第三話 知ることを続けた心の先に(後編)
不測の事態(イレギュラー)は発生した。
黒セーバルの生涯において立ちはだかり続けた壁は、たった数分足らずの“映画”の前に崩れてしまった。
女王はその場にへたり込み、ほんの少し前までカコの姿を映していた空間を呆然と見つめている。
黒セーバルはまた自分を進化させるための演技か何かだろうと疑うものの、どうもこれまでと様子が違う。
さっきの“映画”で喋っていたカコというひとは、自分にとってのサーバルのような人物だったのだろう。
そんな人物に、女王は今までやってきたこと全てを否定されたんだ。
「女王さん…」
かばんが心配してかけた声を聞こえているかどうかも定かではないぐらい、静かにふらふらと女王は立ち上がった。
顔をうつむけたまま後ろに振り返り、おぼつかない足取りで歩き始める。
「待ってください!」
何かを察したかばんが走り出し、女王を静止しようとする。
向かおうとしている先は火山の火口だ。
「放せ…私の生きる意味はなくなった」
「考えなおしてください、そんなことする必要はないはずです!」
女王はかばんを引きずりながら構わず歩を進める。
「たしかにカコさんはあなたに辞めてと言いましたけど、死んでほしいなんて言ってません!」
「……お前の気がかりは、私に再現世界へ引き込まれた仲間達のことだろう。安心しろ、もうコントロールは解けている。次第に目を覚ますだろう」
「それはそうですけど、どうしてそれがわかるのに僕の言うことがわからないんですか!」
黒セーバルは、あの“映画”のカコと同じようなことを自分のサーバルから言われたらと想像して、自分の生きる価値がなくなるような感覚に震えた。
「お願い!セーバルちゃんも手伝って!」
かばんの声にハッとする。
まだ目の前の状況に追いつけていない自分に気づく。
頭と気持ちがぐるぐるしながらも落ち着こうと考える。
女王は自分やフレンズ達を沢山痛めつけてきた。だから倒そうとした。そんな女王をどうして引き止める必要があるのだろう。
今までも女王のあの嬉しそうな顔を頭に浮かべると身がすくむ。
ああやって弱っているようでいても次の瞬間にはヒドいことをしてくるかもしれない。
「セーバルちゃん、はやく!」
「……。」
黒セーバルはかばんに呼ばれるまま歩いて近づき、そして女王を思い切り蹴りつけた!
「セーバルちゃん!?」
驚くかばん。
倒れる女王に続けて2発目、3発目を加える。女王は抵抗せず「う…」とうめき声を漏らすだけだ。
「ど、どうしてこんなことを!?」
「もやもやするから、止めると倒すの両方やった」
黒セーバルは痛みで地面にうずくまる女王を見下ろす。
「でも、もやもやは消えない。ずっと、ずっとこうしてやりたかったのに」
かばんを見て続ける。
「かばんは、“知れば怖くなくなる”って言ってたよね。たしかに前より怖くなくなったよ。怖くなくなったけど、それだけ。これってスゴいことなのかな?」
女王は消えそうな声で語りかける。
「イレギュラー、お前を縛るものはもう何もない。アニマルガール…いや、フレンズとして生きる障害はほとんどないだろう。願望のまま過ごせばいい」
そうだ、私はやっとフレンズとして生きれるんだ。そう思うともやもやが少し薄くなった気がした。けど大嫌いな女王に気付かされたのが癪でプラスマイナスでゼロな気持ち。
ずっとフレンズとして生きたくて、それで“映画”を沢山見るのが好きで、“映画”が終わる時はお別れが少し寂しいけど、いつも綺麗な終わり方も好きで…
いつかフレンズになれたら、いっぱいの大好きを今度は自分で体験するんだって決めてたんだ。
“そうありたい”
今までも、これからも、
ずっとそうあり続けたい。
黒セーバルの心に風が吹いた。
そうだ、私は“映画”が好きなんだ。
“映画”が終わる時はいつも寂しくても、悲しくはない。
悲しく終わる“映画”は、今の私を作った“映画”じゃない。
私を作った“映画”は悲しく終わるわけがないんだ。
だからカコの“映画”は終わってなんかいない!
