたのは表紙だけだったから、表紙以外のページがペロンと開く。
見ると、鼓亮という名前に気づく。
「まさか…いや、そう考えると辻褄が合う!」
「おっと、落としてしまったか。拾ってくれてありがとう」
「いや、気にしないでくれ」
鼓亮に生徒手帳を渡して、目を見る。
「ところで、
「…えっ!?なぜそれをっ!?」
目を見開いて驚く亮。
「やはりそうか」
陵は自分の生徒手帳を開いて亮に見せる。
「同じ…名前っ!?」
「文字は違うがな。自己紹介が遅れたか。俺は都月美陵。蝶名林彩と付き合っている。こうして君と出会えたのはまさに千載一遇、奇跡と言わざるを得ない」
「どういうことだ?」
陵は夕から聞いた蝶名林家の事故について話をした。
「というわけで、同じ読みの俺が君と間違われてしまったんだ。誤解を解かなければ、このまま彩とは自然消滅してしまうだろう」
「…そうだったのか。預かり知らぬこととはいえ、迷惑をかけてしまったようだ。僕にできることがあれば、協力するよ」
「今から蝶名林家に行く。一緒に来てくれ」
「彩!モニター見せて!」
足早に二階から降りてきた
「…この人だ!わたし、彩の彼氏になんてことを…!」
夕はそのまま玄関まで駆けてドアを開ける。
「ごめんなさい!何の関係もない都月美くんに濡れ衣を着せてしまいました!」
玄関ドアを開けて外に出ると、姉は陵の前で土下座をしていた。
「まさか同音異字の別人がいるなんて思わなかったわ!」
「頭を上げてくれ。誤解が解けたならそれでいいんだ」
膝をついて姉の肩に手を置く陵。
その隣には、鼓亮がいる。
「久しぶり。彩さん」
「亮…くん…」
この人が、あたしたちから両親と姉妹二人の記憶を奪った原因の人。
「そうか。僕があの人を助けたせいで、記憶と両親を同時に奪ってしまったのか」
ダブルつづみくんを招き入れて、ダイニングで話をしている。
「助けた…ってどういうこと!?」
夕姉がテーブルを叩きながら半立ちになって食いつく。
「あの事故は、赤信号に気づかず横断歩道を渡っていた御老体を、僕が抱えて助けたことが原因だったんだ」
「何よ…それ」
「そう反応するということは、全容がわかってないわけだ」
「だったら教えてよ。全容とやらを」
亮の言い分としては、全く偶然のことだった。
友達の家におじゃまするため、亮は先を急いでいた。
その途中で、気づいていないのか赤信号の横断歩道を渡っているご老体に気づく。
轢かれそうになったご老体を助けるため駆け寄ったものの、大型車がすぐそこまで迫っていて、あわや接触事故寸前。
必死にご老体を抱えて走ろうとしたけど、慌てていた亮は足がもつれてころんでしまう。
大型車は下り坂ということもあり、亮とご老体の前で停まるのは無理と判断してハンドルを反対車線側に切らざるを得なかった。
そして反対車線を走っていたあたしたち一家の車と正面衝突事故に至った。
大型車両の運転手は事故で全身不随となり、既に息を引き取っているという。
あたしの記憶と照らし合わせてみたけど、状況的に仕方ないとはいえ、後部座席に居たから目で見えていないことが多い。
けれども納得できることも多々ある。
家族でお出かけした日のこと。
両親は車の前座席に、あたしたちは後部座席に座っていた。
亮はあたしたちが乗った車の少し先で横断歩道を渡ろうとしていた。
その時、赤信号に気づかないで横断歩道を渡っている老人のところまで駆け寄り、老人を助けたものの、目の前まで迫っていた大型車両は、亮と老人を避けようとしたが間に合わず、ハンドルを反対車線側に切った。
そこにあたしたちが乗った車があり、正面衝突の事故となった。
後部座席からでは前の座席が邪魔で、目の前に広がる外の情報を得にくい。
それでも納得できる。状況を矛盾なく説明できる。
後はあたしたちが知ってることに移る。
事故後、偶然中途半端に聞いてしまった「赤信号で飛び出した『ツヅミリョウ』くんを避けようとした車が蝶名林家の運転する車と接触した」こと、そして検査入院していた鼓くん。その間でわずかに聞いた情報だけを頼りに犯人探しをした。あたしと姉は、あたしの彼氏が事故を起こした『ツヅミリョウ』と決めつけてしまった。
当時、近所に住んでいた鼓亮くんのことは接点があったから知っていたものの、表札を見たわけでもなければ名簿を見たわけでもない。
だから太鼓の鼓と書く名前であることは知らなかった。
記憶が薄れていたこともあり、ツヅミリョウ=今の彼氏と結びつけてしまっていた。
当時、記憶障害の影響で色々と整理しきれていない記憶があって、病院を退院後はその記憶すら曖昧になっていた。
「………そういう…ことだったの…」
「これじゃ…わたしたちは誰にこの憤りをぶつければいいの…?」
ガヤ、と玄関から話し声が聞こえた。
そういえば祖母の母、つまり高祖母が今日来るって言ってたことを思い出す。
「祖父母が帰ってきたようね。場所を変えましょう」
あたしと姉、陵と亮はリビングから出て二階にある自分の部屋に向かおうとしたその時。
「おや、君はもしかして…」
「あっ!」
すでに腰が曲がって杖を手放せない高祖母の問いかけに、亮くんが声を上げる。
「…まさか…さっき言ってたおばあちゃんのことじゃ…ないでしょうね?」
「その…まさかだ」
もう、あたしたちは言葉が見つからなかった。
複雑な心境というのは、こういう時に使うものなのだろう。
高祖母は確かに、あの交通事故が起きた付近に住んでいる。
