第39話 落 -turning-
「
姉の
昨日、陵は気絶した彩をおぶって家まで来た。
「それでは、これで失礼します」
彩を部屋のベッドに寝かせたものの、できることは何もないから帰ることにした。
「大変だったでしょ。ありがとう」
「いえ、これくらいなんてことないです」
夕は玄関で見送って、彩の元へ行く。
「何があったんだろう…?お墓参りで倒れるなんて」
パチ
目が覚めると、とっぷりと夜の帳が下りていた。
喉が渇いていたから、リビングに降りていってコップに水を汲んで喉を潤す。
髪をまとめているバレッタの感触に気づいて、バレッタを外して手に取る。
「
ギリッと歯噛みして
「もう…会いたくない…」
ザボッ
ゴミ箱の上で、プレゼントされたバレッタを手放した。
何も食べる気が起きず、彩はそのまま寝てしまう。
翌朝。
「彩、目が覚めたのね」
「お姉ちゃん、おはよう」
姉が部屋に入ってくる。
「ところで」
言いつつ、あたしの机に何かを置く。
「
昨夜、水を飲んだ時に捨てたバレッタが置かれた。
「…………もう………いらないから」
「どうして?」
「見たくもないのよ!」
「あんなにラブラブな彼氏からプレゼントされたものを見たくないって、どういうことなの?」
「いいから捨てて!」
思わず声を荒らげてしまう。
「そう、じゃあこれは捨てておくね」
姉はバレッタを手に取ってポケットにしまう。
「ところでお向かいの
「何言ってるの?引っ越したのはこっちじゃない。當間さんは引っ越す前のお向かいさんでしょ」
しーん…
沈黙が訪れる。
「彩、もしかして…記憶が…」
「…っ!」
しまった!カマかけられてたっ!
「戻ったのね?」
「……………」
応えられない。黙ってうつむく。
「ということは、彼氏のことも思い出したのね?」
カタカタと体が震えだす。
「あたし…あたし……どうしたらいいのっ!?」
無意識のうちに姉の胸に飛び込んでいた。
「彩の記憶、ずっと戻らなければよかったのに…」
「教えて…教えてよ…あたし…どうすればいいの…うわああああああんっ!!」
止めどなく溢れてくる涙を、姉は黙って受け止めていた。
昼前
♪♪♪
メッセージアプリ「Direct」の着信音が耳に飛び込んでくる。
画面を見ると、陵の名前が出ていた。
「…陵…どうして…あたしと付き合うことにしたの…」
音量設定をミュートに切り替えて、ブーッ…ブーッと震える本体が黙るまで放っておいた。
「電源…切っておこうかな」
アルバイトは体調不良ということで休みの連絡を入れて、スマートフォンの電源をオフにする。
「あれ?」
陵はDirect通話を切った後、彩の電話番号に電話をかける。
『おかけになった電話は、電源が入っていないか電波が届かない場所にいるため、かかりません』
「電源、切ったのか…」
ツー、ツー、ツーと音が鳴った後、その音も切れた。
「まあいいか。この後バイトへ行く時に迎えへ行けば」
ピンポーン
陵はアルバイト先へ行く前に、彩を迎えに行く。
呼び鈴を押すとすぐ出てくる彩だったけど、今日は待っても出てこない。
ピンポーン…ピンポーン
「出ない…これ以上待つと遅刻する。仕方ない、向かうか」
諦めてアルバイト先へ足を向ける。
「え?休み」
「本人から電話があって、体調が悪いから休みになってる。それほど忙しくならない見込みだから、何とかなると思う」
店長から聞かされて初めて知る、彩の休み。
「何があったんだ…?」
誰にも聞こえない声で、不安に駆られる陵。
『おかけになった電話は、電源が入っていないか電波が届かない場所にいるため、かかりません』
アルバイトを終えてお店を出た俺は、再び電話をかける。
しかしまだ電源を切っているらしい。
「体調不良と言ってたから、寝てて電池切れにも気づかないってことか?」
そういえばお墓参りに行った時の彩は、頭痛に襲われていた様子だったな。
そのまま意識を失ってしまって、それ以後は彩と会えずにいる。
連絡しても出ないし、家に行っても出てこない。
ピンポーン
バイトを終えた後、電話がつながらないのは引っかかる。