「かばん!さっきの“映画”ってこの子が映したんだよね!?」
黒セーバルは両手でラッキービーストの頭を抱える。
「あの“映画”は壊れかけたみたいにボロボロだった。それで女王を壊して、悲しい気持ちだけが残っちゃったんだ。でも私を作った“映画”が、女王を作ったひとが、悲しいまま終わらせるわけがない!」
黒セーバルの体から不思議な光が湧き出す
「私は私であるために、あの“映画”の続きを知りたい!」
黒セーバルは進化しようとしているのか。女王はその輝きを見て声を漏らす。
「いや、これは進化ではない…」
かばんはこの光を知っている。
“むこうがわ”の世界で消滅した自分を再生した時に黒セーバルが発したあの光だ。
黒セーバルはカコの映像を修復しようとしているのだ。
「なにこれ、私の知ってる“映画”と形が全然違う…!」
「セーバルちゃん、僕の分の“特別”も使って!」
駆け寄ったかばんもラッキービーストに手をかざし、光はますます強くなる。
ラッキービーストの目が虹色に輝き、激しく明滅する。
しばらく経つと輝きは収まった。
そしてラッキービーストが声を出す。
「修復処理が、完了しましタ。動画を前回の位置から再生しまス」
再び、カコの姿が女王の前に映し出された。
『…だからこそ、もうひとつお願い。
本当にまだ、私の願いを叶えようとしているなら、絶対にやめて』
まるで現実に実在すると思えるほど鮮明なカコの姿がそこにある。
そして映像は続いていく。
『今回、あなたはやり方をちょっと間違えてしまっただけなの。
私もよく研究に没頭しちゃって、周りが見えなくなって、皆に迷惑をかけてばっかりだもの。研究や実験は楽しいものね、よくわかるわ。
ふふっ、こんなところまで似なくていいのにね』
かばんは、カコの姿を見てなぜだかミライに抱きしめられた時のことを思い出した。
『結果はどうあっても、あなたは私のことを知ろうとしてくれた。私はそれが嬉しい。あなたは他人の気持ちを汲み取ることができるのよ。
それができるのだから、私ひとりを知ったぐらいで満足しちゃだめ。もっともっと多くの人達の気持ちを汲み取ってあげてほしいと、私は思う』
黒セーバルは、その昔サーバル達が自分について沢山考えてくれたことを思い起こした。
『そうすれば、独りでは決してたどり着けない景色をあなたは知ることができるはず。
その景色を見て、その時にあなたの中に浮かんだ願いを叶えてほしい。あなた自身の願いを。それが私の願い。』
女王は……。
『最後にもう一度。
本当にありがとう…』
女王は、消える映像に手を差し伸べ、掴もうとするも空を切り、そのまま力なく下を向いた。
「女王さん…。女王さんは、いま何をしたいですか…?」
かばんが言葉を選びながら問いかける。
「わからない…。
カコの言っていたことは、他人の気持ちを汲み取るという行為は、ずっとやってきた気もするし全くやってこなかった気もする…」
女王は途方に暮れている。
「何も、何も見えてこないんだ。
私の願いはカコの願い。まだカコのためにできることがあるというのに、それだけは嬉しいのに、どうすればいいのか全くわからない…こんなことは初めてなんだ…」
その生涯を懸けて目的に向けひたすら進み続けていた女王は、今はただの迷子のようだった。
そんな女王の前に黒セーバルが立つ。
「そんな風に行き詰まってもう根を上げるんだ。私のことは何度も何度も追い詰めてきたくせに」
…沈黙。女王は返す言葉もないようだ。
「どうすればいいかわからないって怖いよね。どうにかしなくちゃいけないのに、どうにもならなかったら悲しいもん」
黒セーバルは空を見上げる。
「こういう時どうすればいいか、私知ってるよ。大好きなことのためを一番に考えるんだ」
黒セーバルは自分の生涯を振り返りながら話す。
「私は駄目になりそうな時、いつも“映画”に救われてきた。
“映画”のように、フレンズのようにあるためには、そう考えると不思議と答えは見えてきたよ」
大切な思い出をひとつひとつ整理しながら言葉を組み立てる。
「私は私を作った“映画”が好き。今だってそれは変わらない。あのカコってひとの“映画”だって女王を寂しくさせたかもしれないけど、それ以上に嬉しくさせた。悲しくなんかない。そうでしょ?」
女王の再度の沈黙は肯定を示していた。
「だから私の見つけた答えはこれ」
黒セーバルが意を決したように女王を見る。
「私は……」
「私は、あなたを“お母さん”って呼ぶことに決めた」
沈黙
「…………は?」
「えっ?」
女王とかばんは目を丸くした。
ふざけているのだろうか?
