メリーさんがお前の元へ
春海水亭
ぜってぇお前の後ろに行くからな
「私、メリーさ――」
瞬間、俺はスマートフォンの電源をたたっ切って、ゴミ袋の中に入れると金属バットを何度も振り下ろして粉々に破壊した。粉々になったスマートフォンは
スマートフォンの破片が入ったゴミ袋の口を締めながら、俺は今後についてを考える。別に未来について考える理性を失ったからスマートフォンを破壊したわけではない、未来について考える理性があったから俺はスマートフォンを破壊したのだ。
さて、メリーさんの電話――そんな都市伝説についてご存知だろうか。
ある事情でメリーさんという人形を捨てた少女のもとに電話がかかってくる。
「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」
「私、メリーさん。今、貴方の家の近くにいるの」
メリーさんは徐々に距離を詰めていき、そして最後にこう言うのだ。
「私、メリーさん。今、貴方の後ろにいるの」
少女がどうなったかは定かではない。
そもそも、その話が伝わっている時点で少女は元気に生存しているか百パーセントの作り話の二択であるが、誰かの作り話であるからといって、自分にとっても虚実になるとは限らない。俺は今日、実際メリーさんを捨て――そして、俺の電話にメリーさんからの電話がかかってきている。
誰かのいたずらなわけがない。俺がメリーさんを捨てたことを知る人間はいない。
さて、都市伝説の少女は怯えることしか出来なかったが、俺は違う。
メリーさんからの着信は物理的に拒否した。
それがなにかの救いになるかはわからないが、少なくとも相手にイニシアチブを握らせておく気はない。
俺は金属バットを何度も素振りし、メリーさんに備える。
さぁ、メリーさん――次はどう来る。
瞬間、窓ガラスが派手な音を立てて割れた。
部屋の中に投げ込まれたのは――スマートフォン、それも既に通話モードに入っている。
不味い――俺は投げ込まれたスマートフォンを金属バットで叩き割ろうとしたが、メリーさんの電話の方が早かった。
「私、メリーさん……今、最寄りの駅にいるの」
メリーさんが言葉を終えると同時に、振り下ろした金属バットがスマートフォンを破壊する。どうやらオカルト的な防御性能は無いらしい、極普通のスマートフォンだ。
しかし、不味いことになった。
俺の住居は最寄り駅から徒歩十五分、距離にして1.2キロメートルである。
つまり、メリーさんの遠投能力はスナイパーライフルの有効射程距離に匹敵するということである。そして俺の家の窓に正確にスマートフォンを投げ込むコントロールの良さ。
都市伝説の通りにメリーさんに接近を許すのは不味い。
だが、距離を保ったところで生き残れる保証はない。
単純に殺害しようというのならば、投擲武器はいくらでもメリーさんの足元に転がっている。
俺は一か八かノートパソコンを起動し、国際的通販サイトを開く。
それでも、相手は一応はオカルト存在である。
そもそも、殺すだけならば先程の遠投で俺の頭部をぶち抜いておけば良かったのだ。ならば、電話で予告した上で俺の背後に立って初めて殺害できる――否、そうでなければ殺害できないと仮定する。
だったら、俺のするべきことは――国際的通販サイトへの注文が終わると同時に、わざわざ割れていない方の窓ガラスから俺の部屋にスマートフォンが投げ込まれる。恐怖新聞じゃねぇんだぞ。
「私、メリーさん……今、駅前のサイゼの前にい――」
「すいませーん、宅配でーす」
俺は玄関に急ぎ、ひったくるように荷物を受け取る。
とんでもない配達スピード、これが国際企業の力だ。
俺はダンボールを引き裂くように開き、部屋中に破片をぶち撒けながら中のものを取り出し、設置する。
それと同時に、窓ガラスの開いた穴を狙ってスマートフォンが投げ入れられる。
野球をやっていれば、間違いなく歴史を塗り替えられたであろうその球速と制球能力は、今俺の部屋にスマートフォンを投げ入れるためだけに使われている。
「私、メリーさん……今、サイゼの隣のつぼ八のカウンターの前にいる、る、る、る、る、る…………る、る、る、る……」
狂ったようにスマートフォンから異音が立ち上り、やがて音が聞こえなくなった。
ひとまずの勝利に俺は胸をなでおろす。
俺が通販で取り寄せたもの――それは軍用ジャミング装置だ。
メリーさんであろうとも、使用しているものは通常の電話回線。
そうであるならば、ジャミングで通話自体を断ち切れる――俺の予想は正しかったようだ。
それと同時に通販サイトでこんなものが売っていることに薄ら寒い感覚を覚えるが俺はその感覚をあえて無視する。
さぁ、諦めるかメリーさん。