帰りは遠回りになるけど、夜に再び呼び鈴を押す。
けど誰も出ない。
「まあ、体調不良なら仕方ないか」
明日は休みを入れてある。
また出直すか。
『体調不良なら、そう言ってくれればよかったのに』
とDirectのメッセージを送信した。
朝には既読が付くだろう。
翌朝
陵はDirectを開いたけど、既読は付いていない。
「一晩ずっと気づかずじまい、か。そんなに体調悪いのか?」
9時を回ったところで、家を出て彩の自宅へ足を運ぶ。
ピンポーン
今日は昨日と違って後の予定が入っていない。
状況がわからないままにしておきたくないから、出てくるまで粘ろうと考えていた。
ピンポーン、ピンポーン…
何度も呼び鈴を鳴らすも、出てくる様子がない。
一時間ほど粘ってみたものの、
家の中から様子をうかがってる様子もなく、単なる留守にしては違和感を覚える。
彩の自宅から離れて、あてもなく歩く。
「彩、このままでいいの?」
「わからない…」
自室でベッドに膝を抱えて座っているあたしに、姉の夕が部屋に入って立ったまま聞いてくる。
「別れるなら別れる。付き合うなら付き合うではっきりしたら?」
「…偽カノやめて本気で付き合い始めた時、お姉ちゃんが言ってたこと…やっとわかった」
陵と付き合うなら、後悔しないようにと言われたこと。
『できれば別れたほうがいいけど、このまま関係を続けるなら深い後悔が待っている、と言っても?』
お姉ちゃんは、あの時すでに記憶が戻っていたんだ。
「どうして…あの時、教えてくれなかったの…?」
「記憶がない彩に言っても無駄だと思ったからよ。それで、どうするの?今日も彼氏が来てたわよ。叔父叔母には出ないよう止めておいたけど」
「わからないわよっ!!自分でもどうしたいのかわからないっ!!考えても答えがでないのよっ!!」
「言っておくけど、このままじゃ自然消滅よ」
夕はそう言い残して部屋を後にした。
「少しおせっかいだけど、彩の彼氏には伝えておかなきゃ…」
小さくつぶやき、着替えを済ませて家を出る夕。
「彩のやつ、一体どうしたっていうんだ?」
陵は明らかに変わった彩の態度に戸惑いを隠せないでいる。
「ねえ、あなた陵くんだよね?」
ふと後ろからかかった聞き覚えのある声に振り向く。
声の主は彩の姉、夕。
「ちょっと来て」
呼ばれて来た先は人の気配がない河原だった。
「それで、何の用ですか?」
「単刀直入に言うわ。もう彩とは関わらないで」
「どうしてだ?」
「あなたが彩の彼氏でいることに関して、彩は悩んでいるの」
さら、と夕の長い黒髪が風に揺れる。
「わたしたち姉妹が記憶を無くしていたことは知ってるわよね?」
「ああ…って、過去形か。ということは記憶が戻ったんだな?それは何よりだ」
「すっとぼけてもらっちゃ困るわ。あなたがわたしたちにしたことは覚えているわよね?」
陵は眉間にシワを寄せる。
「本当に覚えてないの?」
「何のことだ?去年初めて出会ってから今日までのことを思い出してるけど、ハッキリと俺に非がある事は思い当たるフシがない。あるとすれば、外堀埋めて偽カノに仕立て上げたことくらいだ」
「去年初めて…?やっぱりあの件はよほど無かったことにしたいようね」
「あの件って何のことだ?その口ぶりだと去年より昔のことらしいが」
夕の眉がピクッと動いた。
「四年前のことをよく思い出して」
「四年前?」
グルグルと記憶を探る陵だが、やはり心当たりはない。
「ごめん、さっぱり分からない」
「いいわ。あくまでもとぼけるなら言わせてもらうわよ。四年前にわたしたちの両親とわたしたち姉妹の記憶を奪ったのは、あなたよ。あの頃とはだいぶイメージ変わったよね」
「俺が…?」
必死に四年前の記憶を探ってみても、やはりそれらしい出来事が思い浮かばない。
「正直に言うと、今すぐあなたを張り飛ばしたいわ。あんなことをしておいて、心当たりがないってとぼけるその態度が心底頭にきてるもの」
「ちょっと待て。俺は四年以上前からこの地域を動いてない。別の地域に居たという君たち姉妹とどう関係があるというんだ?」
