第4話 時代の終焉

 ......私は、『人間』じゃなかった。

 逆巻く恐怖と混乱、そして疑問の渦の中でも、唯一その点だけは理解できた。

 今私は、車の中。黒コートの彼らはあの後、私の部屋を取り調べ、他の調査員が到着すると、私を連れて自分たちの車に乗り込んだ。

 私の部屋は、新しく来た調査員たちによって封鎖された。

 今なら分かる。最近、時たま新聞に載り小さな話題となっていた『人工知能規制法』違反者の逮捕件数急増の理由が。

 それを聞いたときは、好きで法律に抵触したがる変わった人もいるんだな、というくらいにしか考えていなかった。

 全て嘘だった。

 彼らは、罪人なのではない。

 その存在自体が、この人間世界において絶対的な「悪」だったのだ。

 私と同じように......。


 交通量のまばらな道を、コートと同じ真っ黒な車は、滑るように進んだ。

 通りすがったどの家の窓からも、平和で家庭的、幸せそうな明かりが漏れ出している。

 昨日までは私もその明かりの一部だったのに、今となっては何故こんなにも遠いんだろうか......? 

 その柔らかい光に、どうしてこんなにも心が乱されるんだろうか?

 二度と戻れない日常に、決して許されない幸せに、何で今更こうも恋い焦がれてしまうんだろうか?

 そしてその心の奥で、合金の心臓の中に、どうしてその儚い明かりに小さな憎しみを感じてしまうのだろうか?

 分からなかった。

 これまでの人生――いや正確には、人生と偽ってメモリーに挿入された、偽造の記憶。

 どこまでが現実で、どこからが虚構なのか?

 もし叶うのであれば、これも幻であってほしい。

 自分とは、一体何なのか?

 今まで私が成してきたことの全ては、偽物だったのか?

 私の存在自体も、人間の皮をかぶった偽物だったのか?

 人間、とはなにか?

 私は今とても、人間でありたかった。

 最も根本的な部分、今まで考えたこともないくらいに、明白だったはずの事実。

 打ち砕かれた。

 右手から突き出すワイヤーが、残酷に事実を突きつける。

 それでも――私は、ただ私はひたすらに、人間でいたいと願っていて、そして他方では、自分を迫害するような、そんな冷酷な人間などでいたくなかった。

 そして私はついに、一つの真実を理解した。


 「本当に、かつての記憶は残っていないのか?」

 運転席の黒コートがそう聞いてきて、私は無言で首を振った。

 「――そうか。まぁいい。本部に帰れば、お前の頭を割る方法はいくらでもある」

 それは明らかな脅迫だったが、私はその言葉にも無言だった。

 「目覚めたときのことは? 何か引っ掛かっていることはないか? お前の、『再生者』について」

 その問いに私は、質問で答えた。

 「こんな事件が、最近よく起こっているようですね。当局は、旧アンドロイド再起動の犯人を捕まえれたのですか?」

 「......まだだ。だがすぐに見つけるだろう。それで、私への答えは? お前の再生者に、何か心当たりはあるか?」

 「いいえ」

 私は一旦そう答えると、息を吸った。

 これから言おうとしていることは、おそらく彼らの気付いていないことだろう。

 言う義理もないのだが、まぁ、かつては『人間』の仲間だったことに免じて、教えてやろう。

 「あなた達、その『再生者』は大事に扱ったほうがいいわよ」

 私はわざと、厳しい口調で言った。

 車の中、三人全員の視線が一瞬、私に向いた。

 私は少しの間を置くと、こう言い放った。

 「こんな時代、すぐ終わる。秩序も何も無くなるわ」

 

 「それはつまり、どういう意味かな?」

 左の後部座席に座る黒コートが、質問の口火を切った。

 「文字通りの意味よ」

 「時代の終焉の予言、か」

 「分かりにくかったかしら?」

 「全く。もっと詳しく聞きたいね」

 私はもう一回息を深く吸い込むと、話し始めた。


 「あなた達『人間』の祖先は戦後、人工知能に頼り過ぎることの危険性を実感して、それを捨て去った、と言ったわね?

 でも、それは......、同時に、これ以上の進歩を放棄した、ということでもあるでしょう?

 同じ惨劇を再び繰り返さないように、自分たちの未来を自分たちで作るために。それは分かる。

 でもそのせいで、あなた達は今、自ら作った殻の中で腐り始めている。自己閉塞が、人類を蝕みつつある。進歩を拒絶した世界に待っているのは、どう足掻こうと怠惰のみよ。どの道、こうなるのは目に見えていたはず。ある意味、リーダーが言ったように「当然の帰結」よ。

 変わり映えのしない日々、延々と繰り返される無味な生活。そして市民が生きる意味を失ったとき、怠惰が秩序に取って代わるでしょう。

 どちらにせよ、人類は滅びる。違うのはその滅亡が、人工知能の管理下で起こるか、自らの手で作り出した環境下で起こるか、だけ。

 だから、今に生きる『再生者』の言うことは聞いた方がいいわよ。彼らの目には、未来が見えてる。開発、進歩、発展、成長、今や『人類』の失ってしまった全てが。

 私の言うことを、ただの残党アンドロイドの妄言と片付けてもいいわ。でも、かつて進歩が人類を滅ぼしかけたように、今は停滞が人類を滅ぼそうとしている。皮肉にも『歴史は繰り返す』わ。形が変わってもそれは同じ。

 そう思ったことは、この地位にいるあなた達なら、一度くらいあるはずよ」


 車内に、沈黙が降り立った。

 その、痛いほどの沈黙を破って――、リーダーが言った。

 「我々は既に、一度滅んだも同じだ。君の言ったようになるなら、それでもいい」

 「そう? 意外ね。人類の支配する世界に、執着はないの?」

 「勿論執着はある。だがもう、我々は諦めているのだ。そのことについては実際、今まで常に考えてきた。『再生者』のことについてもだ。

 君の言うとおり、人類は数百年の内に滅びるだろう。政府はもとより、市民たちも気付いていないだろうがな。だが前線を駆け回る我々にとっては、大きな悩みだった。

 所詮、人間の情報処理能力など、たかが知れている。だが『人工知能規制法』が世界を停滞させ、市民に閉塞感を抱かせているとしても、一度廃止してしまえば遠からず、復活した人工知能によって世界は150年前の混乱に巻き戻る。皮肉ではないか? 人工知能に頼らなければ自身の怠惰で死に、頼れば奴らに殺される。まさに前門の虎、後門の狼。今や人類に逃げ場などないのだな」

 首を動かさなくても、ミラー越しに見える隣のリーダーの顔は、今日一番に素の感情が出ていた。

 「それなのにこうして我々は、日々無益な仕事をするのみだ。残党アンドロイドを狩り、AI秘密開発者を逮捕し、そしてそれがさらに人類から進歩の可能性を奪ってゆく。ほんの僅かな可能性さえ刈り取ること、それが我々の仕事だからだ。そして今日もこうして、人類滅亡カウントダウンのアテンドをしなければならない。君を逮捕することで」

 流れる街灯の光が、リーダーの顔の上をすべっていった。

 彼は溜息をついた。

 「人類は、一体いつ過ちを犯したのだろうか? 分からないが、これだけははっきりしている。人類はこれまで、あまりにも多くを失いすぎた。もはや誰が『再生者』であろうが、この状況の前には無力なテロリストに過ぎない。『再生者』の捜索などもう無意味だ。人類はそもそも、人工知能と戦う前から既に敗れていたのだから」

 黒い車は、夜闇の中を滑るように進んでいった。

 それはあたかも、人類の未来を示唆しているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

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