それとも、次なる手を仕掛けてくるか。
俺が金属バットを振り回していると、インターホンが鳴った。
カメラを見れば、作業服を来た二人の男が立っている。
「すいませーん、業者のものですけど」
「は?業者?」
「この部屋に固定電話をすごいスピードで設置してくれって、大金積まれて頼まれまして、はい」
「……考えやがったな!」
電波を妨害するなら、固定電話で直接メッセージを伝える。
だが、その対処方法もまた、簡単なものだ。
「帰れ!」
「はぁ」
「玄関は絶対に開けねぇぞ!」
「しかし、ですね……」
カメラ越しに男が笑う。
気がつけば、もうひとりの男の姿は消えている。
「既に作業は終わっているんですよ……」
「なっ!」
振り向けば、そこには固定電話が設置されている。
そして、割れた窓から退室していくもう一人の男。
インターホンでの通話はブラフ――作業員の目的は俺を引き付けて固定電話を設置することだったのか。
「では、ありがとうございましたー」
あまりにも迅速な仕事に目眩を覚えながら、俺は中華包丁を探しに台所へ向かう。
固定電話はジャミングに対する耐性がある――だが、アナログ故に電話線を切断してしまえば、それだけで通話は無効化出来る。
取り付けたばかりの固定電話が鳴り出すが、俺は慌てない。
そもそも都市伝説の少女と違って、受話器を取らなければいいのだ。
「あばよ固定電話――――ッ!!!!」
鳴り続ける固定電話をよそに、俺は電話線に中華包丁を振り下ろす――その瞬間、窓から投げ込まれたモノに気づいた。
「なにィーッ!!!!!」
豆腐だ。
豆腐が窓から投げ込まれ、受話器に命中し――電話機本体から外し、通話を開始させた。
敵ながら恐るべき頭脳だ、メリーさん。
メリーさんの球速ならば、生半可なものを投げ入れれば受話器ごと電話を破壊していただろう。だが、豆腐ならば受話器に命中しつつ、それでいて受話器を破壊せず、強制的に通話を開始させることが出来たというわけか。
そして俺は、あまりの出来事に動揺し――電話線を切断する手が遅れた。
「私、メリーさん……近所のファミリーマートにいるの」
「うわぁ~~~~~~ッ!!!!」
電話線を切断した頃には、既にメリーさんからのメッセージは終わっていた。
しかも、さっきまで駅前でダラダラしていたのに急激に距離を詰め始めている。
おそらくあと二回か三回で、俺の背後に立つつもりだ。
だが、二度目の固定電話設置を許すつもりはない――次にやってきたら、殺してでも止めるつもりであるし、いざ設置されたとしても、次は動揺せずに電話線を切断することが出来るだろう。
と、なれば――次は何で来る。
その時、俺はある予感を抱き――もう一度通販サイトで注文すると、金属バットを構えた。
瞬間、窓から猛スピードで投げ込まれるスマートフォン。
その目的は通話ではない――スマートフォンは電話だけでなく、その硬度でジャミング装置を破壊することも出来る。
「ウォォォォォォォッ!!!!!!」
だが、そうはさせない。
俺は金属バットを振りかぶり、投げ込まれたスマートフォンを思いっきり打ち返した。手がじんじんと痺れ、その手から金属バットが落ちる。
だが、スマートフォンはこの一撃で終わりではなかった。
金属バットを再度持つ力は残されていない。
再び襲来したスマートフォンがジャミング装置を粉々に破壊した。
「私、メリーさん……今、貴方の家の前の携帯ショップにいるの」
ジャミング装置を粉々に破壊したスマートフォンからメリーさんの声が響く。
つまりは機種変しほうだい、残弾はいくらでもあるということか。
あまりにも絶望的な状況下に、それでも俺はニヤリと笑った。
「宅配でーす、ジャミング装置千台お持ちしましたー!こんだけジャミングするって外患誘致系の方ですか?」
俺はリボルビング払いを利用して、通販サイトから取り寄せることが出来るだけのジャミング装置を補充する。
相手が壊せるというのならば、壊すことが出来ないだけの量を用意する。
おそらく経済的には破綻するが――生きていればどうにでもなる。
「さぁ……次はどう来る?メリーさん……」
ぎぃ、という音がした。
玄関の扉がゆっくりと開いている。
だが、そこには誰もいない。
足元を見れば、紙コップが転がっている――その紙コップの先には細い糸。
「糸電話……だとォ~~~~~~~~ッ!?」
「私、メリーさん……その糸の先にいるの」
俺は糸を切断し、糸の先を見る――そこは。
俺の後ろだ。
メリーさんがお前の元へ 春海水亭 @teasugar3g
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