エピローグ1/3

ヒグマはざわつくフレンズ達の前に熊手を突き出して、裂くような叫びを火山中に響かせた。


「お前たち、道を開けろ!」


フレンズとしては非常に珍しい行動だ。怒りを隠そうともしない。

いくらぶっきらぼうなヒグマと言えど、今にも感情のままに暴れ出してしまいそうな剣幕は誰の目で見ても普通ではなかった。


そんなヒグマとは対照的に、女王は静かにつぶやく。


「再現世界の後遺症、か……」


何かを察したのだろうか。

フレンズ達の向こうにヒグマを見て、表情を読む。


「ヒグマさん、何してるんですか!誤解だったんです、もう戦わなくていいんです!」


「うるさい!黙ってろ!」


リカオンの静止に怒鳴り声で突き返すヒグマ。


リカオンは威嚇とも敵意とも違う、ほとんど八つ当たりのような咆哮を大きな耳で受け止めた。

まるで冬眠の邪魔をされた野生の羆を前にしたような物々しさを覚えて思わず身がすくむ。

ここまで取り付く島のないヒグマは初めてだった。

言葉が届かないなら、食らいついてでも止めないとあのセルリアンの親子が怪我で済まなくなるかもしれない。

ぐっ、と腹に覚悟を据えるリカオンの肩にキンシコウがそっと手を置いて語りかけた。


「リカオン。今はヒグマさんの好きにさせてあげて」


…………あれっ、止めちゃダメなやつだった?


頭にはてなマークを浮かべたリカオンは、キンシコウの大袈裟に感慨深そうな表情を見ているとなぜだか記憶が蘇る。

キンシコウがあの母親セルリアンに眠らされてる最中、今まで聞いたことがないような黄色い声色で「キャ〜〜〜〜!!」と叫んでいたのは何だったのだろう?


でもリカオンは空気が読めるので、そうした疑問は口の中にそっと閉まってヒグマの動向を見守ることにした。



ヒグマの怒鳴り声に身を縮めたのは黒セーバルも同じだった。

フレンズとして歩み始めた人生に早くも暗雲が立ち込める。

そんな黒セーバルを外敵から守るように、女王はヒグマと対峙する。


「後悔、生存、友人、平穏、喪失、挫折、想起、悔恨……」


女王はヒグマの顔を見て、何かを読み上げるように喋り始める。


「何を……言ってるんだ」


「お前の輝きから読み取れる願望だ。私が作った再現世界でお前の願望は叶ったはずだが……」


「……やっぱりアレはお前が見せたんだな」


ヒグマは女王をより深く睨みつける。


「やはりそうか、お前は再現世界での出来事を覚えているのだろう?

 焦がれるほどに求めた願いが叶ったと思えば、気がつけば目の前からすっかり消えていて、

 それで今はただ喪失感に苛まれているのだろう」


「……やめろ」


「再現世界の内容は……そうだな。己の力量不足のせいでセルリアンに食われた仲間達に会えたのだろうな。

 それがよりにもよって自分を負かせたセルリアンの力で実現してしまったのだから、せめて憂さ晴らすために私を力でねじ伏せる魂胆。といったところか」


「お前は……もう何も喋るな!」


「だが、たやすく危害を加えられるつもりはない。

 なぜなら私は娘を守り、育てなければならないからだ。

 なぜなら私は“お母さん”だからな」


女王はそう言いながら、キリッと決めポーズらしき奇妙な構えをとった。


ヒグマはそう言われながら、既に熊手を大きく振りかぶっていた。


未来を予測するまでもない、戦いの火蓋が切られる刹那だった。




スパーン!!




どこか小気味の良い音が響く。


それは事が始まる音ではなく、黒セーバルが女王の尻を背後から蹴り上げた音だった。


「痛い!何をする!」


「お母さん、デリカシーなさずぎ!あんなこと言われたら、怒るに決まってるじゃん!お母さんだってそうでしょ!」


「怒りを発散させるためにやっているんだ!羆の執念深さをよく知りもしないのに口を出すんじゃない!」


「お母さんだって、好きな人の事をよく知りもしないのにずっと好き勝手やってきたじゃん!」


「う、それはそうだが……。ソレとコレとは違う、だろう……」



げしっ。



今度はヒグマが女王の尻を蹴る。


「痛い!何をする!」


「うるさい。お前の尻が叩きやすいのはわかったから、どうするんだ、やるのか、やらないのか」


「ふふふ、そうだろう。私の肉体は世界で最も強く、そいて美しく輝やいていたヒトを完璧に再現している。

 そんな素敵で魅力的なヒトの尻を叩いたとあれば、鳴り響く音もまた究極と言えるだろう。さしずめ尻ハーモニーと!」


「そっちじゃない、喧嘩の方だ」


「そうか……。



 受けて立とう、それがお前の望みなら。だが勝つ算段はあるのか? 先の戦いで理解しているはずだ。お前の攻撃は私に当たることは決してない」


「いや、たったいま尻に当たっただろ」

 


リカオンは不思議だった。

聞く耳を持たないほどに怒っていたヒグマが、どこか落ち着きを取り戻しているようだったからだ。


「ね、だから言いましたよね。ヒグマさんの好きにさせてあげてって」


キンシコウは腕組みをしながら何か言っている。

だからってなんだよ。全然意味がわからない。


沢山のはてなマークが頭に浮かぶリカオンは、キンシコウのやたらめったら感慨深そうな表情を見ていると再び記憶が蘇る。

キンシコウがあの母親セルリアンに眠らされてる最中、今まで聞いたことがないような黄色い声色で「キャ〜〜〜〜!!」と叫んでいたのは何だったのだろう?


でもリカオンは空気が読めるので、そうした疑問はお口の中へそっと閉まうことにした。


「あのケンカ、どうなっちゃうんでしょうね」


「それはわかりません」


そんな折、かばんがスッと手を上げて口を開く。


「あの、ひとつ思いついたことがあるのですが……」

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