サンニンの葉

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サンニンの葉

原城はらぐすく按司あじは、代々天気を視る家系であった。

尚徳王の時代から福建で風水を習った先祖が暦の知識と併せて独自に編み出したその気象予測の技法は、間切まぎりの人達から重宝されてきた。

以来、その家は間切の者全員から尊敬され、地主として確固たる地位を築いていた。


時は大正、琉球という島が「」に変わって幾ばくか経った頃、

原城家は、故人の葬儀を執り行っていた。

原城トキ子、齢九十八。カジマヤアの祝いが済んで、気象予報―、「アマユタ」の業務を今年で十四になる孫のタチ子に受け継いだ矢先。大往生であった。


「トキ子お義母様…。」

母のミネ子がすすり泣いているのを横目に、タチ子は静かに座っていた。

遠い親族が最初に葬礼に来て、次は間切の人達の番であった。


そんな中、東の方に住んでる上田家の者が葬礼の番になると、を置いて、拝んで帰って行った。


タチ子はふと周りを見た。母や父からはただならぬ雰囲気と、直後に並んでた人達からは居所が悪いような、面食らったような顔をしていたのを感じ取った。


後日、原城家にて、

タチ子は、先代のトキ子の残した物から、これからのアマユタに必要や神具を整理していた時の事である。


「そんなこと、俺らが変わりゃ良いだけだろうが!」


何やら、父の部屋で喧嘩している声が聞こえた。

アマユタを執り行う部屋、タチ子の部屋からは離れているので、相当なようだ。


しばらくして、タチ子の部屋にズトンと、音を立てて入ってきた。


「―もう、びっくりしたぁ……。」


「本当に……。バカバカしい。」

入ってきたのは、タチ子の兄、晴吉であった。


「どうしたの?晴吉兄ぃ。」

「……上田んとこ、いるだろ?トキ子婆ぁの時に『サンニングワァの魔除け』出した。」

「うん。」


晴吉は怒り、呆れて事実を述べる。

「あっち、村八分にするって、親父が言ってた。」


タチ子は急な話でびっくりした。

「えぇ?……なんで?」


「そうか……お前は知らんよな……。アマユタの事ばっか教えて貰って。」


月桃サンニンは虫も寄せつけないしカビもしない。だからいつもサンニンで編んだ笠は新品に見える。……そんで、葬儀の時には縁起が悪いってんで出さねえのが礼儀なんだ。それに……『』っつったらもうそういう事じゃねえか。」


文脈の間をタチ子は何となく受け取る。


タチ子はうんうんと頷いた。

が、その次にまた疑問が湧く

「じゃあなんで上田さんはそんな事したの?」


晴吉はこの間切の事に関してはなんでも知っている。


間切を周っては、村人の悩み事を聞いて解決したり、アマユタの結果を皆に知らせていたり、とにかくアマユタの事ばかりで箱詰めにされていたタチ子とは違って、自由に、それでいて頼もしい兄の事は尊敬していた。


「上田さんとこはな……。不漁だったんだ。」

一瞬躊躇って狼狽し、もういいかと話を続けた。

「―元々八重山ヤイマの方に流されて尚泰王即位の恩赦で戻されてこっちに来てからは、皆して犯罪者の子孫だっつって邪険に扱ってよ、畑の土地もやらねえで、仕方がない上田さんは漁をするっつっても、度々嫌がらせにあったんだ。」


タチ子は手で口を被せた。

「そんでこっちに直談判したときがあってさ、『この状況を何とかしてくれ』って。んでも親父は取り合わなかった。腫れ物に触りたかねえんだろうな……。それで毎日食うもんにも困って、……そうしたんだろ。」


行き先も名前も知らない感情に苛まれたタチ子は震えあがった。が、天気を知るだけの自分には何もしてやれないことを知り、落ち込んでしまう。


「どうにか方法はないのかな……。晴吉兄ぃ……。」


晴吉は、思いがけない事を口にした。

「―俺、親父と縁切る。」


「えぇっ!?」


「あれほど言っても聞かねえなら、縁切って上田の面倒見たほうがマシだろ。」


「ねぇ!ちょっと待っ……。」


舌の根も乾かぬうちに、襖を開け、閉めてはいなくなってしまった。

数秒の静寂に、何やらタチ子は悪い予感がしたのだった。


それからというもの、晴吉の失踪の件はしばらくの間、原城家の間で聞かないことはなかった。

晴吉はどこに行った。人売りにでもんじゃあないか。大和ヤマトゥの憲兵を呼んではどうだろうか。


憶測、措置、ありとあらゆる話し声や怒号、泣き声が部屋越しに聞こえたが、ついに晴吉が見つかることはなかった。


もちろん、タチ子自身も尋問もどきのようなものを受けた。だがしかし、タチ子は、知っていることを明かすと、それはそれで晴吉の覚悟を台無しにしてしまうのではないか――、と、この事は墓場まで持っていこう。そう決めていた。


