エピローグ2/3

『第1回 キョウシュウ最強お料理対決〜〜!!』


『さあいきなり始まりました第1回キョウシュウ最強お料理対決!司会はこれまたいきなり司会を任されて勢いのままなんとかな〜れ!となっているわたくしマーゲイがお送りしますうっ』


舞台は変わって図書館。

かばんの提案により、あの調子のままケンカをすると怪我をしそうで危ない(特に女王の尻が)ということで、料理の腕前で勝負を決めることになった。

火山から料理設備のある図書館へ皆でぞろぞろと移動していく光景に、なんだなんだと見物に集まってきたフレンズ達が次第に増えに増え、到着する頃にはさながらPPPライブの会場のような規模に膨れ上がっていた。



『青コーナー……。守ったフレンズは数知れず、倒したセルリアンはもっと知れず!我らが頼もしき最強セルリアンハンタ〜〜……ヒグマ!!』


ワアァァァァァ!!

ぱちぱちぱちぱちぱち

キャ〜〜〜〜!!ヒグマさーーん!!


『赤コーナー……。突如火山の中から出てきた謎の美女、その正体はななななんと!言葉が話せる最強お母さんセルリアン!ジョーオーさーん!』


がやがや がやがや

ざわざわ ざわざわ


『ええ、みんなが驚くのも無理ないわ。火山から出てきたセルリアンが実はバツグンの美女でしかも娘を守るために孤独に戦う決意を胸に秘めた最強のママでバツグンの美女だなんて、ちょっと属性盛りすぎよね。さすがの私も最初はビビったわ……』