しかし黒セーバルの少し恥ずかしそうな表情が逆に真実味を持たせていた。
「な、なにを言っている!?
そもそもだな、私とお前に生物学的な親子関係はない。それに母親というのはカコが焦がれた存在だ、そう易々となれるようなものでは」
女王の言葉を遮り言い返す
「いいじゃんそれが良いと思っちゃったんだから!それで、いいの?ダメなの?どっち?」
「うっ…。そ、それは…」
慌てる女王の顔を見て黒セーバルは満足気だ。
“むこうがわ”でかばんが言っていた「セーバルにお母さんと呼ばれて慌てるカコは可愛かった」という話は本当だった。
今日だけでも女王の色々な表情を見てきたけれど、どの表情も怖くて嫌いだったけど、なんだかこの表情は好きになれそうだった。
「こ、これもどうすればいいのか…」
たじろぐ女王。
黒セーバルの言っている意図を察したかばんは、言い合う二人の間に立って言う。
「お母さんとは、子供の体や安心できる場所を贈ることができるひとのことです。
例えばこのように、ギュッと!」
かばんは無理矢理に女王と黒セーバルを抱き寄せさせ、前のめりに言い合っていた二人はお互いを支え合うような姿勢になった。
(うっ…やっぱりここまで近いとまだちょっと怖いかも…)
黒セーバルは少し身を縮こませる。
そんな黒セーバルの頭を抱きかかえる女王は、目の前に位置する黒セーバルのけもの耳に触れた。
「お前の…お前の耳はこのような形をしていたのだな。ずっと見てきたはずなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう」
黒セーバルは自分の体に伝わるぬくもりを通じて、嫌いなものでも好きになれることを知った。
「かばん!そいつから離れな!」
静寂を切り裂くように声を上げたのはライオンだった。どうやら再現世界から意識を取り戻してきたようだ。他の意識を失っていたフレンズ達も次第に集まってくる。
「セーバル、だったわね。今私たちが助けてあげるから少しの辛抱よ」
「人質を取るなんてまるで漫画の凶悪犯ね。今度こそは取り逃したりしないわ」
そうカバとタイリクオオカミが続き、またたく間に場は一触即発の雰囲気に包まれる。
かばんは誤解を解こうとするが取り付く島もない。
女王は、黒セーバルと抱き締めたままフレンズ達をジッと見つめ、深く息をついてから話し始めた。
「私のようなセルリアンは排除されて当然だ、好きにしろ。
だがこの子だけは、私の娘だけは見逃してやってくれ。セルリアンだが、それでもフレンズとして生かしてやってくれないか」
その言葉に黒セーバルは衝撃を受けた。
しかしそれとは違う形でフレンズ達も衝撃を受けた。
「お、お、お前ら親子だったのか!?」
オーロックスはたいそう驚いている。
「あー…あーそういうこと…あーやっちゃったよ…」
ニホンツキノワグマは後悔をあらわにした。
「う…私達が子どもに近づいたからだ…子育て中のメス親ならそりゃ怒る。めちゃくちゃに怒る…」
タテガミを持つライオンは動物だった頃の経験だろうか、母親の逆鱗に触れた恐ろしさを語った。
「なるほど!だから、私達を子どもから引き離すために囮になって戦う必要があったのね!」
アミメキリンが推理を披露する。
「フン!そうは言っても先に手を出してきたのはそっちじゃない。その子のことはいいけど、私は謝らないからね」
タイリクオオカミは漫画家の誇りを懸けて戦った手前か往生際が悪い。
「そうなのだ!アライさん達はその子に指一本触れてないのだ!アライさん達は被害者なのだー!」
便乗してアライグマが無罪を主張する。
だが「指一本」
その言葉がキッカケにフラッシュバックする。再現世界のものではない、確実に存在する記憶!
