流れ星の降る街

霞 茶花

第1話

 薄氷を割るように、それは容易く地を裂いた。太陽の子のように世界を温かく照らすそれは、まだもうもうと煙を吐きながら、今しがたクレーターと成した研究所の残骸中で燻っている。


 焦げ臭い、金属と肉の焼ける臭い。逃げる間も無く共に焼かれた、機材と人の一部。

 しばしの瞑目の後、ヴァリカは再び報告書へと視線を戻した。今回のは、特に酷いものだ。研究施設や王都に直撃した例の中でも、研究棟丸々吹き飛ぶと言った事例は、ヴァリカも聞いたことがない。


 それに、ここ二百年は減少傾向にあったのに、本当に悪夢のような災難だ。


「ヴァリカ、顔色が悪い。代ろうか?」


 振り返ると同僚のエイバーが立っていた。彼の方こそ、随分と酷い顔だ。目立つ負傷こそ無いようだが、白衣は所々破れており、ほつれた糸には泥と埃が絡まったままで。


「大丈夫よ、エイバー。私の仕事だから……。あなたこそ、研究室が」

「ああ、潰れちゃったね。まあ、こんな大規模な研究所だし、狙われるのは覚悟してたよ。俺も、こいつらも、さ」


 ただ淡々と、素っ気ない素振りでそう言うと、エイバーは辺りを見回した。濡れた眼では、ぼんやりとしか見えないだろうに。

 けれど、誓うように、祈るように、彼は眺めていた。


「……」

 そんな姿がただただ無性に悲しくて。俯いて、ヴァリカは、滲み始めてしまった報告書の文字を追う。




 観測員である彼女の役目は、このの記録と報告。

 いつからかは、わからない。けれど確かにわかるのは、今は、空は支配されているということだ。幾星霜も空からの一方的な攻撃に、世界は耐え続けている。

 彼らの攻撃は、燃える岩礫の投射だ。肉眼では到底追えない、彼方から放たれるそれらの精度はひどく悪い。しかし、岩礫が石ころほどの小さな欠片であろうと、甚大な被害を生んでしまう。




は、私たちにとって、どこまでも凶悪な攻撃だったのだ。




「俺が、必ず解明してやる。そして、みんなの仇を……!」

「エイバー!」

 青ざめた空へ吠えるエイバーを、悲痛な声音でヴァリカは遮る。

「違う、違うよ。エイバー……」

 ヴァリカは顔を苦悶に歪めていた。まるで、何かを伝えたくても伝えられないというように。




 例え攻撃の正体に辿り着いても、その研究は秘匿され、研究員は新たに観測員へと昇格される。

 ヴァリカは観測員。エイバーは研究員。




「……そうか、知ってるんだったな。ヴァリカ。辿り着いたのか……」

「……」

 それっきり、ヴァリカは何も応えなかった。


 静かな時間が流れて、

「大丈夫。ちょっと言い過ぎただけだ。仇討ちなんて、みんな望んで無いよな」

 ぽつりと、エイバーは呟いた。

 





 最初から、おかしいと思っていた。






 エイバーは空を見上げる。地に揺蕩う煙を追う。

 その軌跡を辿れば、

「忌々しい、空め」

 それは空へとつながっている。









だって、あれは、



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流れ星の降る街 霞 茶花 @sakushahosigumo

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