いやいや いやいや

ちゃうちゃう ちゃうちゃう


『え、そこじゃない?セルリアンだから私達を食べたりしないかって?美人だから大丈夫だと思ってたけど……ど、どうなんでしょう?』


美女に弱いマーゲイは今さらな質問をマイクと共に女王へ向ける。


「心配無用だ。私の体はこの世界で最も強く美しいヒトの体を完璧に再現している。

 だからジャパリまんじゅうは食べてもお前達を捕食することはない。

 もっとも、食べようとしたところで出来るのはこうして歯型を付けることぐらいだがな」


女王はそう言うと、マーゲイの耳たぶを甘噛みした。


『美女は世界を救うぅーーーーッ!!』


突然興奮するマーゲイ。

なんだかよくわからない熱気に当てられ沸き立つ観客達。

とにかく不思議で面白い奴がやってきたぞと会場のテンションはガンガンに登り詰めていった。



そんな中、ヒグマだけは真剣な表情を崩さずにいる。


押し黙り、ただひたすら頭の中で自問自答を繰り返している。



「どうして、あの場で熊手を振り下ろさなかった?」



「どうして、尻を蹴るだけで済ませた?」



「アイツが背中を見せていたから?正々堂々と戦いたかったから?」



「違うだろ」



「わからなくなったからだ」



「自分そっちのけで口喧嘩をしてじゃれあう2人のセルリアンを見て、わからなくなった」



「セルリアンは、仲間達を言葉の通じない動物に戻す。セルリアンもまた、言葉が通じない」



「でも、あの場で一番言葉が通じてなかったのは……自分だ」



「あのまま熊手を振り下ろして、アイツを言葉の通じないものにさせていたら……自分は、動物なのか?セルリアンなのか?」



「いや、フレンズですらない何かになっていたのかもしれない」



「そうならないで良かった。これで良かったんだ」



それでも、どうしても、あのセルリアンに見せられた世界の中で。

かつて守れなかったはずの仲間に向けて。

その時は身につけてなかったはずの手料理で。

食卓を囲み、皆で笑い、共に騒ぎ、やがて眠りに着く。

夢と呼ぶにはあまりにも生々しく平和な日々。

それが、また奪われた。

同じ仲間を二度も奪われた。

二度と奪わせはしないと何度も決意を固め直してきたのに。

自分の弱さがすべて奪わせたんだ。

自分が強くなくては、自分の弱さが許せない。


それ以上はうまく言葉にならなくて、思考はふりだしに戻る。


自分が最も強ければ、それですべて済むはずなのに。


後悔、生存、友人、平穏、喪失、挫折、想起、悔恨……。


永遠という名の罠に囚われてしまったかのように、堂々巡りを繰り返していく。




『それでは二人とも、“これは特別だ!“と言える料理を一品、作ってちょうだい!審査員3名から票を多く集めた方が勝ちよ!』


マーゲイの声にヒグマはハッとする。


そうだ、悩む必要なんかない。

ハッキリとした答えが一つあったじゃないか。


自分には博士達にもまだ秘密の料理“ハチミツ最強カレー”がある。研究に研究を重ねて辿り着いたこの美味さは間違いなく特別で最強だ。

これで完全勝利をもぎ取って、あのセルリアンをギャフンと言わせてやって、「完敗ですごめんなさいあなたがサイキョーです」と言わせてやって、完璧にスッキリしてやる!!


兎にも角にも、ヒグマはたいへん執念深かった。



――――


「“特別”……な料理」


女王はひとりつぶやく。


腕組みをして首をやや傾け、思考を巡らせる。


「カコの願いを叶える」その目的達成に関わらない出来事には、ほとんど興味を抱いたことがなかった。

そんなシンプルな人生の経験から、料理に関する情報をどうにかたぐり寄せようとしている様子だ。


「……手はある」


勝利の算段がついた女王は、マーゲイを呼びつける。



「“電子レンジ”はあるか?

 “冷凍食品”もだ」


「えっ、なにそれ?食べ物……の話?」



そんなものはない……。


この世代のフレンズ達の中でも機械設備に特段詳しいマーゲイの返答を見れば明らかだった。


「万策尽きたか……」


女王は空を仰ぎ、ため息混じりにつぶやく。


女王がカコ博士として再現世界の中で過ごした日々、その中で実践に至った料理らしい料理は「レンジでチン」だけだった。

料理そのものに興味はなかったが、冷凍食品は他の料理と比較してたいへん効率的な料理だと感心した覚えはあった。

よくアニマルガールが過剰なまでに非効率なコストをかけた手料理を処理させようと押しつけてきていたが……その時に作り方を聞いておけばよかったのかもしれない。


大事なことが判るのは

いつも何かが起きた後。

どうしてこんなことになるのだろうか。

しかしそんな後悔をしている暇はない。

なぜなら私はお母さんだからだ。


その時、“お母さん”という単語に関連付く経験から、ひとつの“特別”な料理の存在に気づく。


そうだ、悩むことなどない。

ハッキリとした答えが一つあったじゃないか。


「答えろ、ここで料理に一番詳しいのは誰だ」


早急にマーゲイを問いただす。


「ええっ。それは、まあ、ヒグマさんだと思うけど……」


踵を返して一目散にヒグマの元へ向かう。


ちょうどエプロン姿になり料理の支度を始めようとしているヒグマに怪訝な目で迎えられる。


「あ?なんだよ。料理の邪魔でもしに来たのか?」


「それも考えたが、それでは良くて引き分けだ。私はそんなことしない、お母さんだからな。戦いには勝つ」


「はぁ?じゃあ何しに来たんだよ……」


「……よし、お前は白米を使用する料理を出すのだな。米の炊き方を見せろ。今から覚える」


「何を言うかと思えば……勝手にしろ。だけどもうひとつの鍋は見るなよ?材料もだぞ?」


「心配無用だ。私の料理にそのような不純物は必要ない」


ヒグマは鬼のような形相を見せたかと思えば、それから一言も発さず自分の料理に集中してしまった。

女王も黙ってヒグマが米を炊く様子をただただ観察し続けている。


気が付けば料理対決が始まったはずなのに、実際に料理の支度を進めているのはひとりだけという異常事態になっていた。

司会進行のマーゲイとしては問題ないのだろうか?


「……強い女がふたり。同じ作業を黙々と見つめ続けてる……。アリね」


問題ないようだ。



――――


ここは審査員席。


フレンズ代表のアフリカオオコノハズクこと博士。

どっちも代表のかばん。

そしてセルリアン代表の黒セーバル3名のテーブルがそれぞれ用意されている。


博士は、助手のワシミミズクと何やら話をしている。


「博士、ずるいですよ。ヒグマの新作料理もそうですが、高い知能を持つセルリアンの作る料理とはどんなものか……私だって食べてみたいのです」


「ずるいだなんてとんでもない。これは長として公平な判断を下す立派な務めなのですよ」


ふたりとも半日前までは女王と全面対決を繰り広げたこともすっかり頭から抜けて、いつもの調子で食い意地を張り合っていた。



その隣のテーブルで、かばんがサーバルと話をしてる。


「かばんちゃん、審査員頑張ってね!かばんちゃんならすっごい審査、きっとできるよ!」


「頑張るのはヒグマさんと女王さんだから……。でも良かった、これで誰も怪我しないで済みそうだよ」


実際はヒグマと女王は一触即発の状況なのだが、かばんは思いつきの後はなんとかなるだろうといつもの調子で楽観的な様子だ。



さらに隣のテーブルで黒セーバルは……。ひとり椅子の上で縮こまっていた。


会場に集まった大勢の観客の物珍しそうな視線を感じる。

ちゃんとフレンズらしくふるまえてるだろうか。慣れない注目に晒されて緊張が止まらない。

見るのは好きだけど、見られるのは好きじゃないかもしれない。

それに隣のテーブルからはサーバルが自分の方を見ている。

どうしよう、あのサーバルとも友達になれたら嬉しいから、話しかけてほしいけど、話しかけてほしくない。

今は頭の中が不安でいっぱいで、うまくフレンズらしくできる自信がないから。


誰とも目を合わせずに済みそうな場所へ視線を泳がせてみると、そこには黒セーバルにとって一番の不安の種が米を炊く鍋を見つめていた。


不安の種こと女王は、絶妙にヒグマの邪魔になりそうな位置で米を炊く鍋を凝視している。

やがて目線を鍋からヒグマへ移すと、何かひとこと伝えてから自身の調理場にスタスタと歩いて戻っていった。

対するヒグマは今にも噛み付きそうな顔を見せながら、しっしっと追い払うジェスチャーをしている。

少なくとも女王が伝えた言葉は「ありがとう」ではないことはハッキリわかった。


女王……いや、お母さんの中に不安というものは無いのだろうか?

その揺るぎなさが少し羨ましく思えた黒セーバルだった。

が、ヒグマのツンケンした態度を見れば、アレは不安が無いのではなく「単に周りが見えていないだけ」なのだろうとすぐに思いなおす。


逆に考えれば、自分はちゃんと周りが見えているから、こうして不安を感じてれてるのかもしれない。

黒セーバルは自分を不安にさせていた視線達が少し好きになれた気がした。


――――



「できたぞ!」


それから間もなくして、ヒグマの料理が出来上がった。


「おぉーっと!先に料理を仕上げたのはヒグマ選手です!はらぺこは最高のスパイスとも言いますが、やはりベテラン!先攻を取って有利に立つつもりかーッ!」


マーゲイの実況が鳴り響く中、ヒグマはてきぱきと審査員達それぞれのテーブルに皿を並べ、綺麗に炊き上がった白米を盛りつけていく。


「ふぎぎ……!」

「ぐぬぬ……!」


辛抱堪えきれなくなったのだろうか、助手は博士とスプーンの取り合いを始めていた。

もう二人にはどんな料理が来るのかわかっているようだ。


「かばんちゃん、これって……!」

「……うん!」


かばんとサーバルも察しがついていた。それは二人にとっても"特別な料理"の香りがしたからだ。


そんな中、黒セーバルだけが何が来るのか検討がついていなかった。


“むこうがわ”の世界で過ごした日々、映画に映される食事風景を見ながらの食べるマネであれば何度もした経験はある。

しかし実際に食べ物を口にしたのは遠い昔のこと。

まだ元のセーバルから分離する前に、カラカルから奪ったジャパまんが最初で最後。当然、カレーの香りなど知る由もなかった。


それでも、黒セーバルはこの香りをすぐに好きになった。


ヒグマが別の大鍋を抱えて持ってくると、たった今好きになったばかりの香りが一段と強くなる。

ヒグマがフタを開けると、鍋から沸き立つスパイスの熱風が黒セーバルの顔を撫でる。

鼻孔を満たす香料の嵐が未知の世界の想像を駆り立て、口の中によだれが溢れる感覚を生まれて初めて覚えた。


「あっ……!」


鍋からお玉ですくい上げられたカレーを目にした瞬間、思わず声が漏れてしまった。

トロリと皿に流し入れられたカレーは星空のようにキラキラと輝いて見える。

本当にこれを自分の好きにしていいのだろうか?もしかしてまた“映画”を見せられてるんじゃないか?

確かめてみよう。視界の右上や左上に引っかかるものがないか、手を伸ばしてみる。何もない。これは現実だ。


「おいおい。見るだけでバンザイするほど喜ぶのはいいけどさ、冷めないうちに食べてくれよな」


ヒグマは嬉しそうな表情で黒セーバルに言った。


しまった、カレーに見惚れて周りが見えなくなっていた。

黒セーバルは周囲に意識を向けてみると、どうやら他の審査員にも既に配膳が済んでいるようだった。


博士と助手は、一つの皿に盛られた二人分のカレーを、一つのスプーンを使って代わりばんこに食べている。


かばんは、スプーンにすくったカレーをふーふー冷ましながらサーバルに食べさせようとしている。


みんな、楽しそうだな。

映画鑑賞気分でそんな思いにふけっていると、なかなか食べ始めない黒セーバルを見かねてヒグマが話しかけた。


「……もしかしてお前、食べ方がわからないのか?」


「ううん、大丈夫。私、ひとりだってできるよ」


マネが得意でよかった。


スプーンでカレーをすくい上げ。

ふーふーと吹いて冷まして。

そのまま口に運ぶ。


ただそれだけの、単純な動作。

途方もない、幾千もの時を費やしてたどり着いた、ごく単純な動作によってもたらされたもの。


ただそれだけで、黒セーバルは今日まで生きていたことに心の底から感謝した。


ああ……これが「おいしい」というものなんだ。



「……どうだ?」


ヒグマに聞かれてハッとする。

感想を言わなきゃ。フレンズらしく、審査員らしく。ちゃんとしたことを言わなくては。


「……こ、これ。好き……」


しまった、全然ちゃんと言えてない。

食べる練習は散々してきたくせに、感想を相手へ伝える練習をする発想が持てなかった自分に呆れた。

もしお母さんが見ていたら詰めが甘いと説教してくるだろう。想像の中でも全く言い返せないのがまた悔しい。


「だろ〜!いやーお前が味のわかる奴でよかったよ」


黒セーバルのおろおろとした胸中とは裏腹に、ヒグマは満面の笑みで応えてきた。


「このカレーって料理はな、どう作ってもだいたい美味いんだよ。

 だからこそって言うのかな、最強!って思える美味さまで持っていくのが本当に難しくてさ。

 具の切り方、煮込む時間、水の量に火加減なんでも試してみたよ。

 特に相性の良い食材探しには苦労の連続でさ〜、ようやく辿り着いたのは何だと思う?気になるだろ?

 お前には特別に教えるぞ……“ハチミツ”だよ。

 これをカレーに入れると甘くなるだけじゃない。ハーモニーって言うのか?とにかく味全体がピシッと引き締まるんだよ」


聞かれてもいないのにヒグマは早口で語り始める。

その姿を見て、以前かばんから自分は好きな話をする時は早口になると言われたことを黒セーバルは思い出していた。


「不思議だよな〜、ハツミツはそのまま食べるのが一番だと思ってたのに、案外身近にあるものほど見つからないもんだ。

 “隠れてるセルリアンを見つけて叩き潰す”方がずっと簡単だ……よ……」


……失言だった。

ヒグマは自分が語って聞かせてる相手がひとりのセルリアンだということに気づき、自らの軽薄さを恥じた。


「いや、これはそういう意味じゃなくて……すまん、違うんだ、なんて言えばいいのか……」


黒セーバルは心の底から驚いた。


自分に食事という感動をもたらしたこのフレンズも、自分と同じ“うまく言えない”をするのだと。

そんな共通点がなんだかとても嬉しくて、自分が半分セルリアンだということを思わず忘れてしまいそうな程だった。


「……いいよ。言い間違いするヒグマも、その……好き、だから」


ああ、またちゃんとしたことを言えなかった。

でも、今はそれが良いと思った。


「……すまん。ありがとう」


ヒグマもまた“うまく言えない”をしながら、振り向いて反対側へ歩いていってしまった。


振り向きざまに一瞬見せたヒグマの照れくさそうな表情は、後方の観客席から腕組み仁王立ちで応援するキンシコウだけが見逃さずにいた。


「私じゃなかったら見逃しちゃいますね」


「そこで立ってると後ろの席の方に迷惑ですよ……いい加減座ってくださいよ……」


リカオンの力無いオーダーに応えているのは自身の大きな耳だけだった。



――――


「完成だ」


そうこうしている間に、女王の料理も出来上がったようだ。


「さぁジョーオー選手も負けじと仕上げてきました!果たして未だかつて誰も口にしたことがないであろうセルリアンの手料理は、後攻の不利を覆すことができるのでしょうか!?」



バン!ガン!ダン!


マーゲイの実況鳴り響く中、女王は審査員達それぞれのテーブルへ皿を乱雑に並べ、綺麗に炊き上がった白米を盛りつけていく。


「器は静かに置くのです!」

「ヒグマと同じお米料理……ですがカレーではないようですね」


「う〜、知ってる匂いはするんだけど、なんだろー?」

「何が来るか楽しみだね、サーバルちゃん」


「ご飯、ちゃんと炊けるんだ……」


黒セーバルはまたしても驚いていた。

女王が誰かのために何かを作るなんて、ほんの半日前では考えられないことだった。

それがこうして料理という形で目の前に置かれていくと、己の人生の方向が変わった事実をあらためて実感して、否応にでも期待が込み上げてくる。


ただそんな黒セーバルにも、やはりどういう料理が来るのか検討がつかなかった。


そして女王の料理を予想する姿がもうひとつあった。ヒグマだ。

遠巻きに審査員席の様子を眺めながら思索している。


(……あいつ、どんな料理を作ったんだ?)


米の炊き方を見て上手くマネたようだが、他に料理の仕方を盗まれた感じはしない。

女王が調理してる光景をしっかり見たわけではないが、他に料理らしい料理をしてる様子もなかった。

米以外の料理の匂いが一切伝わってこなかったからだ。


だけど私のハチミツ最強カレーはハッキリ言って最強だ。

考えられる限りのあらゆる食材を試し、研究に研究を重ねた末にたどり着いた至高の逸品だ。

それにあの子供セルリアンだって満足させられたんだ。

母親だから勝負に勝つなんて大口を叩いていたが、舌でねじ伏せて勝つのはこの私だっ!



「ジョーオー選手、いよいよ盛り付けに入るようです!注目ですっ!」


バァン!ドン!ガン!


鍋から取り出された物体が、ご飯の入った器へ乱暴に乗せられた。


「な、なんですかこれは!」


それはフレンズなら誰しも知っている物だった。


「あっ……、なるほどー……。なーるほどー……」


かばんは皆よりもう少し知ってる物だった。



そして女王は料理名を宣言する。



「サンドスターかけごはんだ」



ご飯の上にサンドスターが乗っている。

まるでキョウシュウの中心にそびえ立つあの火山のように、ご飯の上にサンドスターの塊が乗っている。


「なんですかこれは!」


思わず助手は博士と同じことを叫んでいる。


「サンドスターかけごはんだ」


女王が繰り返し料理名を宣言している。


ご飯の上にサンドスターが乗っている。


「食えと!?」


「当然だ、食え」


ご飯の上にサンドスターが乗っている。


「発想のスケールで、負けた……」


ヒグマは地面に両手両膝をついて愕然としている。


ご飯の上にサンドスターが乗っている。


かばんは思い出していた。

“むこうがわ”の世界でミライが「サンドスターかけごはん」なる奇天烈な料理を食べると聞いて心底驚いたことを。

そして女王が演じていたカコも同じく食べると言っていたことを。


「サンドスターかけごはん。食材のうま味は増し、美容にも効果あり。体内からフレンズ化する見込み……はもうなっているな。とにかく体に良い“らしい”」


「あっ、自分で食べたことはないんですね」


「サンドスターは食べ物ではないからな」


「は?」「は?」


博士と助手は同時に当然のリアクションを返した。


「食べ物じゃないのに食わせるとは何事ですか!それも生で!」


ご飯の上にサンドスターが乗っている。生で。


「しかし考えてみるといい。人体を構成する要素の50%以上は水分だと言われている。

 それ故に水分は生命維持に必要不可欠な存在だ、摂りすぎて困るということはない。

 それこそ料理に水分は必須だ。これをサンドスターに置き換えてみろ。

 フレンズを構成する要素にサンドスターは多分に含まれている必要不可欠な存在だ。

 であれば、料理にサンドスターが有用であるのは至極当然なことだろう?」


「た、たしかに……!」

「一理ありますね……」


「それにこれは私が作り出した再現世界の中でヒトが食べていたという料理だ。

 再現世界は現実と同等の出来事が起きる。

 ヒトが作る料理への探究心を持つお前達にはうってつけの料理と言えるだろう」


「た、たしかに……!」

「一理ありますね……」


博士と助手は満更でもなくなってきたようだ。


「そしてかばん。あのパークガイド……ミライといったな。あれはお前の目標なのだろう。

 お前は自ら再現世界から帰還した。それは再現世界にもう頼るつもりがないことを意味しているはずだ。

 ならば、せめて同じ好物摂るという形で、目標へ近づく一助になればと思ってこの料理を選んだのだ。

 お前がいなければカコの新たな願いを知らないまま終わりを迎えていたかもしれない。その感謝の印でもある。受け取ってくれ」


「女王さん……」


かばんは思わぬ女王の意図に少し涙ぐんだ。


「そして……」


女王は黒セーバルの前に立った。


「アニマルガール……いや、フレンズとして生きるためにセルリアンであることをやめなかった、私の気高き娘よ。

 その二律背反の道には。パーク史上誰も経験することのなかった障害が立ち塞がるだろう。

 なにせ半分フレンズ半分セルリアンの体だ、とりわけ食事に難儀するのは想像に難くない。

 だが私は障害をすべて排除する。お母さんだからだ。これはそのための実験の第一歩だと思ってくれていい」


黒セーバルは何も言えなかった。

自分の中で色々な、好きも嫌いも混ざりあった本当に色々な感情が渦になってどうすればいいのかわからなくなったからだった。

少なくとも嫌な気持ちではないなと整理をつける、感情の渦巻きから水が少しだけこぼれた後、「……うん」とだけ答えることができた。


しんみりとした黒セーバルの気持ちをよそに、女王は仰々しく話を続ける。


「だがしかし、私を侮ってもらっては困る。

 実験の第一歩と言ったばかりだが、私は常に二歩先を行くものだ。お母さんだからな。

 再現世界の料理を再現するだけでなく、これを新たな料理へと進化させる!

 それもたったひと手間で、お手軽に、主婦の味方という感じでだ!」


「ほう。隠し玉を持っているとは、やりますね」

「お手軽、と言うからにはトッピングというやつですか」


博士と助手が推理を巡らせる。

それと同様に、発想のスケールで上回られた敗北感に打ちひしがれるヒグマも、地面に四肢を着けたまま推理する。


(サンドスターかけご飯……。どおりで匂いから気づけないわけだ。

 サンドスターはどこにでもあるから、すぐそこにあっても食材の匂いだと認識できなかったんだ。

 「知ってると思い込んでるからこそ気づけないものがある」……ってことか)


灯台下暗し。奇しくもヒグマ自身が黒セーバルに語って聞かせた、カレーにハチミツを混ぜるに至る経緯と似通っていた。


(それはそうとトッピングって何が出てくるんだ?

 これも匂いがしない……いや、区別が付かない。ということは、身近なものをトッピングにするということか……?)