実の父と母が住んでいた所から、さほど離れていない。
「お姉ちゃん…」
「もう、何も言えないわよ。まさかこんなオチだったなんて」
高祖母は頼りない足取りで亮くんの側に寄る。
「ずいぶんと大きくなったわねぇ…今でもあの時助けてくれたことは感謝しているわぁ…六年前のことだったかしらぁ…?」
「何を言ってるんですか。先週にすれ違いざまとはいえお会いしたじゃないですか。あれからもう四年も経ちますので、成長もします」
そんな話している二人の様子を見て、高祖母が命拾いしたことを知り、どこかスッキリしない胸のつかえを感じつつも、 もう亮くんを責める気にはなれなかった。
「そう…だね」
亮くんとお姉ちゃんは高父母と高祖母に捕まってしまいリビングへ、あたしと陵は外に出て歩きながら話をすることにした。
それと、両親が行きている間に起きた事故チューのことも思い出した。
小学校の頃、亮くんが近所で転んですりキズができてしまい、姉が家に招き入れて手当をしていた時のハプニング。
救急箱をテーブルに置いた時、バランスを崩して亮くんの方へ倒れてしまい、気がついたら唇が触れていた。
事故とはいえ、ファーストキスは鼓亮くん…だったこともやっと思い出す。
彼氏と二人で外に出て歩きながら話をする。
「あたし、記憶が戻ってからずっと悩んでたわ。彼氏の都月美陵が事故の原因を作ったと思い込んでいて、会わないよう避けてしまった」
「僕は心当たりの無いことを言われて、もしかして彩と同じく何かしらの記憶障害があったのではないかと疑ってしまったよ」
「ツヅミリョウ、なんて珍しい名前なのに、まさか違う字の別人がいたなんて、考えもしなかったわ」
「それは予想の斜め上だったよ。こんなこと、誰が予想できるものか」
二人で公園に差し掛かり、敷地に足を踏み入れてブランコに腰をかける。
「あたし、彼女失格ね。勝手に抱え込んで思い込んで陵を傷つけて、別人と分かった今はまた側にいて欲しい、なんて身勝手なことを思ってしまったわ」
きぃ、と少しブランコを漕ぐ。
「だから、あたしはもう恋なんてしない。こうして身勝手に誰かを傷つけるのは耐えられない。大切な人を傷つけないため一生独りで生きていくことにするわ。今までありがとう。これまでの思い出があれば、ずっと独りでも…大丈夫。もう、陵とは会わないようにする」
「連絡を散々拒否したあの態度を、悪いと思っているのか」
「うん」
「一つ聞く」
「何?」
「俺のこと、嫌いになった?」
「ううん。好きだから、傷つけたくない。だからこれ以上は一緒に居られない」
うちをでてからここまで、陵と目を合わせられていない。あまりに申し訳なくて。
はあ
陵は軽くため息をついてブランコを降りる。
「悪いと思っているなら、償ってもらおうか」
「生憎だけど、お金なら無いわよ」
目の前に来た陵とぶつからないよう、ブランコを止める。
「お金なんていらない。その代わりに」
すう、と少し大きめに息を吸い込んだ。
「残っている彩の時間を、全部俺にくれ。彩が俺を好きで居てくれる限り、その命が続く限り、ずっとだ」
真剣な眼差しをあたしに浴びせてきた。
やっと、あたしは陵の目を見た。
「…また、こうして傷つけるかもしれないわよ?」
「構わない。いくらでも傷つけてくれ。その傷すら彩の存在を確かめられる愛おしい証として受け入れる」
まっすぐ向けてくるその目に、一切の迷いが無ければ曇りも淀みもしてない。
「はぁ、負けたわ」
ブランコを降りて立ち上がり、目を閉じる。
「あたしが持っている時間、全部貰って。その代わり、今言ったことを後悔しても遅いからね?一生添い遂げる覚悟をして。あたしが目を開けた時に陵の顔があったら、嫌だと言っても一生ついていくわ。もし背を向けていたら、今のは無かったことにしてあげる。目を開けるわよ?」
「ああ」
薄目で前を見る。
陵の姿はそこにあるけど、前と後ろのどちらを向いているかはわからない。
「本当に、目を開けるわよ。準備と覚悟はいい?」
「ちょっと待った。やっぱ目を閉じたままでいて」
陵の意図することがわからず、あたしは開いた薄目を再び閉じる。
前を向くべきか後ろを向くべきかを迷っているのだろうか。
何か目の前に何かあるような圧迫感を感じて、無意識のうちに少し顔を引く。
チュッ
唇に、柔らかい何かが触れた。
同時に両方の肩を掴まれて、体を引くこともできなくなった。
頬を撫でる吐息がくすぐったくもあり、でも心地よくもある。
軽く触れるだけ、短いキスの後
「これが、俺の答えだ」
「もう…」
あたしは少し赤くなりながら目を開けると、陵の顔が視界を埋め尽くしていた。
「これからは、嫌だと言っても一生ついていくからね」
「望むところだ。むしろ俺から逃れられると思うな」
お互いにフフッと笑い合う。
記憶を辿った先が、必ずしも幸せな思い出とは限らない。
それでも、あたしたちはどんなことでもおぼえておきたい。
わすれたくない。
いまのじぶんが、じぶんであるあかしとしてむねにしまっておく。
それがあすのじぶんと、あいするひととの
-路(Memory)- 全40話 完
※本作は完結しましたが、番外編として不定期に残りの10話をお送りします。
路(Memory) 井守ひろみ @imorihiromi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます