エピローグ3/3

――それから、宴のような騒ぎが続いた。


お料理対決の勝利に感極まったキンシコウがヒグマに抱きついて「なに寝ボケてるんだ」と顔面をボコボコにはたかれる。

真っ赤にはれ上がったキンシコウの顔を見たリカオンは、せきを切ったように笑いが止まらなくなって、黒セーバルもつられて一緒に笑い転げてしまった。

お互いに笑いすぎて涙が出たのを見て、それがおかしくてまた爆笑が続いた。


黒セーバルはサーバルともすぐに友達になれた。このサーバルもやっぱりサーバルだった。

女王はあれからヒグマとまた喧嘩を繰り返していた。どうもそれが丁度良い距離感だったらしい。

そんな二人を見つめるマーゲイの眼鏡が光っててちょっと怖かった。


観客席にいた沢山のフレンズ達が黒セーバルを遊びに誘ってくれた。

ボール遊びが始まろうとしたところで、黒セーバルはひとりで観客席へ行って座ってしまった。

遊びと映画鑑賞は違うことに気づいた時には、皆に不思議そうな顔で見られていた。

それから、赤チームと青チームと観客チームに分かれて遊んだ。

観客チームは黒セーバルの驚くほど早口で楽しそうな試合実況に大盛り上がりだった。


野生のセルリアンが乱入してきたこともあった。女王がしっしと手で追い払う仕草をすると、すごすごとどこかへ行ってしまった。

女王が「周波数が合わなくてもなんとかなるものだな」と言っていたが黒セーバルにはよくわからなかった。

ただ遠くへ消えていく野生のセルリアンの背中を見ていると少し寂しい気持ちになった。

「適材適所だ」とだけ言われて、自分がここにいる意味を考えるようになった。


他にも数えきれないほど沢山の出来事があった。


オーロックスをはじめとした腕自慢達がサンドスターロウかけご飯で度胸試しをしたり。

タイリクオオカミの怪談話を「その現象は起こりえない」と女王が話の腰を折ったり。

トキとショウジョウトキのリサイタルが始まる前に女王と一緒にこっそり耳栓を観客席に置いてまわったり。

そこをフェネックに見つかってしまったけど、アライグマには秘密で共犯になってくれたり。


めくるめく喧騒の中で黒セーバルは思う。

お母さんがいなかったら、ここで起きた出来事はきっと半分もなかったはず。

お母さんが変なことをして自分が止めなきゃいけない時はちょっと後悔もするけれど、ここお母さんがいないよりはずっと良かった。

今日は本当に沢山の失敗をしたけれど、女王をお母さんにしたことだけは間違ってなかった。


それは、かばんが私を助けたからできたこと。

もう少し前には私もかばんを助けたし、かばんは誰かを助けようとして私に出会った。

もっと前にはサーバル達が私を助けようとしてくれたから、私がいる。

お母さんも、お母さんの好きな人もきっとそうだ。

助けた誰かが誰かを助けるから、ずっと今まで続いている。


ここにいる皆が壮大な繋がりの末に、こうして出会えたことが奇跡みたいに思えた。


黒セーバルは輝く今この時を噛みしめるように、母親と一緒に食卓を囲み、皆で笑い、共に騒ぎ、やがて眠りに着いていった――。



――――



――冷たい夜風に吹かれて黒セーバルは目を覚ます。

木造の天井が見える。どうやら騒ぎ疲れていつの間にか眠ってしまったようだ。


心地良い気怠さに包まれながら、これが“映画”の中ではないことを確かめようと視界の外に手を伸ばす。

何も引っかからない。これは現実だ。


あたりを見回すと、部屋の角で女王が毛布をかぶって寝息を立てていた。

博士と助手に図書館の本を読み聞かせていたのだろう。平積みになった本の山の隣でフクロウの二人も仲良く毛布にくるまれて眠っている。


再び夜風に吹かれて体が震えると、ふと疑問が浮かぶ。

寒気を感じているのは自分のフレンズの部分なのだろうか、それともセルリアンの部分?

考えてみても答えは出そうになかったので、まずこの寒さをなんとかすることにした。


女王を起こさないように、同じ毛布へそっと入る。

芯まで冷えていた手足を溶かすような熱が伝わってくるが、まだ少し肌寒さがあったので女王に身を寄せてみた。

毛布とはまた違った熱が伝わってきてぽかぽかする。

この熱は、女王が好きな人の願いを照らすために輝こうとして生まれてきたものだと黒セーバルは知っている。

フレンズの部分とセルリアンの部分の両方が安心するような気持ちになった。


外に目をやると、遠く暗い夜空がキョウシュウの彼方まで果てしなく広がっている。

目を凝らせば地平線のむこうがわが陽の輝きに染まり始めていた。

もう少し時が経てば、明日が始まる。


「明日が始まる」

……ひどく懐かしく響いてくる言葉だった。

自分が大好きな"映画"の大半は、眠りにつくシーンで終幕する。明日は始まらない。

それがまるで己の境遇と重なるようで、おかげで後ろを見ながらでも少しずつ前に歩き続けられたのだと思う。

ずっと、ずっと。明日のない世界で、明日の思い出を残したくて、再び生きようとしてきたのかもしれない。

保存と再生。あまりにもセルリアンらしい言葉が今の自分をつくっている。それが誇らしく思えた。


――そうだ。明日を迎える前にやり残したことを思い出した。


日記を書こう。



黒セーバルは日記帳になる手ごろな冊子が近くに見当たらなかったので、女王が大事そうに抱えていたカコの日誌を奪うことにした。

眠りを妨げないように女王の胸からこっそり抜き取る。

起こすと面倒くさいことになりそうだったが、大丈夫。本人から気付かれずに奪うのはセルリアンの得意技だ。


日誌を開くと、本来の持ち主のものと思われる記述が何ページも続いていた。

女王の筆跡らしきものはない。代わりに、持ち主の記述を何度も指でなぞったような跡がついていた。

「ここはお母さんの好きな人の場所だ」そう思ったので、余白に書き足すのではなく次の白紙のページから自分の日記を書くことにした。


日誌に備え付けられたペンを取って考える。何から書こう。

今日起きた出来事はあまりにも多すぎる。

そもそも今日がいつからなのかが曖昧だった。

記念すべき第一歩なのだから、そのあたりはちゃんとしたい。

それに直前のページまで続いていた日誌の文体がカッコよかったので、できればマネしたい。

カッコいい思い出にカッコいい文章は絶対に似合うと思う。でもどうすればカッコいい文になるんだろう?

考えれば考えるほど、考えることが増えていく。

頭の中の贅沢で欲張りな反省会が進んだ分だけ筆は進まなかった。


そうこう想いを巡らせているうちに、毛布と女王の熱でウトウトと眠気が蘇ってくる。

ちょうど新しい朝の輝きに包まれた頃、ついに女王にもたれかかって寝てしまった。


結局、今日の日記はたった一文だけ書いて終わっていた。




『セーバルとセルリアン女王が群れの仲間になりました』









けものフレンズ ~むこうがわ~

エピローグ「郷愁の彼方」 おわり

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