ヒグマの推理は間違っていなかった。


それは、身近と言えば身近なものだった。

それは、非日常的なものでもあった。

それは、この場においてはごく近くにあるものだった。

それは、女王自身の匂いだった。


女王は自身の着る黒い上着の端を掴むと、小さくちぎって見せる。

それを指でつまみ、曲げた片肘を畳んで力ませて、高く掲げる。

そして鮮やかに、それでいてどこか艶やかな動きで黒い切れ端を指ですり潰した。

女王の指先から黒い粒子がふわふわと舞い降りて、サンドスターかけご飯に着地した。

この黒い粒子、それは先の戦いで女王が吸収してみせた……。


「サンドスターロウだ」


「は?」「は?」「は?」「は?」


その場にいた全員が同じリアクションを取った。


「なんですかこれは!」


ご飯の上に乗っているサンドスターの上にサンドスターロウが乗っている。


「サンドスターロウかけご飯だ」


暗黒の物質がサンドスターの塊に吸着し、何やら禍々しい変色反応を起こしている。


「なんなんですかこれは!」


「こちらサンドスターかけご飯、サンドスターロウトッピングとなっております。主婦の味方です」


「言い方じゃなくて!殺す気かと言っているのです!」


変色反応を起こしたサンドスターかけご飯の具がジュワジュワと何かを溶かす音を鳴らしながら泡立っている。


「心外な。この黒いサンドスターはエネルギー効率が極めて高く、セルリアンの破損した体組織を復元するほどだ。体に良いに決まっている」


溶け始めたサンドスターはくすんだ虹色の油膜となりご飯をコーティングしている。

まるで食事の工程を数段階すっ飛ばして食器を洗剤で洗い始めたようだ。


「体に良い???????????」


「は、博士。セルリアンの料理を食べるのは長の勤めだと言っていましたよね。長、頑張ってください」


「は??????????????」


丼からこぼれ落ちたサンドスターロウは、テーブルの表面を侵食してカビのような根を張っている。


「さ、流石にこれはちょっと……。セ、セーバルちゃんは、どうかな……?」


かばんは言い出しっぺの責任感でギリギリ逃げ出さずにいるが、たまらず黒セーバルに助けを求めた。


「え、無理」


無理だった。


「だってみんな食欲湧いてないじゃん。見た目も最悪だしセルリアンの私だってこれは嫌だよ。

 食事の障害を排除する実験とか言ってたけどさ、それならもう今の時点で実験失敗してるじゃん」


今日は色々な“うまく言えない”をしてきた黒セーバルだったが、この瞬間は自分でも驚くほどすんなり口が回った。


「障害を排除するとかカッコよく言ったくせにさ、自分で障害作ってどうするの?」


追い撃ちの一言まで出てきた。

黒セーバルにとって絶対的な強者であり続けた女王は、慣れないことだらけの現状において遠慮が必要ない唯一存在だった。

それがある種の親への甘えに似た発露であることには黒セーバル自身は気づいていない。

気づくよりも先に、逆に女王にとって黒セーバルがどういう存在なのかを自覚する出来事が先に起きた。


「そ、そうか……駄目、だったか……」


意外にも女王の顔には、火山でカコに己の生涯を否定された時に見せた表情があった。

目線は根を張ったように重苦しく下を向き、それでいて風が吹けばどこかへ消え去ってしまいそうな希薄さを伴う、あの表情だ。

どこか黒セーバル自身と重なる、求めた世界から切り離されてしまったような孤独。

とても、とても嫌な気持ちになった。

黒セーバルは女王のことを全部知ったつもりになって、大切な何かを手放しそうになっていたことに気づいた。



(私がちゃんとお母さんにしてあげなくちゃ!)



「でで、デモー、だからコソー、食べ甲斐ってヤツ?ガー、あるヨネー。

 ほ、ほら。世界には、カビを食べる料理も、あるラシイしー?

 案外コレも、ソーユーヤツ、かも、ミタイナー?」



今日一番の“うまく言えない”が炸裂した。



だが、意外にもこれにワシミミズクが食いつく。


「博士!いえ長!ブルーチーズですよブルーチーズ!かつてヒトがカビを料理に昇華させたというあの伝説の!