「…そう、あくまでも認めないってわけね。なら教えてあげる。何があったのか、あなたがわたしたちから何を奪ったのか」
四年前。
彩は小学校、夕は中学校を卒業した春休み二日目を使って、家族旅行をすることになった。
車に家族四人が乗り込み、出発してまもなくのことだった。
反対車線に飛び出してきた大型トラックと正面衝突事故を起こした乗用車に乗ってた四人が緊急搬送され、大人の男女二人を診た医師は、首を左右に振った。
女児二人は、幸いにも打撲と
両親が持っていた身分証によって身元は特定されたものの、両親が他界してしまった今、警察に協力してもらって親族を探している。
女児二人は二晩を経て目が覚める。
「お姉ちゃん…」
「彩、ひどい格好ね」
あちこち包帯が巻かれているものの、痛みは引いていた。
「お姉ちゃんもだよ」
状況が分からなかったけど、病院にいることだけはわかった。
「お父さんとお母さんは?」
「別の部屋にいるのかも」
二人で連れ添って病室を出る。
ナースステーションに差し掛かり、姉が部屋の中へ声をかけようとした時
「
「まだ意識が戻ってないみたい」
「それにしても災難よね。道路に飛び出したツヅミリョウくんを避けようとしたトラックにぶつかられて、ご両親は亡くなってしまい、姉妹二人は意識不明だなんて」
っ!!?
ツヅミリョウ…!?
道路に飛び出した彼をトラックが避けて、それでお父さんとお母さんが…!?
「検査入院してたツヅミリョウくんはもう退院したんだっけ?」
「警察の人も来てたけど、事件性はないということだったはずよ」
ズキン…ズキン…ズキン…
頭痛がする。
姉も頭を抱えている。
加速度的に痛みが増してきて、やがて意識を失ってしまう。
「大変!蝶名林さんのご姉妹が倒れてるわ!」
気づいたナースが駆け寄ってきた。
次に目が覚めた時は、姉妹二人ともそれまでの記憶を無くしていた。
「というわけよ。月都美陵くん」
話を終えた夕は、乾いた冷たい声で締めくくった。
「…やっぱり覚えがない」
「単刀直入に聞くわ。何で彩に近づいたの?あんなことがあったのに近づいてくる神経が理解できない」
「人違いじゃないのか?」
「姉妹揃って二人が同じ記憶違いをすると思う?」
「四年前の春休みということは、小学校卒業の春休みか」
「わたしは中学校卒業の春休みよ」
ひゅう、と二人の間を風が駆け抜ける。
「彩に会っても苦しめるだけよ。彩のことが本当に大切なら、よく考えて」
夕は一方的に吐き捨ててきびすを返した。
「やっぱり、覚えがない」
足元の石を拾って、川に放り投げる。
「小学校卒業の春休み…俺は何をしていたんだっけ…」
ぐるぐると記憶を辿ってみる。
「あっ!」
ふと思い当たることがあり、ポケットからスマートフォンを取り出して電話をかける。
「親父、聞きたいことがある!」
『どうした?ずいぶん慌ててるようだが』
「俺は小学校卒業の春休みに何をしていた!?」
『なんでそんな事を聞くんだ?』
「重要なことなんだ!このままじゃ彩と別れてしまうかもしれない!」
『なんと!?。それは一大事だ!!しかし覚えてないのか?小学校の卒業式が終わったその足でまっすぐ
それを聞いた陵は、体中鳥肌が立った。
「だよな!?それが分かれば十分だ!」
陵は電話を切って、蝶名林家へ向かって足を進めた。
勢いで駆け出したものの、陵はふと冷静になる。
「小学校卒業後の足取りは裏が取れたものの、それではあの姉妹を説得するには弱すぎる。二人は事故の関係者が俺だと信じて疑ってない…どうすれば信じてくれる…?」
半ば呆然としながら歩く陵。
少し先を歩いている男が何かを落としたことに気づく。
「あの、落としましたよ」
陵は落とした生徒手帳を拾って少し先を歩く男に声をかける。
「僕か?」
振り向く男は、陵と同年齢と見られる。
「…これは!?」
手渡そうとしたときに表紙がめくれて、あることに気づいた。
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