『ほんとーにセルリアンならプニプニしてるはずなのだ!確かめてみなくちゃわからないのだー!えいえい!プニ、プニ!』
『こらこら、寝てる子にイタズラするものじゃないよ。だけども、この子の謎をヒモ解くには悪くない方法…だねェ!(プニプニプニプニプニ)』
(郷愁の彼方 第一話後編より)
「「あ"ッッッッッ!!!!」」
「やったんだ、アライさん」
「やってましたよね、先生」
「「「「すいませんでしたーー!!」」」」
結局一同は女王へ平謝りだ。
「いや、そうじゃなくて…。私の娘なのはそうなんだが、そうじゃなくって、そうなんだが…」
あまりの不測の事態にしどろもどろな女王。
後ろから笑顔で眺めていたかばんは女王にささやく。
「最初から全部を知ったり、知ってもらう必要はないと思います。少しずつでいいから知っていきましょう。お互いのことを、これからのことを」
女王が落ち着いて説明しようとした矢先にアライグマがなにか言い始めた。
「ちょっと待つのだ!子どもはプニプニだったからセルリアンでも、母親もプニプニしてるか確かめないと本当に親子かわからないのだ!これでプニプニじゃなかったらノーカウントなのだ!」
なんだその理屈は。
いや、そこまで間違ってはいないが…。
「た、たしかにそうかもです…」
「なあ、俺も触ってみていいか。どんな筋肉かちょっと興味あったんだ」
「拙者はどちらかというとお子さんのしなやかな体つきの方が…」
あれよあれよと賛同したフレンズ達が女王と黒セーバルに寄ってくる。
「いいよ!やっちゃって!」
勝手に黒セーバルが出した許可を皮切りに、ウズウズが抑えきれなくなったフレンズ達がワッと群がる!
つんつんつんつんつんつんつん
プニプニプニプニプニプニプニ
「ちょ、こら、勘弁してくれ!ふふっ、くすぐったい!やめないか!ふっはは!」
「あはは!はは!楽しいね!これも、どれも、みんな大好き!」
黒セーバルは思った。
これが私がいたかった景色なんだと。
女王は思った。
これがカコの見せたかった景色なのかもしれないと。
決して重なることがなかった二つありかたは、今初めて同じ未来を見つめていた。
きっと、これからも、ずっと。
郷愁の彼方 完
(タイトルロゴの空白だった文字の模様が女王と黒セーバルの二種類の黒が埋めるように表示される。ようこそジャパリパークへ2番をBGMにスタッフロールが流れる)
(スタッフロールの途中、作者の名前を突然振り下ろされたヒグマの熊手が叩き落とす)
「お前たち、道を開けろ!」
後から目を覚ましたのであろうか、ヒグマが熊手を女王に向けて叫んでいる。
しかし、どうも皆とは様子が違う。尋常でない程に怒りをあらわにしている。
「再現世界の後遺症、か…」
エピローグへ続く
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