 このサンドスターロウかけご飯は実質ブルーチーズかもですよ!長!長!」


「ブルチ????!!??!!……??????」


アフリカオオコノハズクは混乱している。


「きき、キノコも、ヒトが何度も挑戦して、食べられる種類を増やしていった。らしい……です。

 わぁー、僕、ヒトのフレンズだから、探究心、そ、そそ、そそられちゃうなー」


かばんは黒セーバルの意図を察して演技で乗っかった。すぐ後ろでは何も知らないサーバルが青ざめた顔を見せている。


「おーさ!おーさ!おーさ!おーさ!」

「ブルーチーズブルーチーズブルーチーズブルーチーズ……」


「わぁー、探究心、わ、探きゅ……わぁー……!」

「大丈夫なのかばんちゃん!?これ絶対ダメなやつだよね!?」


食べる意思だけはちゃんと伝わったのだろう。女王はすっかり元気を取り戻していた。

そして、生まれて初めて見せた母親のような笑顔で宣告する。


「めしあがれ……♪」



マネが得意でよかった。

おかげで皆と一緒に死ねる。


スプーンでサンドスターロウかけご飯をすくい上げ。

目の前で泡立つ何かふーふーと吹いて冷まして。

意を決してそのまま口に運ぶ。


ただそれだけの、単純な動作。

三者三様の生き様が絡み合って到達したごく単純な動作によって、それはもたらされた。



「「「まっっっっっっっっずッ!!!!」」」



『勝者、ヒグマ!!!!!!』


サンドスターロウが出されたあたりからヒグマのすぐ隣で待機していたマーゲイは即座に宣言した。

勝利を掴み取った腕を高らかに掲げるヒグマに、会場中のフレンズ達から拍手喝采が巻き起こる。

勇敢にもサンドスターロウの脅威に立ち向かった審査員三名にも万雷の拍手が。

そして、大健闘した感じがする女王にも彼女を讃える声援が飛び交った。


だが当の女王は、両手両膝を地につけて愕然としている。


「普通に、負けた……」


何もかも完璧だったはずだ。

アニマルガールとセルリアン、両陣の要求を満たし、審査員達の持つ好奇心や献身性を満たしたい願望にも応えた。

あの場にいた誰にとっても“特別”な料理だったはずだ。それなのにどうして。

わからない。わからないことがあまりにも多すぎる。


そんな女王の元に誰かがのしのしと歩いてきた。ヒグマだ。


「完全勝利……とはいかなかったか。

 これじゃ最強とは言えないな」


女王を見下ろすヒグマは、機嫌が悪くないような、それでいて少し困っているような表情で語りかける。


「下ばっかり向いてないでさ、こっち見ろよ」


少なくとも、ヒグマの目に怒りはもう宿っていない。


「ま、試合に勝って勝負に負けた……ってやつだな。

 味は私の圧勝だったけどさ、お前の発想には正直負けたよ」


ヒグマにそう言われて、女王は低い姿勢を維持したまま視線を声の方へ向ける。


「ああいう力のある考え方、私は嫌いじゃないからな。

 だからさ……」


ヒグマは照れくさそうに片手を女王へ差し出した。

女王も応えるように、ヒグマへ手を伸ばす。

ケンカの後の仲直り……と思いきや、女王はそのままをヒグマの手首をむんずと掴み、勢いよく立ち上がった。

激突しそうな勢いでヒグマのすぐ目の前まで顔を寄せて、口を開く。


「お前が作ったカレーの調理方法を教えろ」


「……はぁ?」


面を食らうヒグマの眼前で、女王は迫真の表情で淡々とまくし立てる。


「今の勝負でハッキリした。私は母親として、弱い」


「娘の食事を満足に用意することもできない」


「安心する場を与えてやれない母親に価値はあるのか?」


「少なくとも私にとっては、無い」


「だがこれで諦めるわけにはいかない」


「なぜなら私はお母さんだからだ」


「だから、教えろ」


「カレー」


「作り方」


「お・す・す・め」



ヒグマは手を差し伸べたことを後悔した。

本当にこいつは自分の都合ばっかりだ。

他人の声なんか耳に入っちゃいない。


「頼む」


おまけに上手く言えないから迷惑ばっかりかけて。


「願いを託してくれたカコのために」


それでも、過去に生きた仲間のために。


「私を母親にしてくれた娘のために」


今を背負って生きるために。


「ただ、強くありたいんだ」


ただ、強くあろうとしてるだけなんだ。




「――なんだ。私と同じだったんだな」




器の中では、ご飯とサンドスターロウが混ざり合っていた。

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