そして、晴吉失踪から二年後―。


タチ子はいつものように明日の天気を見ていた。

アマユタの儀式は夜遅くに執り行われ、明日の早朝にて女中に知らせる。それまでは原城家のものは誰も部屋の中を覗いたり入ったりしてはならないという禁忌がある。


「明日は……。雨か……。」


神事が一通り終わると、縁側の方の襖にて何やら物音がしていた。

―誰かが、入る……。


タチ子は身構えた。気配的には、と感じ取っていた。


「失礼します……。」

消え入るような声でそっと、みずぼらしいをした男が入ってきた。


「っ!」


「…あっ!静かに……。タチ子様、上田の良夫よしおと申す者です。晴吉さんの事でお話が……。」

突如来た知らせに、驚きとこの先の別の驚きで、タチ子は固唾を飲んだ。


「晴吉さんが、お亡くなりになりました……。」


「え……?」

あまりの事に脳が追いついていけなかった。


「いつものように不漁で、晴吉さんが夜な夜な海に潜っていたのを、サメに内臓を食われてやられました……。晴吉さんが、『何かあったら妹のタチ子のところに行け。』とおっしゃられましたので……。」


タチ子は思わず外を出た。咄嗟のことで良夫さんに案内してもらって、兄の遺体がおかれているところまで急いで案内してもらった。


「うぅっ……。」

タチ子は兄を見た。右の横腹をもろに持っていかれて、口からも体からも血を吐き出して、眼が光っていない、あの世に行ってしまった殻がそこにあっただけであった。


あまりのむなしさ、報われなさにタチ子は兄を抱えるように泣いた。


やや落ち着いたところで、良夫は話を切り出した。

「ウチの親たち、先祖たちは、あなたの祖母のトキ子様にとてつもない御恩がありました。」


うなだれていたタチ子は、良夫の方を見る。

「いろいろ、返しても返しきれない御恩です。やがて、うちのご先祖様がやらかして八重山に流されるときも、『終わったらここにおいで』と優しく声をかけてくださったのがトキ子様だったそうで……。」


良夫は続ける。

「それで、トキ子様がお亡くなりになられたとき、ろくに渡せるものもありませんで……、わずかながらのお礼として、いつまでも変わらずにトキ子様に悪い霊が来ませんようにとのまじないで、サンニンの魔除けを葬礼に送りまして……、あとから晴吉さんに聞いたときはびっくりしました。ははは……。」


タチ子は失望してしまった。恩を、情けを知らないものはここまで残酷になれるのか。


「……、とりあえず、晴吉兄ぃのお墓を作りましょうか……。お墓くらいは作っておかないと、あまりにも報われない……。」


良夫はひとまず晴吉の体を荼毘に付し、遺骨を集めて掘った穴に埋めた。


「―お墓はトキ子祖母様のように立派にはできないけど、大和のお墓のように石を立てましょう。」


簡易的にお墓を立てると、とりあえず良夫とタチ子は手を合わせて、頼もしかった兄を、己の恩人を弔う。


「……でもこれだと何だか、晴吉さんにおこられそうですな。」

すこし自嘲気味に良夫は言う。


「そうですね……。」


すると、タチ子は閃いた。


「そうだ!良夫さん、サンニンはあるかしら?」


良夫はきょとん、としてしまう。

「ウチの家の近くに生えてますけど、失礼なんじゃあないのですか?」


「いや、そういうのじゃあないですよ。『庇』を編んで祠みたいにするんです。サンニンの葉は、ので。」


そうして編み、墓にかぶせるように置くと、


「もうこんな時間……。」


東の浜から日が昇ってきた。


「あぁっ…すみません!自分のせいで……ただでさえ間切の人たちに迷惑をかけてるのに……。」


「私は大丈夫ですよ。兄を弔うときぐらい、ゆっくりしていたいんですもの。それに……。」


夜に見た通り、雨が降ってきた。が太陽は出たままの天気雨であった。


「しばらくは村の皆は、外に出れないと分かっておりましたので。」


悲しくも、すっきりとした朝。

報われないのならどうか、せめてぎりぎりまでいてもいいんじゃあないですか――。


一つ、これを読んでいる現代の諸君に歴史の話を。

原城の間切は先の大戦による男手の減少と工業地帯計画のための退去により、住民は激減し、原城というかつての按司の名は皇民化政策によって変えられその末裔は静かに生きているとか、生きていないとか、


しかし、工業地帯のはずれ、面影もなくなった浜の近くではサンニンの祠に覆われた小さな石の柱はまだ残っている。


足しげく通っている一人の老人が、サンニンで編んだ庇を変えて祠を手入れした日には、決まって天気雨が降るとのうわさがあると言う。

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