パーソナリティ 📻
上月くるを
パーソナリティ 📻
あえて広くとってあるガラス窓の向こうにはだれもいなかった。
当たり前だ、あれだけのことを仕出かしたんだから。((+_+))
むかし……といってもつい数年前まで、真冬だって十数人のファンがいてくれた。
それに、ここはメイン駅近くの繁華街じゃなくて、リンゴ畑のなかのJAの一室。
さらに、電波といっても一般のラジオと有線放送では月とスッポンの格差がある。
その事実をピシッと痛く思い知らされながら、三十分番組をなんとか終了させた。
ほっと上げた視線の先、色づき始めたリンゴ畑の向こうで女性が手を振っている。
スポーツウェアかと見紛うような派手な色彩は、畑の持ち主のキョウコだった。
🍎
あのころの自分、ほんとどうかしていたと思う。
風船みたいに舞い上がって、世間を舐めていた。
少しばかり人を笑わせるのが好きでそれを職業にしたかった平凡な男が、どうした手ちがいか、ある日とつぜん、キャーキャー言われるようになって自分を見失った。
そりゃあ錯覚するよね、どこへ行ってもファンと名乗る人たちがいて、サインだの握手だの求められてチヤホヤされれば、実力と勘ちがいするんじゃないの、ふつう。
正直、いまでも思わないではないが、あの悪魔的なマジックに引っかかった自分が阿呆だったのだ、ライバルの罠に陥ったこともふくめ、お話にならない馬鹿で……。
🪟
時計の針が逆まわりするような偶然で、某県のラジオ局からお呼びがかかるまで、高層ビルの窓拭き、警備員、建築作業員 etc.……いろいろな下積みで食いつないだ。
パチンコ店や大型スーパーの早朝清掃や品出しバイトでは、煌びやかに飾り立てた店内とは打って変わって簡素で色彩の乏しいバックヤードの屈辱も存分に味わった。
それもこれも、いつかはピン芸人として世に出てやる! という野心に支えられて堪えて来たが、いまから思えば、一度として地に足の着いた仕事をして来なかった。
ふとしたことをきっかけに、縁もゆかりもなかった陸奥でひょっこり伸びた芽に、ラジオやテレビから引き合いが来て、あっという間に地方版アイドルになっていた。
同世代や若い女性にうけたのは、適度なイケメン、適度なインテリジェンス、適度なチャラ男、適度なやさしさ、適度な強引さのせいと、だれかが分析していたっけ。
👚
実力より高く昇らされ、いきなり梯子を外されたというと他者のせいみたいだが、すべては自分の選択した道であること、もういやというほど痛く痛く分かっている。
――ねえ、あんた、もしヒマだったら、うちの畑、手伝ってみるかい?👩🌾
気づけば周囲にだれもいなくなっていた自分なんかに声をかけてくださったのは、リンゴ園を経営している初老の女性だった、もちろんファンでもなんでもない……。
農業は初体験だったし、ずっと顔も腕も上げていなければならない果樹園労働は、外から見るよりずっときつかったが、植物や土との触れ合いは、無性に楽しかった。
――人間なんてさ、みんな弱いものなんだよ。( *´艸`)
しくじったら何度でもやり直せばいいさ。(/・ω・)/
それまで何も言わなかった女性が、自分が手入れしているリンゴの木の下に来て、ぼそっとつぶやいたのは、大事に育てて来た実が紅色に変わり始めたころだった。
その女性はタダモノではなく、リンゴ園や稲作をしながら有線放送の経営や子ども食堂、シングルマザーのサポートにも積極的に関わっている地域のリーダーだった。
ごく限られた地域を対象にした有線放送のパーソナリティなんかになり下がった。
そんなことを言うやつには言わせておけばいい、自分はこの仕事に全力投球する。
今度こそ地に足を着けた生活をして、恩人の期待にしっかりお応えするつもりだ。
捨てる神あれば云々というが、自分にはド派手なピンクのウェアが女神に見える。
パーソナリティ 📻 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます