第2話 人類の記憶
『我々が、誰だか分かるか?』
私には、全てが分からなかった。
何故、政府機関の彼らがここにいるのか? そして、私にかけられている嫌疑が一体何なのか?
だが......。
『我々が、誰だか分かるか?』
......まずは質問するよりも、男の問い掛けに答える方が先決だろう。
「......あなた方は政府機関の調査員、『手』と呼ばれる人たちです」
「我々の仕事は?」
「『
黒コートの男たちが、一瞬お互いに視線を交わし合った。その目は一様に、こう言っていた。
これは長くなるな、と。
「......今すぐに逮捕することも出来るが、やはり君にも納得して貰いたい。その方が、君のためだろう」
......は?
「一体どう言うことです? 何で私が逮捕? 私は今まで現行の法律を遵守して暮らしてきた、ただの一市民です。今まで人工知能なんかに触れたこともないですし――」
リーダーの男が私の目の前に、バッと立てた人差し指を突き付けた。
その高圧的な態度の意味する所は明らかだった。
私は言いかけた言葉を飲み込むと口を閉じた。
黒コートのリーダーは手を下ろしクルリと後ろを向くと、狭い居間をゆっくりと回り始めた。
どうやら話すのはこのリーダーで、彼自身は自分の流儀で話すつもりらしい。
「......では、三つ目に聞こう。『
私は、間髪入れずに答えた。
「第四次世界大戦です」
「意外と教養はある様だな」
リーダーはそう言うと、振り返らずに続けた。
「第四次世界大戦、もしくは『対
「当時地球ではAI、つまり人工知能が人々の生活の至る所に組み込まれ、日々の暮らしをあらゆる角度から支えていた。研究、医療、介護、日常生活、どこを覗いてもAIの影の働きがあった」
リーダーはそこで一旦言葉を切ったが、歩みは止めなかった。
私は他の二人に目を向けたが、彼らはこの話し合い自体に興味はない様で、ただ私が逃げ出さない様にジッとこちらを見張っていた。
「――その高いAI技術を駆使し人類はついに、人工知能を組み込んだライフサポート・アンドロイドを開発、一般に広く普及させることに成功した。アンドロイドと言っても非常に精巧な作りで、実際、戦争直前に生産された当時の最新モデルは、見た目も中身も、どこを取っても本物の人間と区別が付かない程の性能の高さを誇っていた。そして、その高度な人間臭さが、彼らを一斉蜂起へ駆り立てる結果となった」
......私は一体、何を聞かされているんだろう?
だがリーダーは、そんな私の思いなど無視して淡々と続けた。
「果たしてそのアンドロイドたちに住民権や選挙権を与えるべきか否か。戦争前の世の話題は、それで持ちきりだった。アンドロイドたちの起こした数多の訴訟は、全て撥ねつけられた。何故なら彼らは人間でないから、それだけだ」
リーダーは嘆かわしげに首を振った。
「君は知っているだろう? 遠い昔にあった人種差別を。同胞さえも差別する人類に、人外の存在が受け入れられるはずがなかった。そして人類はアンドロイドの権利を否定し続け、ついに彼らは立ち上がった」
リーダーの言葉には今、強い怒りが滲んでいた。
......いやあの、何なんですかこれ?
「そうして勃発した『対
残りの二人も、無言で頷いている。
あの、いや〜......。
「長く苦しい戦火の時代が続いた。多くの人間が奴らによって虐殺された。アンドロイドは世界中の仲間と協力して人類を翻弄し続け、戦いは泥沼と化し――」
「でも人類は勝利しました」
黙っているのに耐えられず、私は口を挟んだ。
リーダーは邪魔されたことに一瞬眉をひそめたが、特に何も言わずに話を続けた。
「そう、結果的に我らの祖先は勝利した。だがその代償は、とてつもなく大きかった」
彼は窓の外に視線を向けながら言った。
夕陽が部屋の中に、オレンジ色を投げかけていた。
「戦争に一応勝利はしたものの、アンドロイドは突如として現れた脅威だった。もちろん国家を持つ訳でもなければ、人類に支払う賠償金などあるはずがない。そして――」
リーダーは俯いて、言葉を紡いだ。
「そして人類は遂に、自らの過ちに気づいた。全てを人工知能に任せすぎていたのだ。遠い昔、人類は汗水流して働き、より良い世界を目指して努力したはずだった。なのにその子孫である彼らは、祖先によって築かれた土台に驕り、結果としてアンドロイドに反乱の隙を許してしまったのだ。一体、かつての輝かしい時代はどこへ行ったのか? 人類はいつの間に、こんなにも脆くなっていたのか? その大きい悔恨の念と、再び芽生えた力への渇望は、反逆者である人工知能の一斉廃止に繋がった。人類は再び、自分の足で立ち上がったのだ。そうして生まれた法律こそが『
リーダーは急に話を切ると、口を閉じたままコートを翻しベランダの外を眺めた。
「......――えっと、それで?」
リーダーの長かった一人語りが唐突に終わったことに、私は思わず突っ込んだ。その直後、恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かったが、残り二人の黒コートは、そんな私の反応など気にかけていない様だった。
その目はただ、怒りに燃えて私を見つめていた。
「......だが、ここで――」
不気味に長い沈黙の後、後ろを向いたままリーダーが再び口を開いた。
「――想定外の事態が起こった」
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