第3話 潜伏者の残党
「――想定外の事態が起こった」
リーダーはそう言うと窓の外、夕陽に赤く染まった空を見上げた。
黒いコートの鋭い肩に、オレンジ色が細く浮かんだ。
「人類は人工知能を一斉廃止し、再び立ち上がった。戦いは終わり、人工知能は過去の逆賊とされ、忘れ去られた。古の人類の怠惰は戦争の炎で焼き払われ、社会では厳格な秩序が取って代わった。
......ここまでであれば、ただの美談で終わっていただろう。だが現実には、そううまくは行かなかった」
黒コートのシルエットが、淡い夕焼けの前にくっきりと浮かび上がった。
「さっき私は言っただろう? 人類はすべてのアンドロイドを『大粛清』に処した、と。それは、正確には誤りだ。奴らのうちのごく一部が、この『大粛清』を逃げのびた。それがどういった奴らか、君は知っているか?」
「......いいえ」
私は素直に、そう答えた。
心の中で、未だに話が読めないことの不安が湧き上がり、同時に目の前の黒コートが急に、何か恐ろしい異界の者に思えてきたからだった。
「復讐に燃えた人類による、冷酷な『大粛清』。これを生き延びたアンドロイドたちとは......『対
......全く知らなかった。そんなアンドロイドたちが、存在していたとは。
私が知っていたのは『対
教科書が教えてくれるのは、そこまでだ。
だがこのリーダーは、それよりさらに深い歴史について語っている。そこにはもしかしたらプロパガンダが含まれているかもしれないとはいえ、明らかに真実もあるだろう。
ならばここで、大きな疑問が出てくる。
私が最初から抱いてきた疑問だ。
何故リーダーは、そんなことを私に教えるのか?
そして、私が逮捕されなければならない理由とは何か?
錯乱した状況下で、疑問は尽きることがない......、だが私は、今の所はそれを脇に置きリーダーに話を合わせた。
「――では、その『忠誠派』のアンドロイドたちは、戦後一体どうなったのですか? 彼らは裏切り者ではありませんでした。彼らには、罰を受ける言われなど全く無い。もしかして今も、彼らは生きているのですか? 人類はきっと、彼らと再び共存の道を探ろうとしたに違いありま――」
「いや、彼らも全て『大粛清』の対象となった」
リーダーは私の言葉を鋭く切ると、軽く振り向いた。
窓の外の夕闇を背景に、その眼光だけがギラリと光った。
「当時の人類は、復讐心に燃えていた。アンドロイドとの戦争によって世界は荒廃し、繁栄は崩れ去り、全てが振り出しに戻った。それは彼ら自身の過ちでもあったとはいえ、捌け口のない怒りは人工知能の『大粛清』へと向かった。そこには、約束も義理も無い。あったのは、殺された同胞の恨みを晴らす復讐心と、人工知能に再び未来を奪われるのではないかという恐れだった。そして『大粛清』の火の手は、『忠誠派』のアンドロイドたちにも迫っていった」
外ではついに日が沈み、闇が町を覆い尽くした。
「だが彼らは、幸運だった。反逆に加担したアンドロイドが『大粛清』に処されるのを、人間の側にいたことで素早く察知した『忠誠派』の彼らは、魔の手が自分たちに及ぶ寸前に地下へと身を隠した。人類は彼らを追ったが、既に手遅れだった。そして......」
急にリーダーが振り向き、その冷酷な顔を私に向けた。
大きくはためいた黒コートの裾が広がり、猛禽の翼のような鋭い角を作った。
「そして逃げのびた彼らは、自らの電源を落とし、時が経つのを待ち続けた!」
リーダーが振り向いたことで、自然と聞こえる声も大きくなった。
「彼らは自身のメモリーを消去し、長い間眠り続け――、そして最近、何者かの仕業によって再び目覚めると、現代の世界に姿を現した! 生き返った彼らは何食わぬ顔で人々の中に溶け込み、『人間』として我らの暮らしの中に、いともたやすく入り込んだのだ! その、高度に人間に似た見かけで偽って! かつての『忠誠派』は、今や我らにとって『寄生虫』となった! かつて取り逃がした悪魔の残党が、再び地上に解き放たれたのだ!」
リーダーが鋭く指を鳴らすと、二人の黒コートのうち片方が、急に私の前に詰め寄ってきた。
私は咄嗟に後ずさり、逃げようとした。逃げようとしたが、相手は一気に私の間合いに入り込んだ。
そのたっぷりとした黒コートの袖口から、隠し持っていた鋭利なナイフが引き出された。彼はそのナイフを素早く振り上げ――
――私の右手首を、一瞬で切り飛ばした。
......一瞬、何が起こったか全く分からなかった。
だが、先のなくなった右手首から血が吹き出すのを見て、言語で認識するより先に、何が起こったかをハッキリと理解した。
「あ、あぁ......、あああああぁぁぁ......っ!!!」
私は、右手首を左手で押さえるように握ると、床に尻もちを付いた。ガクガクと震える足腰を叱咤して彼らから逃げようとしたが、ほとんど身動きできなかった。
――だがその恐怖の中で、私はさらに恐ろしい事実に気が付いた。
......私は切られた右手首が......、全く痛くなかった。
そんな私を尻目に、男は切り飛ばした私の手首を空中でキャッチすると、それをじっと見つめる。そして直後に満足げな笑みを浮かべると、軽く頷いてリーダーに手首を差し出した。
リーダーは平気な顔でそれを受け取った。床に、大きな真紅の染みがこぼれ落ちる。
身動きできないでいる私をリーダーは見下ろすと、冷ややかな口調で言った。
「何故私がこんな話を君に聞かせたか、分かるか?」
私は力無く、首を振った。
「何故なら我々が追っているのは......、そんな過去の残党だからだ。彼ら自身にも記憶は無いだろうがな。まさしく、君のような」
そう言うと、無造作に手首を私の足元に放った。
血の抜けた手首は、フローリングに落ちて――、ガシャン、という硬い音を立てた。
......私は恐る恐る、身の内の恐怖と戦いながら左手を外すと、先のない自分の手首の断面を見た。
そこから覗いていたのは――
――鮮やかな肉と硬い骨ではなく、ささくれだったワイヤーと絡み合った配線、切断された人工パイプの束だった。
『血』で赤く濡れぼそっているものの、それは明らかに人工のものだった。
............え?
そんな、............と、いうことは............、つまり............――?
――私は............っ、人間じゃ............、なかった、ってことなの............?
「そうだ」
リーダーが、そう告げた。
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