早死女と夏の空

憧憬7ミリメートル

早死女と夏の空

「おねーさん、なにしてんの?」


天原羽映が公園で自分よりいくらか年上であろうその少女を見つけたのは暑い暑い夏の始まり。

燦燦とした陽の光を意にも介さず、ただ日向の木に寄りかかって街を見ていた。

日陰から見ていると、ふと顔を彼女に向け手を軽く振り来ることを促す。

天原が声をかけると少女は自らを鏡味と名乗り、天原がやったように見つめた。

「……貴方は」

「私? 天原羽映。好きなように呼んでくれていいよん。で、なにしてるの?」

鏡味はただ見てるだけだといわんばかりに目線を上げてからそっと口を開いた。

様々な病気を併発していること、このままいけば夏の間には死んでしまうこと、療養としてこの街に来たはいいが何もわからず飽きてしまったこと、とりあえず外を見て夏を感じていたこと。

なにかやりたいことはないのかと天原が聞くと、鏡味は照れたように女子高生っぽいことをしてみたい、と言った。天原は目をぱちくりとさせ間髪入れずに伝えた。

「じゃあこれから毎日遊ぼ!いや、毎日は暑いし疲れるから土日の間にしよう。そうだ、おねーさんと連絡先交換していい?遊ぶ時間とか決めたいし、平日も話したいから」

鏡味はふ、と軽く笑った後[鏡味]とユーザー名の書かれた、初期設定のままのそっけないメッセージアプリを開いた。


まずは天原の通う高校の制服に似た服を探しに行った。

白いシャツに明るいチェック柄のスカート、ラインの入ったネクタイにカーディガン。あれは違う、これも違うと話しながら、全体の色や形の流れが似ているものを選んで、いわゆる双子コーデというものにした。

店を出たあと、鏡味はふわりとスキップをするように歩いた。それを見た天原も嬉しくなってつられてスキップをしながら帰った。途中、自撮りをした。鏡味はうまく笑えていなかったけれど猫耳のスタンプのついた写真の中の彼女は少し微笑んでいた、気がした。


電車で少し遠くの町まで行き、自転車を借りた。

鏡味をキャリアに座らせ、落ちないように抱き着かせ、天原が漕ぐ。

二人を乗せた自転車は海の見える坂道をぎゅいぎゅいと進んでいく。

登頂まであと半分ほどというところ、小さな店があったので休憩も兼ねてアイスを買った。すでに溶けそうなそれを持ちながら木陰へ避難する。

「女子高生ぽいかはわかんないけど、なんか青春じゃん?」

天原は笑いながら言った後、はっとしたように手に垂れてくるアイスだった液を慌ててなめとった。


ちょっと気取ったカフェに行った。鏡味がたどたどしくドリンクを頼み、天原は鏡味と同じものを慣れたように頼んで、二人で机に行く。

鏡味は淡い色のふわふわしたそれを物珍しそうに観察し、ストローに口をつける。が、一気に吸ってしまったせいか喉も口蓋もじーんと冷えてしまい当分飲み込めない。

「かわいいねおねーさん」

「これが?」

「それが」

今度こそ、と構えて吸いなおす。甘ったるくて、奇妙な食感。二人はじっくり堪能して灼熱地獄に挑んだ。


平日の夕方、天原からメッセージが届く。

[この人私の好きなアイドルなんだけど、すごく可愛くない?]

鏡味はアイドルに疎くまったくと言っていいほど知らなかった。かわいいね、と短く返信すると、大量の画像や動画サイトのリンクなどとともにまたメッセージが届いた。

[でしょ!? こんなに可愛いのに声低くてかっこいいんだよ~~これおすすめのやつ! 見てみてね!]

動画も含めてすべてに目を通していたら、あたりは夜になってしまっていた。

私も彼のことが好きになってしまったのかもなあ、と思いながら鏡味は眠りについた。


プリクラを撮りに行く。近所にある小さなゲームセンターにある、最新型より少し古いもの。

二人ともアイドルの髪型と同じ。鏡味は長い髪を下ろし、数束をとってみつあみにした。天原は軽く襟足を外側にはねさせた。

事前に行う操作をすべて行いモデルのプリントされたのれんのようなものをくぐるとき、それを見て鏡味はそっとつぶやいた。そして天原はそれを聞き逃さなかった。

「……羽映ちゃんのほうが可愛いのにな……」

「えっもっかい! もう1回お願いします!!」

「やです」

「そこをなんとかあ~えっもう5秒前なの!?」

盛るには十分な性能だったが撮り慣れていない鏡味はポーズを取り損ね、天原はそんな彼女のほうを向いていたせいで二人とも映りは悪くなってしまった。

可愛いがよくわからない柄のスタンプで飾り、前の自撮りのほうが綺麗に撮れてたかもね、と出てくるのをいとおしそうに待つ。

鏡味は目線の合わないそれをそれはそれは大切そうにスマホケースに挟んだ。


もう晩夏も近づいたので近所で行われる夏祭りに行くことになった。

着付けに不慣れなせいか少し不格好な浴衣で練り歩く。

かき氷、綿あめ、たこ焼きにビーフステーキ、鈴カステラ。どっさり抱えて歩く鏡味が療養中の病人なんて誰が思うだろうか。

境内の石段に座り、一通り食べる。天原も負けじと買い込み食べこむ。最終的には味に飽き、互いに分け合って食べることになった。

「私がやったみたいなことはだいたいやったけど、他にやりたいことってある?」

「恋愛かなあ、……キスとか、その先とかも。ドキドキしてみたいっていうか……」

りんご飴で唇がてらてらしていやに綺麗だ。

キスか、天原はしばし思案して口を拭う。

「おねーさん、してみたいって言ってたでしょ? 私は男じゃないからこれより先はできないけど、これで許してね」

触れるだけのそれは甘酸っぱい砂糖の味で、案外ぬるかった。


帰った後の夜、天原は好きでもない女にされるなんて嫌だよなあ、と冷静になって考えていた。メッセージが来ないのも仕方ない。

見ると寂しくなるから、極力開かなくて済むようにしてスマホを閉じる。

結局あれから一度も鏡味に会うことはなかった。

いつも待ち合わせ場所にしていた公園にも、今まで行ったどんなところにもいなかった。

もともと療養のために来ていたといっていたから当たり前といえば当たり前のことではある。

鏡味は真夏の暑い日の幻覚みたいだ。一緒に撮ったプリクラにも、自撮りにも確かに映っているのに、まるで天原にしか見えないみたいな気がしてならない。

久々にメッセージアプリを開く。鏡味だったユーザー名は[空夏]に変わり、背景はこれまでの写真のコラージュになっていた。

ずるいなあ、背景だけならまだなんとか耐えられたのに。そんな綺麗な名前、見上げるたびに思い出してしまうだろう。

天原は炎天下の中しゃがみこんだ。

夏の終わりが告げられる。空は出会った時と同じ真っ青で遠い空。目がちかちかするのを気にせず、ただ遥かを望んでいた。

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